第三十一話:ノインお菓子作りに励む
東の国の調味料を試食会から数日が経っていた。その間ノインは料理やお菓子を作ったり、習得した結界魔法の練習をしたりして過ごしていた。中でもノインはお菓子作りに意欲的に取り組んでいた。
ここラウルレッド伯爵邸では品質の良い砂糖を仕入れている。砂糖は希少であるため、平民が買うには値段が高い。そんなものを買う位のお金があるのなら、甘みのある果物の方が安く、そして多く買うことが出来るのでそちらを選ぶだろう。基本的に砂糖は貴族が購入するものなのだ。
しかも、ここでは白い砂糖を使っている。白い砂糖は不純物が少なく、甘みが強い。その分作るのに手間暇がかかり値段も高い。対して黒い砂糖は不純物を含んでいるため、甘みに加えて苦味といった雑味がある。その分安く、白い砂糖に比べて手に入りやすくはあるのだが。
そもそも砂糖は貴重であるため、ノインもいままでお菓子はあまり作ったことがなかった。だがこの機会に砂糖を使わせてもらえないかと料理長のダッツに頼み込み、他の料理人に代わって伯爵家のお菓子を作る機会を得たのだ。
客人にそんな仕事をさせていいのかと思うかもしれないが、ノインの場合はこれは仕事ではなく趣味である。館の主であるブライルもノインの好きなようにということで、当面の間ノインがお菓子作り担当になった。
とはいえ、ノインはこれまであまりお菓子作りをしたことがなかったので、お菓子作り担当の人にお菓子の作り方を教わることにした。その際、お菓子作りは普通の料理よりも難しいと言われた。というのも、砂糖は焦げ付きやすいため、火加減がとても難しい。少しでも火加減を誤ってしまうと、甘みが一転して苦味に変わってしまう。どのタイミングで薪を入れるのかがとても重要になってくるのだ。
しかしノインにはその心配はない。何故ならノインは薪ではなく火魔法を使って調理するからだ。薪とは違って火魔法なら火加減はノインの思うがまま。すぐさまコツを掴み、貴族に出しても問題ないくらいのお菓子を作る事が出来るようになった。
ただ、それでもまだお菓子作りの経験は浅い。ノインはその経験を積むべくダッツに頼み、普段伯爵邸で消費する以上のお菓子を作らせてもらうよう頼み込んだ。大量に作ったとしても、ノインには異時空間収納があるのでお菓子を無駄にすることは無いし、いつでもお菓子が食べられるというのが魅力的だった。
砂糖を大量に消費することもあり、ダッツ一人で判断することは出来ずブライルに確認することとなったが、ブライルは快く許可を出した。ブライルはノインの要望に応える事で、少しでも恩を感じてもらえればという思惑からだった。
そうしてノインが大量にお菓子を作ることになり、ライムエルもお菓子を口にする機会が多くなる。ライムエルは甘いお菓子がいっぱい食べられて大満足だった。
『このケーキとやらは素晴らしいな!毎日でも食べたいくらいじゃぞ!』
『毎日同じものは飽きるって。そもそも砂糖は高いから、お金を稼がないと買えないぞ。ここでは伯爵の好意で食べさせてもらってるけど』
『ならお金を稼げばいいではないか?』
『いや、まあ……、うん。ライムの力があれば稼ぐのは簡単だろうな』
ノイン自身も結界魔法を覚えたことだし、ライムエルと高ランクの魔物を倒しに行く事も出来るだろう。そうなれば、クエストの達成による報酬と魔物の素材の売却で一財産手に入れる事も可能だ。今までのその日暮らしは終わり、好きな食材を思うがまま買いあさり、料理することも夢ではない。
『では何も問題はあるまい?』
『砂糖を買う伝手はいるだろうけどな。ダッツさんに頼んで紹介してもらうか?』
砂糖は希少であり、購入する者も限られてくるため、扱う商会はほぼ決まっている。それに、一見さんが買えるかはわからない。だが、伯爵家の料理長であるダッツの紹介があればその問題は大丈夫と言えるだろう。
『まあ、この屋敷にいる間はお菓子も食べられるだろうし。諸々の問題が片付いて、この屋敷から出て行くことになったら高ランクの魔物でも狩って稼ぐとしようか。ついでに魔物肉も手に入れればいいしな』
『うむうむ。そうしようではないか』
『あとは東の国にも行ってみたいんだよな。ショーユとミソを大量に手に入れておきたい』
『そうじゃの。あれはなかなかいい味をしておった。砂糖を十分に手に入れたらその国に行ってみるとしようぞ』
ノインとライムエルはこれからの大まかな方針を決めた。その方針が食に関わる事というのは彼ららしい。
