第847話 シャルルで合流
クルシュ暦372年7月下旬――。
キールたちはシャルリンド伯爵領シャルラザン公国主都シャルルに到着していた。
街並みは他の地域とさほど変わりない、中規模の都市だといっていいだろう。
心なしか木造の家屋・屋敷が多いような気がする。
「――さあて、シャルルに着いたものの、ジルの居場所は分からないからな。とりあえずは、『目』からの接触を待つとしようか」
メストリルを出る前に、『翡翠』には一応声を掛けておいた。
ジルベルトを迎えにシャルルへ行くつもりだから、『目』からの接触が欲しいと要望してある。
まあ、実際のところ、キールたちはリーンアイムに跨ってやってきてるわけだから、『翡翠』から『目』まで情報が伝わるより早く、ここに到着している可能性の方が高い。
「どこか適当な宿を探して、そこを拠点にしよう。それから、こっちでもゲルカール商会について調べを始めるとするか――」
と、そう、アステリッドとリーンアイムに告げ、頃合いな宿屋へと潜り込んだ。
それから2日――。
キールとアステリッドはこの街におけるゲルカール商会の評判について聞いて回ってみたのだが、皆ほとんど同じような事しか言わない。
ゲルカール商会は、親切で、優しく、いつも助けてくれる、とても心強い商会だと、10人が10人そう口にした。
そして、2日目の夜、ようやくジルベルトが姿を現した――。
「――旦那、すまねえ。ゲルカールの尻尾がまるでつかめねぇ」
ジルベルトが開口一番キールに向かってそうつぶやいた。
「そうか――。おまえでもダメか。実はこっちについてから二日、こちらも調べてみたんだが、皆、口をそろえて、いい評判ばかりだった」
と、キールも応じる。
「――おかしいとは思ってる。こんな馬鹿な話があるわけないんだ。商売なんてそんなにうまく行くものじゃない。いいことを言われるなら、その反対に悪いことを言うやつもいるものだ。それなのに、ゲルカールは――」
と、ジルベルト。
「――ああ、悪いことを言うやつが一人も出てこない。これはやっぱり、何かが狂ってるとしか言いようがないんだけど……」
と、キールもジルベルトに同意見だと告げた。
「いいことしか言わないというより、いいことしか言えないんじゃないですか?」
とは、アステリッド。
アステリッドの言うことも理解できる。
キールも最初はそう考えた。
たとえば、脅迫を受けていたり、そこまでではなくとも何かしら圧力を受けているのではと思ったのだ。
が――。
「確かに嬢ちゃんの言うとおり、そう考えるのが普通だし、妥当なところだろうな。だから、長く内偵を進めてきたんだが……」
と、ジルベルトの表情はさえない。
「それでも何も出ない――か。そうなると、人々の言葉は、心から出ているということになる、ね」
と、キールがまとめる。
つまり、人々は本心から、ゲルカール商会に心酔していて、一切不満を持っていないということになるわけだ。
「でもよ、旦那。そんなことが可能なのかよ?」
「さあな。実際出来ているんだから、可能なんだろうさ――。でもまあ、気味が悪いことには違いないがな?」
しかし、いずれにしてもこのままでは埒が明かない。
「なあ、旦那。こりゃあもう、飛び込んでみるしか方法はねぇかと思ってるんだがよ? どうだ?」
「ふうん、奇遇だねぇ。俺もそう考えていたところさ。ジルベルト、長い間潜ってくれて、お疲れさま。よく粘り強くやってくれたね」
「え? あ、いや、そ、そんなことはどうってことはねぇ。でも、すっきりしないまま引き継ぎたくなかっただけってのが本音だ」
「たぶんだけど、ゲルカール商会は『いい商会』なんだろうさ。本来はお互いにとって『良い』という意味でないと変なんだろうけど、これが一方的な依存になっているって感じかな。その辺りは、実際に話してみないとわからないね――」
キールの唐突な労いの言葉に一瞬動揺したふうのジルベルトだったが、キールの言葉を聞いて、次に自分が出来そうなことに思い至ったようで、
「――OK。旦那が来てくれたおかげで、一旦メストリルへ戻る必要が無くなった。旦那は、表から飛び込んでくれないか? 俺は陰から旦那を見守りながらサポートすることにするよ」
と、そう言い残すと、キールの部屋を出て行った。
ジルベルトが、この部屋に来るのにそれ程警戒をしないで来たところを見る限り、ジルベルトの行動についてゲルカール商会の『見張り』が付いているということは無さそうだ。
(たしかに、クリーンすぎるぐらいクリーンな商会だな――)
ならどうして、ルイの父親はルイにあの言葉を残したのか。
ルイの父、あのいけ好かない親父だが、たしかに商才の方はそれなりに在ったと見ていいだろう。
その男をして、『敵対するな』と言わしめるということは、何も無いはずがない。
キールはアステリッドに明日の予定を告げる。
「とりあえず、明日、ゲルカール商会へ飛び込んでみよう。アステリッドは――」
「もちろん、行きますよ? まさか、ここにいろとか言うつもりじゃないでしょうね?」
「――えっとぉ、そのぅ……」
「キールさん。キールさんの右腕はあっちに置いて来たりこっちに置いて来たりできるものなんですか?」
「は、はは、だよねぇ……」
「案ずるな、我も共に行く――」
キールがはっきり言えないところに被せてリーンアイムが言葉を挟む。
「リーンアイムさんこそ、ここにいたらどうですか?」
「なぜだ?」
「だって、なんか、いろいろと面倒なことが起きそうな気がするし――」
と、アステリッドとリーンアイムがやり始める。
「あーあー、わかった、わかった。もういいや。じゃあ3人で行くとしよう。そのかわり、リーンアイム。先方に何か食べ物とかを要求したりはするなよ? こっちはあくまで『商談』で行くんだからな?」
キールは仕方なく、そう告げ、二人の間に割って入った。




