第854話 シャルルの街並み
一方、シャルリンド伯爵領シャルラザン公国主都シャルル――。
「キールさん、ここって、伯爵家が治める領地なんですよね?」
と、アステリッド。
ちなみにこの「公国」というのは、「国家」ではない。
貴族家が独自の政策や法令によって、国家から自治を許されている領地のことを言う。
つまり、シャルラザン公国は、リトアーレ王国の領土内に存在する、シャルリンド伯爵が納める領地ということになる。
「ああ、ジルベルトの話では、そのシャルリンド伯がゲルカール商会をバックアップしているということらしい。シャルリンド伯という方についての評判だけど、こっちは情報が少ないんだよな……」
ジルベルトが、これだけ長い時間を掛けて内偵を進めたにもかかわらず、シャルリンド伯爵についての情報はかなり少ない。
わかっているのは、ほとんど姿を見せないということと、リトアーレ王国の政治参加を免じられているということぐらいである。
現伯爵の名前は、ロレアル・ヴァン・シャルリンド。年齢は現リトアーレ国王子とそれほど変わらないらしい。つまり、30代そこそこといったところか。
前伯爵である父君から伯爵位を受け継いでから、もう10年ほどは経っているという。
随分と早い就任だが、父君の急病による逝去のためだったらしい。
『俺もまだ一度も顔を見てないんだ。でも、ここの領民のほぼ全員がそうらしい――。でもまあ、そんなことはこの世界ではそれほど珍しい話でもない』
と、ジルベルト。
それはその通りだとキールも思う。
実際、キールはメストリルに生まれて17年間、『英雄王』の顔を見たことがなかった。初めて『英雄王』の顔を見たのは王立大学に入ってからだ。
(まあ、テレビもPCも無いんだから、余程表に出て民衆に顔を見せるのが好きな貴族でないと、広く民衆に顔を覚えられるなんてことはないんだろう――)
と、キールはそう思っている。
シャルルの街並みは、非常に整頓されていて、治安の良さを表している。
市場も商店街も雑多な雰囲気はあまり感じられず、とても穏やかな、しかしながら、充分な活気にあふれている――。
(なんとも、珍しい空気感だな――。ローベやメストリルなんか、ざわついていてにぎやかな雰囲気があるけど、ここは、カインズベルクの商店街ともまた少し違う――)
カインズベルクの特徴としては、区画分けがしっかりとなされていて、集まるところに集まるといった感じだった。
それに、基本的に人口密度が高いのもカインズベルクの特徴だ。
(よほど、『民度』の高い領地なのだろうな――)
カインズベルクは人が集まる場所でもある反面、気位も高い感じを受ける。
それは、カインズベルクこそこの大陸の『経済の中心地』であり、そこに拠点を持てるほどの商家には、相応のステータスを持っているという自負が芽生えやすいからだろう。
当然ながら、大陸各地から各王国出身のいろいろな人が集まってくる。
だが、このシャルルは、一地方領にしかすぎず、ここの住人はほとんどがここで生まれたものたちと思える。
「キールさん、そのゲルカール商会との商談のことなんですけど……」
と、アステリッドが歩きながらキールに問いかけてくる。
「――それって、『娼館』の話、なんですよね?」
「ああ、そうだよ。ジルベルトの話だと、ウォルデランの娼館にジルベルトがまだいた頃、手紙が届けられたんだ。――それも一応預かってきている」
キールもすでに目を通しているが、内容は簡潔なもので、単純に『娼館ビジネス』に興味があるから詳しく話を聞かせてほしい、話の内容によっては、シャルルにそれを導入したいとそういうものだった。
「――必要なんですかね……」
と、アステリッド。
「ん? まあ、そうだなぁ。そこは何とも言い難いけど、利用する人は居るんじゃないかな――。基本的に、『日本』でもそうだったけど、ああいうものはどこにでも存在してるものだしなぁ」
と、応じるキール。
「――なんか、似つかわしくない――って感じがするんですよねぇ」
「似つかわしくない?」
「街の雰囲気とか、ここの人たちとか――見てて何となくですけど、そう思えるんですよね」
「――なるほど、言われてみれば……」
アステリッドの言っていることにキールも腑に落ちるところがある。
だが、さっきキールが言ったこともあながち間違いではない。
あれだけ治安も民度も高いと言われていた国家『日本』ですら、風俗関連企業はいたるところに存在していた。
キールは、アステリッドの言葉に少し『引っ掛かり』を覚えたが、そうこうしているうちに目的のゲルカール商会に到着した。




