第841話 ローズ、英雄王に報告す
ローズは、メストリルへと戻っていた。
18階層でのダークオークとの死闘のあと、キールさんたちと合流したローズたちは、その翌日、19~21階層まで進んで今回の探索を終えた。
ダークオーク以降は驚異的な魔物との遭遇はなく、順調に探索をすすめたが、結果としてどれほどの「収穫」があったのか、専門外であるローズにはわからなかった。
エリザベス教授自身、バレリア遺跡にばかり時間を掛けていられない事情があるらしく、キールさんたちもメストリルへと戻るということで、大勢で竜に跨って帰ってきた。
この竜――リーンアイムさんは、見た目よりずっと優しくて、ローズが、「重くないですか?」と聞いてみたところ、「我は風竜リーンアイムであるぞ?」とだけ返ってきた。
要は、気にするほどのものでもない、ということだろう。
昨日帰ってきたばかりで荷ほどきがまだ出来ていなかったが、今日は朝から『英雄王』に呼び出されている。
と言っても、ローズ個人ではなく、『囁く狼』のメンバー全員がだ。
ハルちゃんいわく、探索の成果を教授が説明してくれたり、『英雄王』に土産話を聞かせるのだとか。
今回の依頼はギルド経由ではなく、『国王直依頼』だったのだから、報告するのは当たり前なのだが、ローズの行動などが露になるのは少々気恥ずかしい。
ローズは頬を両手でパンと叩いたあと、自宅を出た。
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麗らかな女性の声が謁見の間に響く――。エリザベス教授だ。
「陛下――。バレリア遺跡深層調査の件、ご報告いたします――」
ややかしこまった物言いは、この場にはお偉い人たちが多くいるからだろう。
「うむ」
と、『英雄王』。
その後、エリザベス教授は、今回の深層探索の進捗について述べてゆく。
「――結果、第21階層まで到達いたしました。しかし、特に目新しい発見はありませんでした。それでも、4日間で11階層も下ることができましたのは、ひとえに、『囁く狼』たちの働きによるものです――」
(え――?)
ローズは思わず身を固くする。
『さすがエリザベス教授。持ち上げてくれてるのさ――』
と、ハルちゃんが小声で囁く。
「彼らは臆することなく深層を探索し、第18階層にて『階層主』と呼ばれる強敵を討ち果たしました。陛下より、お褒めのお言葉を頂ければ至高の慶びであります――」
そう言い終わると、エリザベス教授は少し振りむいて片目を閉じて見せた。
(いやあ、ちょっと大げさすぎませんか――)
実際、ダークオークにとどめを刺したのは、ローズだった。だけど、それらはここにはいない人たちの助けがあったからできたことだ。
「うむ。『囁く狼』の者たちよ、大儀であった。――ウェルダート、あれを……」
『英雄王』が隣に控えるハインツフェルト内務大臣にそう告げた。
ハインツフェルト大臣は、少し振り返り、何やら持ち上げると、それを持ってローズたちの目前にまでやってくる。
両手に抱えているのは、少し大きめの宝物箱だ――意匠だけでも相当高価なものに見える。
(なんて綺麗な箱――)
などと感心している間に、ハインツフェルト大臣が小声で囁く。
『早く両手を出さんか――ローズ』
と、大臣。
「あ、はい!」
と、思わず少し上ずった声を上げるローズ。
「ったく、緊張しすぎだよ、ローズ」
と、ハルちゃんが合の手を入れる。
「『英雄王』陛下直々にお選びになった冒険者用の道具が入っておる。お前たちへの褒美だ。それから、こちらが依頼報酬である。受け取るがよい――」
ハインツフェルト大臣が朗々と宣言し、ローズに箱を渡した後に、ハルちゃんに革袋を一つ渡した。
「あ、ありがとうございます! メンバーを代表して、ローズ・マーシャルが御礼申し上げます!」
――――。
場の空気が一瞬、静まり返る――。
(え? ええ!? なんか、おかしかった? どうしよう――)
「く――」
と、『英雄王』が息を詰める。そして――。
「くくく、はぁっはっはっは――!!」
と、ついには大笑いした。
「陛下――、台無しではありませんか……」
と、ハインツフェルト大臣が、嘆息混じりに進言する。
「くくく、だってよぉ、今のローズの顔みたら、はっはっは!」
と、『英雄王』は堪えきれないとばかりに爆笑している。
「え? なに? どういうこと――?」
「はあ~あ。まったく、オジサンが言い出したことだろう? 自分でぶっ壊してどうするのさ?」
と、ハルちゃん。
ライとケイもローズと同様に、呆気に取られている。
「ははは、すまんすまん。皆、大儀であった、もう普通にしてよいぞ?」
「自分で壊すぐらいなら、初めからやらねば良いものを――」
と、『英雄王』の言葉に被せるのは、『翡翠』さまだ。
「あ、あー、ローズ。今のは『予行演習』だ」
と、『英雄王』が言った。
「『予行演習』、ですか?」
と、ローズが腑に落ちないとばかりに問い返す。
「ああ、この先お前たちも色々な国へ出かけるであろうからな。なかには貴族や王族の依頼が舞い込んでくるかもしれんだろ?」
そう言って、にかっと笑う『英雄王』。
「――はぁ……。そう、なんですね。それで、『予行演習』――」
「なんだ? 不服か――?」
「『英雄王』……。今週の日曜日は王城に戻りません――」
「な――!?」
「人を道化にした罰です。パンプキンパイは来週までお預けとします!」
その宣言を受けて『英雄王』の顔から血が退くのを見届けたローズは、
「報酬と褒美、ありがたく頂戴します。それでは、失礼します!」
と、高らかに宣言すると、謁見の間をあとにした。
その数日後、ローズは、あのあと『英雄王』は『翡翠』さまから、年甲斐もなく叱られたそうだという王城の噂を小耳にはさんだ。
ローズは、さすがに少しやり過ぎたかと思いなおしていた。




