第852話 ミリア、丘の上の教会で出会う
結局、キュエリーゼ王国まで付き合わされることになってしまった――。
ミリアは乗り掛かった舟だと自分に言い聞かせている。
クリスとカインズベルクで別れ、ウィリアム王子――もといワイアットさんと、アリスターさんの二人とともにジョドとべリングエルに運んでもらってここまで来たというわけだ。
そして、今、『丘の上の教会』にて、クラーサ茶を頂いている。
「オズワルド! このお嬢さんが、キールの恋人だ!」
と、ワイアットさんが高らかに宣言した。
「そ、そんな直接的な言い方――!? やめてください! は、初めまして、神父様。ミリア・ハインツフェルトです――」
と、慌ててミリアは嗜める。
ミリアにとって、この教会の神父さんと会うのは、実は初めてのことである。
「ほほう、稀代殿の――。そうですか。お会いできて光栄です、ミリア殿。稀代殿を掴まえておくのはなかなかに大変でありましょう?」
と、ふわりとしたやわらかな笑顔でオズワルド神父が応じる。
(この人が――)
ミリアはキールから少し話を聞いている。
この人こそ、キールの前任の『神候補』だった人で、エルルート族でもあるという。
「――あの……、その、キールから少し伺っています。あちらが……」
と、ミリアはこの部屋の飾り棚にそっと佇んでいる女神像に視線を向けて言った。
右手に短剣、左手には花束を携えている女神立像――。
「――そうですか。ええ。彼女がクリスティンです。今は、この教会の守り神として祀らせていただいております」
オズワルド神父がそう言った表情からはもう、「悲しみ」はうかがえず、ただ、「安寧」と「情愛」が見て取れる。
「――少し、お祈りを捧げても?」
「ええ、もちろんです。彼女も喜ぶでしょう」
ミリアは席を立つとその女神像の前に進み出て、両手を組み目を閉じた。
静かな時が数秒流れ、澄んだ空気が流れているを感じる。
特に何かが起こるわけでもないが、ミリアの心の中から湧き上がるものがあった。
そして、気付くと頬が濡れていた。
「あ、ごめんなさい! 私ったら――」
と、慌ててそれをぬぐうミリアに対して、ミリアの祈りを邪魔しないようにと黙って座って待っていた3人の男性が反応を示す。
「まあ、いいんじゃない?」
と、アリスターさん。
「だな。俺たち男には伝わらない何かがあるのかもだしな?」
と、ワイアットさん。
「ミリア殿、本当にありがとうございます。私にはその涙、クリスティンが私に対して微笑んでくれているように感じます――」
と、オズワルド神父が最後にそう言った。
「――わたし、その、たぶんいろいろな感情がごちゃ混ぜになって、混乱しているんだと思います――。でも、クリスティンさんの心は、たぶん、今もここにあるような、そんな気がします」
と、かろうじて取り繕うミリア。
その時、不思議な感覚がミリアに落ちてきた。
ふわりと誰か、いや、なにかがミリアの両肩に手を添えているようなそんな温かい感覚――。
「え? 『魔法』を――?」
誰かが、いや、その何かがミリアにそう告げたような気がした。
ミリアは、頭に浮かんでくるままに詠唱句を紡ぐ――。
「ミリア殿――! その詠唱句は――!」と、オズワルド神父。
「なんだ? 何が起きてる!」と、ワイアットさん。
アリスターさんは、ただじっと様子を窺っている。
そうしてミリアは「知らないはずの詠唱句」を最後まで朗々と紡ぎあげ、右手を手のひらを上にして眼前に掲げた。
ミリアの右手のひらに、ぽうと淡い光が灯る。
これは間違いなく魔法生成の証だ。
その淡い光が徐々に形を成し、手のひらの上に一人の「女性」が現れた――。
「クリスティン――!? お前なのか――!?」
オズワルド神父がそう叫んだ。
しかし、その「女性」の顔立ちや体型などははっきりとはしない。
なんとなく「女性」だろうという程度にしかわからないのだ。
『オズ――。長い時間待たせたわね。でも、もう少し。もう少しよ――。慌てなくていいわ。私はあなたをずっと待っている――』
そう「言葉」が部屋に響いた――。
そして、ミリアの手のひらの光はすぅっと音も立てずに消え去った。




