第842話 ルイの娼館にて
キールとアステリッドはルイの娼館に来ていた。
「それで? ジルの奴はどうしてリトアーレに行ってるんだ?」
キールは、ルドさんにそう聞いてみる。
「はあ? 旦那、本気で言ってるのかい? ジルから娼館ビジネスに新規参入したいと言ってる商会があるって話、聞いてるだろ?」
「あ――」
キールは完全に忘れていた。
そう言えば数か月前ここに戻ってきたとき、ジルベルトがそんなことを言っていた。
たしか――。
「リトアーレの何たらとか言う商会――あれ? なんだったっけ?」
「し、知らないよ!」
と、キールの問いに即答のルドさん。
「ゲルカール商会、だ――」
と、部屋の入り口から男の声がした。
皆の視線がその部屋の入口の方へと向けられる。そこには、キールと同い年ぐらいのきちんとした身なりの男が立っている。
「やあ、ルイ。久しぶり。元気そうで何よりだ」
と、キール。
「ルイさん、『MItHa』のものがいつもお世話になってます――」
とはアステリッド。この娼館2階の奥部屋辺り一角を事務所と作業場として提供してもらっていることに対する礼だ。
「ジルベルトの奴は、リトアーレのゲルカール商会を探りに行ってる。裏にはシャルリンド伯爵家がついている材木商だ。キール……」
ルイはそこで一度言葉を切って、意を決したように話を続ける。
「――実は、そのゲルカール商会についてなんだが、親父から言い含められていたことがあったんだ。『シュニマルダとゲルカールにだけは敵対するな』ってな。ジルにもそのことは伝えてある。アイツ、無事だといいけど……」
ルイの表情が冴えない。よほど心配なのだろうが、キールはそれよりも、ルイの人となりの成長の方に驚いている。
「お前、変わったよな?」
と、キールがルイに声を掛ける。
「変わった? どういうことだ?」
と、ルイはキールの唐突な言葉に驚き問い返してくる。
「いや、お前が他人のことをそんなに心配するなんて、思ってもいなかったから。前はもっと、なんて言うか、自分本位というか身勝手というか――」
「嫌な奴だったって言いたいんだろう? 別にいいさ。その通りだからな。俺もどうしてこう思えるようになったかなんてわからないんだから」
「成長してるんだな、ルイ。――ジルベルトのことは心配するな。あいつは殺したって死なないやつだ。きっと無事だ。それは間違いない」
キールはそう言い切った。
「どうしてそう言い切れるんだ?」
と、ルイ。
ルドさんも目でそう訴えている。
「すまないね、二人とも。実は、ジルベルトにはしっかりエルルート族の『目』がついているのさ。もし何かあったら、僕のところに報せが来ることになっている」
と、種明かしするキール。
「――なにも報せが無いということは、何も無いということだ。まあ、何をしているかもわからないけど、生きていることには違いないし、身の危険が生じているという状況でもないということさ。だから、大丈夫」
「そう、だったんですね――」
と、アステリッド。
「――でも、忘れていたのはさすがにダメですよ、キールさん。ルドさんがこんなに心配しているじゃないですか。すぐにジルベルトさんに連絡を取って帰って来てもらわないと」
「心配なんて――! するわけがないだろう! 私はただ、この繁忙期に男手が一人欠けていることをだな……」
と、慌てて抗弁するルドさん。だが、その表情からは先程までの焦燥感が薄らいでいるように見える。
「仕方がない――。迎えに行ってやるとするか――。アステリッド、リーンアイムにそう伝えて来てくれないか? たぶん、下の厨房辺りをうろついているだろうから――。僕とルイは、上で少し話をする。リーンアイムに伝えたあと、少しここで待っててくれるかな?」
と、キールはさっと考えをまとめた。
わかりましたと、アステリッドはそう言って、部屋を出て行く。
キールはルイを促して、『MItHa』の作業場をあとにした。
******
数分後――。
アステリッドはリーンアイムを引っ張って作業場に戻る。
キールさんとルイさんの姿はすでに無い。まだ3階の会長室で話をしているのだろう。
アステリッドは、この時間を使って、ルドさんとの打ち合わせをしようと思っている。
リーンアイムさんは、厨房からくすねてきた鶏肉の揚げ物を頬張りながら見て回っていた。
「リーンアイムさん! 食べながら歩き回るのはお行儀が悪いですよ! 見て回るなら、食べ終わってからにしてくださいね!」
そう釘を刺しておいて、ルドさんとの打ち合わせに入った。
状況を聞くと、今夏は昨夏の倍ほどの受注があるという。
今のところはなんとか間に合わせることが出来ているが、これ以上となると、おそらくもうこの場所では追いつかないだろうとルドさんは言った。
「私も、フィットネスジムとこっちの両立でかなり手が割かれている。アステリッド、そこで提案なんだが――」
と、ルドさんが真剣なまなざしでアステリッドを見つめた。
「――新工場を建てないか?」
ルドさんは静かにそう言った。




