第851話 海域を離脱せよ!
「帆を張れ! 全艦、この海域を離脱する!」
「サー!!」
ルクレツィアの号令が下ると、各艦の帆が一斉に上がる。
ここへと引き付けられた理由は、ルクレツィアが島の様子を見に行っている間に答えが出た。
サルバによれば、どうやら、この島の周囲の海流が、渦を巻くようにこの島へと流れ込んでいるという。
「理由は不明でさぁ――。ですが、風で流されたというわけではないというのがわかってます。そうなると、海流によるものとしか、考えられねぇ」
「私もそう思っていた。それで? その海流を突っ切って脱出はできるのか?」
サルバの導き出した答えにルクレツィアも同意する。その上で、脱出の可能性を問いただした。
「島の周りはそれほど大きくねえです。海流は渦を巻いている――。ならば、それをうまく利用して――」
「なるほど、その手があったか――。でも、この数の船を全て、操ってそれを成し遂げられるのか?」
「提督、我々を舐めてもらっちゃあ困りますぜ? 隊列は『一列縦隊』、速度を合わせつつ徐々に引き上げます。そして一気に――。なあに、心配いりませんよ」
サルバがそう言って不敵な笑みを浮かべた。
「わかった。一時的にお前に指揮権を委ねる。やり切って見せてくれ――」
「アイサー、提督。任せてください! よおし、お前たちぃ! 俺らの腕の見せ所だぁ! 気い抜くんじゃねぇぞ!!」
「「おおう!!」」
艦隊は徐々に速度を上げながら、20隻が一列になるように隊列を整えてゆく――。
そうして20隻が時計回りに島の周りを周回し始めた――。
「よおし! 海流に乗った! まだ船足を上げるぞぉ!」
サルバの指示に船員たちが各員の仕事をこなし続ける。
やがて船の速度が、風を目一杯に受けている状態よりもさらに1.5倍ほどにまで到達する――。
船体がぎしぎしと軋む音が響き始めた。
「よおし! そろそろだぁ! いいか! 呼吸を合わせろ! 一気に面舵を切って、海流を抜ける! まずは俺たちが先陣を切るんだ! 各船には俺たちに続けと信号を上げろ!!」
「サー! 信号旗、上げます!」
信号手が旗を掲げる。すると、追随していた残りの船たちも信号旗を上げ始めた。
「全艦、応答在り! 旗艦に続く!! です!!」
「よおし、ちょうど頃合いだ――。行くぞ! おもーかじ、30度ぉ――!」
「サー!!」
ぐいと一瞬だけ船体が左へ傾いた――。
「揺れ戻し、対応――!!」
そして、サルバの言葉の後、今度は右側に大きく傾く――。
「「お、おおお!!」」
と、船員たちが呻き声を上げる。
ルクレツィアも指揮台の端を握りしめ、吹き飛ばされないようにとしがみつく――。
時間にして十数秒――。
指揮台を掴む手のひらの握力が限界を迎えようとするその瞬間だった。
「ぬ、抜けたぁ――!!」
見張り台の上から声が落ちてくる。
船体は徐々に傾きを戻し、やがて平行に戻る――。
「後ろはぁ――!?」
ルクレツィアが大声で叫んだ。
「各艦、本艦に続いています!! 大丈夫です! 最後方のトーラス号も無事抜けましたぁ!!」
「おおおおおぉぉぉ!!」
レ・フィーエ号の各部署から歓声が上がる。
「サルバ! よくやった!」
「へ、へへ、これぐらい、朝飯前でさぁ! さあ、提督、ご指示を――!」
「よし! 全艦に通達! 陣形を魚鱗の陣に戻し、当海域を離脱する――。船足を落とさず、一気に抜けるぞ――」
ルクレツィアの号令に、新たな信号旗が上がる。
そして、各艦が徐々に隊列を戻してゆく。
「通信復旧!! 各艦通信士と交信が再開しました!」
どうやら、通信士も、互いの通信を確保できたようだ。
そして、この1時間後――。
艦隊は一隻も失うことなく、『黒霧海』を脱出した。
(もう少し、詳細に調査をしたかったが――。これ以上はおそらく船を失う恐れも出てくる……。口惜しいが、これからの時代の変化について行くためには、たとえ一隻でも失わないに越したことは無いのだ――)
『翡翠』さまにもきつくそう申し付けられている。
『『黒霧海』の探索については、最優先事項であるとはいえ、不測の事態に在っては、生還を第一とせよ――』
それが『翡翠』さまからの厳命であった。
『黒霧海』の中に今回発見した不思議な島――。
島というよりは、まるで要塞のような、そんなものだった。
魔物の気配は感じなかったが、海流の変化など、その島へと近づく船を取り込んでしまおうという不思議な意図が感じられた――。
(――とにかく、帰ったら即時報告だ。あんなものが海の真っ只中に浮かんでいるなんて、これまで誰も気がつかなかったのだ。あれは、何なのか、今後調査対象にするのかは、『翡翠』さまの判断に委ねるとしよう――)
ルクレツィアは新たな目的地を号令する。
「目的地はエルレア大陸、ポート・レウラ!! 針路を南東に――。エルレアへ帰るぞ!!」
「おお!!」
『黒霧海』を、全艦が抜けだしたことを確認し、ルクレツィアはようやく、ふぅと息を吐き出した。




