第861話 ユーチェ村にて、エルヴィンの悩み
クルシュ暦372年7月下旬――。
エルヴィンが、キールたちと別れたあと、故郷のユーチェ村に戻ってから、数日が過ぎている。
戻ってすぐに、いきなり王城に呼び出しを受け、港湾拡大工事についていろいろと意見を聞かれ、さらには、新港建設地の候補を探してほしいという依頼までも押し付けられてしまった。
なんだかんだと、フロストボーデンまで行って帰ってくるだけで、大幅に予定日数をオーバーしてしまったため、案件が溜まりまくっていたこともあり、帰って来てからは休まる暇もない。
(ひと月ほど留守にしてたからなぁ――。まあ仕方がないよな……)
それでも、ユーチェ村の長老衆がかなり奮起してくれたようで、村の港の拡大工事はすでに着工が始まっていたほどだった。
ひと月ほど前の会談で、「執政」ハイネル・リトアレー第一皇子が言った言葉は、どうやら本気だったらしいと改めて思い至る。
役人の態度にしても、皇子の威光がかなり効いていたようで、長老衆の意見をしっかりと聞き取り、真摯に対応してくれたようで、大きな混乱は起きなかったと聞いている。
『ユーチェ村の改修工事はすでに始めている。だが、結論から言うと、ユーチェ村の拡大には限界があることが判明した。エルヴィン・ラドクリセンよ、新港湾都市を建設するのに適切な場所を探してほしい――』
ハイネル皇子の用はそれであった。
今後の海洋産業や海運事業へと乗り出すためには、それなりに大きな港が必要になることを、エルヴィンもアルマダ号での航海の中で感じ取っていた。
なので、その必要性については、薄々とは感じていたのだが、ハイネル皇子はそれを見ずして、長老衆の話や、おそらくは独自に調べた情報などを総合して、その決定へと至ってしまったのかと、エルヴィンはこの皇子の政治的手腕について改めて思い知らされることになった。
(しかし、沿岸にはエルルートの隠れ港があるからなぁ――。これとバッティングするのはいろいろとまずいよなぁ――)
エルルートの隠れ港に関しては、いくつかは知らされたが、もちろん口外はしていない。
別に口止めされたわけではないのだが、口外する気にもなれないというのが正直なところだ。
(――結局、あればあるで役に立つんだよな……)
もし、近くに新しく港町を作るとなれば、その隠れ港は姿を消すのだろう――。
エルヴィンが見た隠れ港は、どこも、ひっそりと陸から見えない場所に存在していた。しかも、海から見ても、すぐにはわからないようにうまく隠されているため、それこそ『六分儀』を使って座標を測らなければ、初見では絶対に到達できないと思われる。
(こればかりは、海王に聞くしかないよなぁ――)
しかし、この間別れたばかりで訪ねていくのも少し気恥ずかしいし、なにより、今どこに居るのかがわからない。
キールに会うとなれば、まずはエランの造船所へ行って、そこで、居所を聞くしかないだろうが――。
「う~~ん……」
エルヴィンが腕を組んで顔をしかめているのを見たレイロフが、声を掛けてくる。
「どうした? そんなに顔を歪めて――」
「ああ、レイロフか。いや、新港湾都市の場所についてな……。結構難しい問題があるのさ――。いくつか候補地を上げるところまではいいとして、その『先』がな?」
「『先』? 『先』ってどういうことだよ?」
「ん? ああ、海にはまだまだ俺たちの知らないことが多いって、そういう話さ――。それで? お前は俺に何か用があるんじゃなかったのか?」
「ああ、そうだった――」と、レイロフが思い出したようで、言葉を続ける。
「丁度いい。なら、聞けばいいんじゃないか?」
「聞く? 何のことだよ?」
と、エルヴィンはレイロフの言葉の意味が掴めずに問い返す。
「だーかーらー、海について知らないことがあって悩んでたんだろう? なら、知ってる人に聞けばって、そう言ってるのさ」
「――――。おい、レイロフ、ちゃんと頭から話せ。お前の言っている意味がよく理解できん」
「は? 意味なんてそのままだろう? 海についてわからないことは海を知っている人に聞けって話さ」
「誰のことだよ?」
「だから、キールの旦那だろ? さっきここに来てるって――」
「聞いてないぞ?」
「あれ? 言ってなかったけ?」
「聞いてない! それで? 旦那がここに来てるってのは本当か!?」
「ああ、今長老たちと話してる――」
「早く言えよ――!! 長老たちってことは、会議所だな!?」
言うなりエルヴィンは駆け出していた――。




