第846話 できる限り早く
「昨晩、緊急にカインズベルクの商会主を集めて会議を開きました――」
カーティス・レーブ商業ギルド理事長がそう、前置いた。
「結論から申しましょう。全会一致で出資に参加させていただくことになりました――」
と、静かに告げる。
「――ふぅ~。それは何よりだ。それから――」
と、ワイアットが続けようとする。
「作業の人員――でしょう?」
と、カーティス。
その表情には、笑みすら滲み出ている。
ワイアットは、図星を突かれたが驚きはしない。むしろ、それぐらい先読みできる者の方が頼もしい。
「ああ。始点はローベの港の南端だ。そこからキュエリーゼの南側を通って、東西街道傍まで出る――。が、まあ、そのあたりも大工たちの意見を取り入れてからだがな――。だから……」
「わかっております。手隙の大工や土木作業員に既に声を掛け始めております。3日後には先団数名がキュエリーゼに向けて出発できるでしょう」
さすがに仕事が速い――。
ワイアットの脳裏に、今は遠く離れている女性の顔がよぎる。
(まったく商人というのは、動くとなったらひと時も無駄にできない質なのは、どいつも共通のようだな――)
あいつもそうだった。
今はどのあたりの海を走っているのやら――。
「ワイアットさん? それで、どこへ向かわせれば――」
と、カーティスが問いかけている。
ワイアットは慌ててこの場に心を戻し、
「取り敢えず、丘の上の教会に集合だ。あそこなら、何人か泊まれるスペースはある。まあ、給仕はいないがな?」
と、応じた。
その後、話はまとまり、正確な金額は、その先団が到着してから改めて試算し、見積もりを出すということで決した。
「その先団に、わたくしの商会から有能な会計士を加える予定です。どうぞ、ご自由にお使いください」
それがカーティスからの「手向け」の言葉だった。
その後、商業ギルドからクリストファーの新居へと場所を移した4人は、昨日と同様にフランソワの入れた紅茶を頂く。
「まずは、おめでとうございます。ワイアットさん、アリスターさんも。これで、おそらく事業は進展し始めるでしょう」
と、クリストファーが言った。
「まあな――。あとは、どのぐらいかかるか――だ。時間も金も人も、な……」
ワイアットは自分の言葉を噛みしめるようにそう返す。
いつかできる、ではダメなのだ。
できる限り早く完成させなければならない。せめて、キュエリーゼ―カインズベルク間だけでも一刻も早く、だ。
「――ワイアットさん。今さらと思うかもしれませんが、海の国に対抗する手段として、この『鉄道』はとても有効な手段となるでしょう。ですが、海運の発展はそれでも止まらないでしょう」
クリストファーが辛辣にそしてはっきりと断言する。
ワイアットは、それについて、もちろん理解している。
「ああ、わかってる。『鉄道』ではエルレアには行けないからな――」
そう言いながら、アリスターの方へと視線を移す。
「――なんだよ? 僕は、エルレアになんか帰るつもりはないよ。僕は僕が引き継いだ「夢」を追い続けるだけだ。こんな『鉄道』なんて、僕にとっては一つの通過点でしかないんだからな?」
と、アリスターが口を尖らせる。
「ああ、わかってる。でも、鉄道の技術の中にも使えるものがあるかもしれないだろう?」
「例えば?」
「たとえば――。ああ、そうだ、車輪を回すギアとか――」
「そんなの、『自走車』でもう完成してる」
「うっ――。それじゃあ、あれだ! あれ――、ほら、何かあるだろう?」
と、ワイアットは周囲を見回して誰かに助けを求める。
「――蓄電技術……とか、いかがでしょう?」
と、クリストファーが告げた。
「ちくでん――? それってどういう――?」
と、アリスターが少し体の向きを変えてクリストファーに問いかける。
実は――。
と、クリストファーが話し出したことを聞いたワイアットは、この『ラアナの神童』が本物の天才であることに今初めて気づかされた、いや、思い知らされたのだと自覚することになった。
「――鉄道を走らせるのに、どうしても電線だけでは足りないのではないかと、そう考えているのです。鉄道自身に自力で発電するシステムを乗せられれば良いのですが、おそらくそれでは重すぎて使い物にならないでしょう。だから、必要な時に使えるよう電気を溜めておく物を乗せるのです――」
クリストファーは、少し前から考えていたらしい。
険しい山や、場所の狭いところでは、電線の高架線を引くことができないかもしれない。そういう場合に使用できる電力を一時的に溜めておくことができる装置を作れないかと。
(なるほど――。クリストファーは、鉄道を『走らせる』方法ではなく、鉄道が『走れなくなる』状況から考えていたのか)
ワイアットは、天才ゆえの、クリストファーの『思考の向きの違い』を感じていた。




