第860話 フォルツ・ゲルカールとシャルルの人々
「はぁ!? どういうこったよ? 旦那ぁ!」
ジルベルトが立ち上がってテーブルに手を突き、キールの方へとずいと顔を近づけてくる。
「シャルリンド伯爵がフォルツ・ゲルカールだぁ? 二人が一人ってことかよ!?」
「まあ、待てって、ジルベルト! ちゃんと説明するから――」
キールはジルベルトの圧力を制して、ソファへ腰を下ろすようにと促し、フォルツさん自身から聞いた話を要約しながらここにいる皆に説明を始める――。
シャルリンド伯爵こと、ロレアル・ヴァン・シャルリンドは、家督を受け継ぐ前は、市井にて商人として社会勉強をしていたのだと言った。
もちろん、家名をそのまま使うわけにはいかない。
なので、名をフォルツ・ゲルカールと名乗り、前ゲルカール商会会頭カリオス・ゲルカールのもとで『養子』として住まわせてもらいながら、商売の勉強をしていたのだという。
カリオス・ゲルカールとシャルリンド伯爵家の関係は長く、ロレアルの父が若い頃からの付き合いだったらしい。
そんなこともあって、ロレアルはゲルカール商会で仕事を続けていたのだが、ある時、カリオス会頭が急病に倒れ、その病床で、ロレアルに願い出たのだ。
『今はゲルカール商会にとって正念場です。ですが、私には子がない上に、今この商会を任せられる人材もない。せめて、家督を継ぐまでの間、皆を導いてやってくれませんか――』
ロレアルの父伯爵も、自分がまだそれほどの年齢でもなかったし、自分の古い友人の頼みとあれば、断ることもできないと、了承したらしい。
『――ですが、思ったより早く、その時が来てしまいました』
ロレアルは少し悲し気にそう言った。
父伯爵の急死によって、家督を継がねばならなくなったのだ。
当時、ゲルカール商会はようやく立て直しがうまく行きかけた状況だったため、ロレアルはそのまま会頭業を続投することを決意し、以来、ロレアル・ヴァン・シャルリンド伯爵は、市井に姿を現すことを避け、フォルツ・ゲルカール会頭として、このシャルルで商会を発展させてきたのだという。
「領民の近くにいて、いろいろな話を聞いていると、今自分の領地で問題になっていることや、不都合なこと、必要なことが良く分かったらしい。それで、そういった声を政策に反映させたり、商会の力を使って事業を推し進めたりしてきたんだってさ――」
と、キールはそこまで話し終える。
「それで、ゲルカール商会やシャルリンド伯のことを悪く言う人が居なかったって、そういうことですか……」
と、アステリッドが言った。
「領民は、そのことを知らないのかよ――?」
と、ジルベルト。
「――いや。どうだろうね。むしろ、知らないって方が不自然だ……と、僕は思ってるんだけどね。フォルツさんも、そこは否定しなかったよ。ただ、『どうなんだろうね?』と、そう言ってた」
と、キールはジルベルトにそう返す。
「ちっ! 街ぐるみで口裏合わせされたら、そりゃあ、掴めねぇってわけだ――」
と、ジルベルトが口惜しそうに吐き捨てる。
キールも、これには肩をすくめるしかない。
領民がロレアル伯爵のことを一致団結して守り、『フォルツ・ゲルカール』としてこれまでずっと接してきたのだ。
それは『隠し事』というよりはむしろ、それこそが『真実』なのかもしれない。
「ロレアルさまは、僕にも『フォルツ』だと名乗られた。だから、たぶん、フォルツさんはフォルツさんなのだろうと、僕もそう思うことにしたのさ――」
まさかここまで領民に慕われている領主が、自分の私利私欲のために物事を考えるような人物であろうはずはない、というのがキールの最終評価だ。
「――でも、どうして『娼館ビジネス』なんですか? 別に無くてもよさそうな気がするんですけど……」
と、アステリッドが直球的な質問をキールに投げかけてくる。
「さすが、アステリッド。僕も同じことをフォルツさんに聞いたんだ。そしたら、フォルツさんはこう言ったんだよ。――これからそれが必要になるかもしれないだろう? ってね」
キールの言葉を聞いたアステリッドはあまり腑に落ちていないようだったが、ジルベルトとリーンアイムはその真意を汲み取ったようだった。
「自由経済主義――かよ」
と、ジルベルト。
「先見の明、というやつだろうな――」
と、リーンアイム。
キールは、短く頷いた。
自由経済主義の波はこれからもどんどん大きくなるだろう。そうすれば、このシャルルをフォルツさん一人の力で守るには限界がある――。
だけど、だからといって手をこまねいているだけではだめだ。
『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』と、昔の偉い人は言ったらしいが、知識や経験というのはかけがえのない武器になる。
そして、守るための装備にも――。
「――フォルツさんはこれからも戦っていくつもりなんだよ。領民の為に、最前線でね。だったら、僕も、彼に手を貸してあげたい。アステリッド、わかるよね?」
キールの見つめる先のアステリッドの瞳がきらりと輝いたように、見えた。
「――もう、仕方ないですねぇ。そんな目で見られたら、何も言えないじゃないですか? 大丈夫ですよ。キールさんが手を貸すっていうのなら、悪いようにはなりませんよ、絶対!」
アステリッドの声を聞いてほっとする、キール。
それとともに、アステリッドの期待にもしっかりと応えなきゃなと自分を奮い立たせてもいた。




