第三十二話:王都への旅路と王都屋敷での食事
王都までの道中は順調なものであった。というのも、伯爵家当主の移動という事で護衛の騎士も数多くいたし、何よりライムエルというドラゴンもいる。道中散発的に魔物は現れたが、問題なく討伐されていった。
夜は町の領主の館や宿で休むことが出来たので、快適と言える旅であった。ただ残念なところは道中の料理がそこまで美味しくなかったことだろうか。ただそれは、ここのところ伯爵家で毎食料理を食べていたため、それと比較してしまったからでもあるが。
また、昼食は大体が保存食か滞在した町で用意した軽食であった。そういうこともあり、ノインは昼食だけでも自分で納得のいくものを作る事にした。食材さえあれば、どこでも料理が出来るノインである。その上、その腕前は伯爵家の料理長であるダッツさえ認めている。その姿を目撃したブライルもすぐご相伴に与ることとなった。
「いやいや、旅の道中の昼食で美味しいものを食べられるとは思わなかったね。今後他の街に移動することがあれば、ノイン君に護衛兼料理人を頼みたいものだ」
夜の野営であれば調理時間は十分に確保できる。しかし昼の短い休憩時間の中での調理であったため、ノインは簡単なものしか作る事が出来なかった。ただ旅の屋外での食事と考えると、ブライルが満足するに足るものではあったので十分だろう。
この旅では異時空間収納が非常に役に立った。様々な食材を異時空間収納に保管しておくことが出来たからだ。また、事前にお菓子を作って大量に入れていたので、馬車での移動時に食べることが出来た。
もしもっと時間があったのならば、事前に料理も作り置きしておき、異時空間収納に入れておけば昼食時に調理せずとも良かったかもしれない。今後はそういう使い方もできるように大目に料理しておいたり、屋台などで料理を購入しておくのもいいだろう。
そのような旅を続けて一週間。一行は王都へと辿り着いた。王都は王を始めとして多くの民が住む街である。そのためか街に入るための門も非常に大きく、多くの人たちが王都へ入るために並んでいる。
しかし、ブライルはこの国の伯爵である。貴族が乗る馬車という事で先触れも出したため、一行は貴族専用の門をスムーズに通過することが出来た。もしそうではなく、一般の門から入ろうとするのであったのなら、王都に入ろうとする人たちの後ろに並んで一時間近くは待たないといけなかっただろう。
王都へと足を踏み入れた一行は、貴族街にあるブライルの屋敷へと向かった。基本的にこの国の貴族は、王都にも屋敷を構えている。領地持ちの貴族であっても、年に数回は王都に行く用事がある。年始年末の挨拶や冬のシーズンの交流会など。その際に滞在するところが必要なのだ。
ちなみに貴族になったばかりの騎士爵などは、寄り親の貴族の屋敷に滞在させてもらったり、ちょっと高級な宿屋に泊まることもあるが、それは仕方のないことだろう。すぐに屋敷など用意できるものではないし、管理をする人材もいる。それには多額の金銭も必要なのだから簡単にいく話ではない。
屋敷へと繋がる門を潜り、館の前に差し掛かろうとすると、館の前で使用人と思われる者たちが待ち構えていた。馬車が館の前に着き、その中からブライルが降りてくると使用人たちは一斉にお辞儀をする。その中で一人の女性が浮かべながらブライルを迎え入れた。
「会いたかったよ、ヴィレッタ」
「私もですわ」
ブライルはそう言って人目も憚らずに出迎えた女性を抱きしめる。周りの使用人たちもいつものことだと言わんばかりだ。ノインはこの状況で馬車から降りてもいいものなのかわからず、誰かが行動するのを待っている。ライムエルは周りのことなどどうでもいいと言わんばかりにノインの頭の上で眠っていた。
「皆も出迎えご苦労。此度は客人もいる。粗相の無いように頼むぞ」
しばらくするとブライルが女性の元から離れ、使用人たちにそう言った。ノインはもう馬車から降りても問題なさそうだと思い、馬車から降りる。その姿を見た使用人たちは一瞬ノインの頭に注目するも、すぐさまノインに対してお辞儀した。
