第855話 フォルツ・ゲルカール
「えっと、キール・ヴァイス、さま――ですか……? 本日はどのようなご用件で――」
そう様子を窺う店員に、キールはゲルカール商会会頭のフォルツ・ゲルカール氏にご商談をお持ちしたと伝えてほしいと告げる。
「会頭に? ですか――」
「はい。メストリル王国のジェノワーズ商会のものですとお伝えくだされば、わかっていただけるはずです」
そう言われた店員は、要領を得ない様子で奥へと引き下がると、しばらくして、初老の男性とともに現れる。
「当店支配人のルアン・ケブランと申します。キール・ヴァイスさま。当店の店員が失礼いたしました。会頭にお取次ぎいたしますので、どうぞ奥のお部屋でお待ちください」
ルアンさんはそう言って、キールたち3人を奥の部屋へと案内してくれた。
ここまでの印象としては、全く問題ない。店員の対応にしても、普通の反応で特に礼を失するようなところもなかった。
(悪くない、よなぁ――)
と、キールは思ってしまう。
昨日もジルベルトと話していて思ったことだが、ここまで『悪くない』となると、却って変に感じてしまうのだが、ここまでのゲルカール商会の印象は、当初思っていたものと何かが違うという違和感を感じているという方が正しいかもしれないと、思い始めている。
しばらくして、一人の若い男が現れた。
身なりはきちんと整っているが、成金のような出で立ちとはまるで違う、普通のビジネスマンスタイルである。
一瞬、どこかの部署のまだ経験の浅い店員なのかと疑ったほどに普通の人だ。
「お待たせいたしました、キールさま。わざわざご足労頂くとは思っておりませんでしたので、正直なところ、とても驚いております。初めまして、お目にかかれて光栄です、『稀代』さま。会頭のフォルツ・ゲルカールと申します――」
その男がそう言った。
キールは、正直驚いたが、出来る限りそういうそぶりを見せないよう、すっと立ち上がると、
「こちらこそ初めまして、キール・ヴァイスと申します。突然お邪魔して申し訳ありません」
と、そつなく返す。
「こちらは、私の従者のアステリッド・コルティーレと、リーンアイムです――」
「ええ。存じております――。お初にお目にかかり光栄です。メストリル王国の貴族令嬢さまと、ドラゴン族の『風竜』さま、ですね?」
なるほど、向こうも充分に下調べをしているということか――。
「――今日お伺いしたのは、ジェノワーズ商会の『娼館ビジネス』について実際にどのようにお考えになっておられるのかをお聞きしたいと思ってのことです。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
と、キールは早速本題へと話を進める。
会談の内容については、はっきり言って、申し分ないという印象をキールは受けた。
この、シャルルという街、シャルラザンという公国においても、『女衒』『人買い』の類いはいまだに残っているという。
利用者がいるというのが一番の問題なのだが、そのほとんどがむしろ一般大衆であり、実体としては、掴みどころがないというのが正直なところらしい。
シャルラザン公国としてはこの分野の一掃を図りたいということらしく、ゲルカール商会へと相談があったということだ。
「――そこで耳にいたしましたのが、『英雄王』さまの政策でした。娼館ビジネスの公認です。これによって、結果的に、メストリル国内における不法な売買春がほぼ撲滅されたとお聞きしました――」
と、フォルツ会頭。
その通りだ。
実際、制度内に取り込むことによって法令順守を徹底し、法令違反者をあぶりだすことが可能になったことで、不法業者を一掃したという話はキールも聞いている。
(それに功績があったのがルイの親父さんというのが、微妙なところなんだけど、たぶん、あの人も初めはそんなに悪い人じゃなかったのかもしれないしな――)
と、その昔自分自身が死に追いやったルイの父、エドワーズ・ジェノワーズのことを思い出し、胸がチクリと痛む。
「ウォルデラン王国の『火炎』さまも、それに倣ってウォルデラン王国に娼館制度を導入するよう進言したと聞いております。残念ながら我が国はまだ国家は動いておりません。そこで、シャルリンド伯はシャルラザン公国が先陣を切る覚悟をお示しになり、当商会へとご意見を問われましたのでございます」
ここで、『火炎の魔術師』――ゲラード・カイゼンブルグの名前が挙がるのも、当然のことだろう。
事実、キールと『火炎』の出会いから、ウォルデランへもジェノワーズ商会の娼館を出店する話に繋がった。
その辺りも調べは付いていると、フォルツ会頭は暗に仄めかしている。
(ビジネスマンとしてもとても優秀な方だ――)
それが、キールがフォルツ会頭に抱いた第一印象だった。




