第859話 シャルリンド伯との会談
「――わかったよ。今開けてやるから、静かに入っておいで。是非、会談をしようじゃないか」
そう声が聞こえた。
キールは、ようやく魔術式を解除する。
これで相手にも姿が見えるだろう。
(ベランダからお邪魔するって、そう言えば、ミリアの部屋を訪れた時もそうだったな――)
などと、余計な事が頭に浮かんできたが、その後の展開を思い出して、慌てて脳裏から追いやる。
キールはすぐに気持ちを切り替え、カーテンが開くのを待った。
カーテン越しに人影が近付いてきて、ついにそのカーテンが開かれ、相手がキールに姿を見せる。
(え――?)
キールは一瞬何が起きているか全く理解が追い付かなかった。
「どうして……? あなたが――?」
そう口を動かすキールに対し、その男は薄く微笑みを浮かべながら、窓を開けてくれる。
「やあ、数時間ぶりだね、キール・ヴァイスくん。何となく君が来るような気がしてたんだ。だから、こうして『裏口』を開けて用意していたんだよ――」
その男、ロレアル・ヴァン・シャルリンド伯爵――いや、フォルツ・ゲルカールがそう言った。
「もしかして……、まさか、そんな事とは――。さすがに驚きましたよ、フォルツ会頭――いや、シャルリンド伯爵とお呼びすべきでしょうか?」
キールは状況から判断して、それしか解答が無いと察する。
「くくく、フォルツでいいよ、『稀代』殿。急に言葉がおかしなことになってるよ? ああ、こちらもか――。さあ、いつまでテラスにいるつもりだい? さすがにあまり長い時間そこに居ると、使用人の目に留まってしまうよ?」
そう言いながら、シャルリンド伯爵が、キールを部屋の中へと誘った。
まさかこういうこととは思わなかった――。いや、その可能性が無いことは無いという示唆はあったかもしれない。
姿を見せない伯爵、伯爵の政策実現の支援をと言ったフォルツ会頭、評判の良い商会と領主――。
「なるほど――そういうことだったのか……。これでようやくルイの親父さんの言葉の意味が理解できた。やっぱり、ここにきて正解だった――」
キールは思わずそう呟いてしまう。
「言葉の意味? それは何の話だい?」
と、ロレアル卿がキールに問いただす。
「あ――こちらの話です。失礼しました。それにしても、フォルツさんとロレアル卿が同一人物だったなんて――。街の人たちは知っているんですか?」
「どうだろうね――。もしかしたら知っているものも居るかもしれない。だけど、私の意図を汲んでか、これまでにそこについて言及されたことは無いな……。もちろん、この邸宅の者たちは皆知っているが、ね?」
フォルツ・ゲルカールとロレアル・ヴァン・シャルリンドが同一人物であれば、悪い評判が立たないことも腑に落ちる。
たとえば、領主の意向に逆らっては――という見方もあろうが、キールが聞き込みをした限り、そういう風には見えなかった。
「――卿は、領民のことをこよなく愛されているのですね?」
と、キールは素直にそう問うてみる。
「どうだろう。私は貴族だ。しかも、国政は免じられ、公国を預かっている身だ。それであれば、せめて領民には出来る限り、幸せであってもらいたいと、そう思っているだけだよ」
と、ロレアルが答える。
「勝手ながら、シャルルの街の人たちにいろいろとお話を聞いてまいりました。皆、口をそろえてゲルカール商会とシャルリンド伯のことを敬っておりました。僕は、そんなことはありえないと、何か裏があるはずだとそう思っていました。ですが、その理由を今ようやく理解できているところです――」
「知ってるよ――。数か月ほど前から、君の手のものがゲルカール商会や私のことを嗅ぎまわっていたこともね。彼もなかなかに優秀な調査員のようだが、さすがに長い期間居ればこちらも勘付く」
そう言いながら、ロレアル卿はテーブルに置いてあったボトルから、水をコップに注ぐと、それをキールの方へと差し出す。
「――すまないね。こんな時間だ。さすがに使用人たちに仕事をさせるのは気が引ける。今日のところはこれで容赦してほしい」
「え? あ、いえ、こちらこそこんな時間にお邪魔して申し訳ありません――」
「なんの。君は『魔術師』だからね? さっきも言ったが、それぞれの本分を尽くすのは悪いことではないよ。それが、誰かを幸せにする目的であるならなおさらだ」
キールはロレアル卿が差し出したコップに口を付け、一口それを喉へと流し込む。
「――それから……。そろそろそういった堅苦しい言葉はやめてくれないか? 私はフォルツだと君にそう名のったのだ。この時間は、夜分に悩み抜いた友がその答えを知るために私のもとを訪ねてくれたのだと、私はそう思っているのだがね?」
ロレアル卿がそう言って、ふっと頬を緩め、笑って見せた。
「――はあ~あ。そうですか。だったらそうさせてもらいますよ、フォルツさん。キール・ヴァイス、久々に出し抜かれて、目が覚めました。まったく、どうしてこんな面倒なことを――?」
「ははは、面倒なコト、だよねぇ。私もね、初めからこんなふうにしようと思っていたわけじゃないんだけどね?」
そう言いながら、フォルツさんも水の入ったコップを持ち上げると、キールに向かってそれを掲げて見せる。
キールは慌てて、自分のコップを取り同じように掲げた。
「キールくん。これから始まる二人の関係が、より良き未来へとつながることを祈って――」
「ええ。こちらこそ――」
「じゃあ、乾杯だ――」
二つのコップが接し、コツっと音を立てた。




