第839話 帰郷、そして罵倒
クルシュ暦372年7月中旬――。
メストリル王国、ルイの娼館2階、『MItHa』本社作業場――。
ルド・ハイファは多忙を極めていた。
すでに今夏のシーズンが始まっている。『MItHa』にとって一番の稼ぎ時である。
そんな多忙なこの時期にあって、人手が一人でも欲しいという時にあのバカは、ふらりと消えたきり、未だに戻ってきていない。
(――ったく、ジルの奴! どこほっつき歩いてやがるんだ! キールの旦那から、メストリルのことはよろしく頼むと託けられていただろうに!)
ジルベルトが姿を見せなくなってからもう裕にひと月半ぐらいが過ぎている――。
あいつが姿を消した当初は、そのうち戻ってくるだろうと思っていた。
特に、『MItHa』にとってのかき入れ時となる夏が本番になる前にはさすがに戻ってくるだろうとそう高を括っていたのだが、戻ってくるどころか、連絡すら途絶えてしまっている。
(くそっ! キールの旦那も、キールの旦那だ! そもそもジルは、奔放なやつなんだ。いくら何でも放っておきすぎだ!)
そんなことを考えながら、ルドは出荷用の箱に、今夏の新作水着を詰め込んでいる。
そのルドの背中に唐突に声を掛ける『強者』が現れた。
「やあ、ルド。どうしたんだい? 怖い顔をして――」
と、若い男の声がした。ついで、
「ルドさん! ただいまです! ごめんなさい! こんな時なのに私、何も手伝えなくて!」
と、若い女の声。
ルドは、がばあっと音がするぐらいの勢いで振り返る。
「キー、ルの旦那? それに、リディ――?」
まさか、思ってもいなかった二人の顔を見て、ルドは、肩から力が抜けその場に立ち尽くしてしまう。
「――ルド?」
「ルドさん? 大丈夫、ですかぁ?」
「~~~~~っ。大丈夫なわけないでしょ!! いったい今まで――! ああ、くそっ! 言っても、これが私の仕事だって、わかってるんだけどさ! もう! それで? どこから聞きたい!?」
ルドは自分でもどうしようないほどに、怒りと悔しさと安心と責任感とがぐちゃぐちゃになった自分の感情をうまく言葉にできていない。
「――あ、ああ、えっと、ジルを見なかったかな――って……」と、キールの旦那。
「あ、あの、今シーズンの状況は、どうかなって――」
とは、リディこと、アステリッドだ。
しかし、愚痴を言うのは本意ではないと、そう自分に言い聞かせる。
ルドは大きく息を吸い込む――そしてゆっくりと吐き出した。
「ふう~~~っ。すまない。今のは私の弱さだ。気にしないでくれ。二人に話したいことがそれぞれ一つずつある。いいか?」
と、かろうじて気持ちをコントロールして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「まずは、旦那――。ジルの奴が消えたきり戻ってこない。もうひと月半だ。さすがにこれ程長く留守にするのはここ最近なかったことだ。行先だが、リトアーレだと思う――。詳しくは分からない」
と、一息にキールに向かって告げ、ついで、
「リディ。新作の方ばかりでなく、旧作の中でもリバイバルブームが来ている。これを準備すべきかどうかで悩んでいるんだが、どうする――?」
と、アステリッドに告げる。
「「う~~~ん」」
と、二人ともほぼ同時に顎に手を当てる。
その同調性が、余計に腹立たしく思うのだが、「おちつけ、おちつけ」と、念じながら返答を待つ。
「リトアーレ、リトアーレ……。あ……。新規出店の話――か」
と、キール。
「いまから作ってる余裕なんて、さすがに無いよね……。去年の残りなんてまだ在ったかしら――」
と、アステリッド。
「「わかった!!」」
と、二人の声がほぼ同時に響いた。
「ルイに確認する。それで、どうするか決めるよ! 大丈夫、アイツは殺しても死なないやつだ――」
「まずは去年の残り在庫の確認をして、出せるものは出して。あとは、去年買い過ぎて結局使わなかったものとかを回収するっていう手はどうかな――?」
二人が同時に話し出すから、うまく聞き取れない。
「~~~っ!! 同時にしゃべるな!! 順番に話せ!!」
さすがに堪えきれずに声を張り上げるルド。
「「すいません――」」と、最後まで同期するキールとアステリッドだった。