そうやってケーキを食べながら話をしていると、ブライルが呼んでいるから来てほしい、と執事長のゼイルがノインたちを訪ねてきた。館の主を待たせるわけにはいかないと、ノインは目の前にあるケーキの残りを急いで平らげる。ライムエルはマイペースに食べていたが、そのマイペース自体が速く、既にケーキはライムエルのお腹の中に収まっていた。
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「やあ、すまない。今やっているのをキリの良いところまで仕上げるから、ソファーにでも座って待っていてくれるかな」
ゼイルに案内されたのはブライルが普段仕事をしている執務室だった。ブライルは顔を上げずに書類を見ながらノインにそう言う。ノインが返事をしてソファーに座ると、予め準備していたのか、ノインとライムエルに紅茶を用意してくれた。
ノインはありがたく紅茶を飲みながらブライルの手が空くまで待つ。ライムエルは紅茶には興味がないらしく、カップには手を付けなかった。
ノインがしばしの間紅茶を楽しんでいると一段落着いたのかブライルがノインの向かい側のソファーへと腰かけた。
「さて、君を呼んだのは他でも無い。急なのだが明日王都へと向かうことになったため、ノイン君にもついてきてもらいたい」
「王都にですか」
王都はここアルベールから馬車で一週間ほどかかる。ノインも一度王都へ足を運んだことがあるが、一か月もしないうちに他の街へと移った。というのも、王都で暮らすには当時のノインでは金銭面で難しかったからだ。
当時のノインはまだ冒険者になって一年ほど。ランクもEで割のいい依頼も受ける事が出来ない。更に王都は物価も高く、毎日依頼をこなしてもギリギリ生活していけるくらいであり、食を楽しむことなどできなかった。そのため早々に王都を後にし、色々な村や町を巡ってここアルベールに腰を落ち着ける事にした。
「Sランク冒険者になるのには国王の二親等までの人物……、わかりやすく王族としておこうか。王族からの推薦が必要になると以前ラシュウ殿から教えてもらったね?」
「はい」
「王族の一人と連絡を取ることが出来たのだが、その御方が君に会いたいという事でね」
「それで王都に行かなければいけないということですか」
「そういうことだね。まあ、王族にしては気さくな御方だし、その場には私も一緒にいるから心配する事はないよ。一応自分が推薦するということだから、会っておきたいってだけだからね」
王族の推薦を得るためには王都に赴いて会わなければならない。そういうことならば王都に行くという選択肢しかない。ノインは王都に行く事を承諾する。
「わかりました。よろしくお願いします」
「うん、まかせておきたまえ。まあ君は冒険者ではあるが言葉遣いは丁寧だし大丈夫だろう」
「師匠にその辺りも教えられましたから。とは言え、そこまでしっかりしたものでもないですけど、そうしないと魔法を教えてくれなかったので……」
ノインは魔法を教えてもらうと同時に、言葉遣いもある程度教えてもらっていた。貴族のようにしっかりとしたものではないが、失礼な話し方ではないくらいには話せるようになった。
「ふむ、目上の人には礼を尽くすということかな。ところで君の師匠とはどのような方なのかな?」
「俺と同じ冒険者ですね。俺がまだ子供のころ、依頼で村に来た際に無理やり頼み込んで教えてもらったんです。それ以来会っていないので、今はどこで何をしているかはわかりませんが」
「なるほど。君ほどの魔法の使い手を育てたのだから、その師匠の方も凄い方なのだろうね」
今でこそノインは時空魔法といった遺失魔法を扱えるようになったが、ライムエルに会うまでは料理に使える程度の魔法しか扱えなかった。それでも多属性の魔法を苦も無く使いこなせていたので、魔法の才能はあったのかもしれないが。
今の会話でノインは師匠のことを思い出したが、いったい今は何をやっているのだろうとふと思う。子供のころに魔法を教えてもらった後、ノインは師匠に会う機会はなかった。ただ、ノインと同じ冒険者なので、探せば会えるかもしれない。というより、ノインがSランク冒険者になれば、向こうから会いに来てくれるかもしれない。十年ほど前に魔法を教えた少年のことを覚えていればだが。
「さて、王都までは馬車を使って一週間ほどかかる。道中は街を経由するルートを取るので、野宿することはないと思うよ。ああ、もし何か必要なものがあれば、ゼイルにでも言ってもらえれば用意させよう」
「わかりました」
「それでは急な話になってしまったが、ノイン君も明日の準備をしてくれたまえ」
「はい、それでは俺はこれで失礼します」
ノインはそう言って立ち上がると、ライムエルを伴ってブライルの執務室を後にするのだった。