「ノイン君、しばらくこの屋敷に滞在してもらうよ。ああ、そうだ。紹介しておかなければな。私の妻でヴィレッタと言う」
「初めまして。お話は伺っております。よろしくお願い致しますね」
先程ブライルと抱き合っていた女性は彼の妻だったようだ。
「初めまして。しばらくお世話になります」
ノインも伯爵夫人であるヴィレッタに挨拶をする。
「後ほど子供たちも紹介しよう。この時間はまだ学園から戻っていないようだからね」
ブライルには三人の子供がいるとのことだ。皆、王都の学園に通っているため、この王都の屋敷で暮らしているらしい。ヴィレッタは基本的にブライルとアルベールの街で暮らしているのだが、社交シーズンだけはこの王都で過ごすらしい。そのためノインとは王都で初対面となったわけだ。
ノインはそのまま執事の一人に客間へと案内された。夕食まで休んではどうかとブライルに言われたためだ。ずっと馬車での移動ではあったが疲れは少なからずあった。そのためノインはその言葉に従って、夕食まで部屋で休ませてもらうことにした。
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夕食はブライルの家族とノイン、ライムエルで食べることになった。ノインがまだ顔を合わせた事の無い少年が二人、少女が一人席についている。
ノインは執事に案内されて席に着くと、ブライルが子供たちのことを紹介し始める。
「ノイン君、この子たちが私の息子と娘たちでね。長男のシュバル、長女のミレン、次男のライネルだ。さあ皆、ノイン君に挨拶を」
ブライルが子供たちを促すと、それぞれがノインに挨拶をしていく。
「ラウルレッド伯爵家長男のシュバルです。王立学園高等部一年です。お会いできて光栄です」
黒髪で爽やかな見た目はブライルに似ている。嫡子としての教育も受けているのだろう。ブライルたちと同じで、貴族に連なる者だが平民であるノインに対しても丁寧に応対している。
ちなみに王都には王立の学び舎があり、それが王立学園である。貴族の子弟であれば十二歳になると初等部に、十五歳になると高等部へ入学することが出来る。同年代の繋がりを作るために一部の例外を除いて貴族の子弟は全員入学する。
「ミレンと申します。王立学園初等部の三年生です。ノイン様は希少な魔法を使われると聞いております。もしよろしければお話を聞かせて頂きたいです」
シュバルに続いてプラチナブロンドのおっとりとした少女が自己紹介をする。ミレンと名乗った彼女はブライルではなく、母親のヴィレッタに似ている。魔法の話は誰から聞いたのかわからないが、彼女も魔法を使えるようであった。
「ライネルです。王立学園初等部に通う一年生です。あの……、ドラゴンに触らせてもらってもいいでしょうか?」
最後に自己紹介をした少年、ライネルは優しげな雰囲気をしている。威厳のあるブライルとは毛色が違う事から、彼も母親似だと思われる。ドラゴンのライムエルに触りたいという事から、彼は好奇心旺盛なのかもしれない。ただ、傍から見ればライムエルは愛嬌のある小さなドラゴンなので、触りたいという気持ちになるのも仕方のないことなのだろう。パッと見では危険そうには見えないのだから。
「ライネル、これから食事なのだ。それは後でお願いしなさい」
「はい……、わかりました」
ライムエルに触りたいというライネルをブライルが嗜める。既に席についており、ライムエルに触るとなると少しばかり時間が取られるだろう。さらにライネルがライムエルを触れば、残りの二人の兄妹も加わって食事が始まらなくなるかもしれない。ノインとしてはブライルが止めてくれてありがたかった。
ブライルがメイドたちに指示をすると、それぞれの目の前にドリンクと料理が並べられる。前菜に出されたのは、ハムで何かを巻いたもののようだ。見ただけでは何が巻かれているかわからない。
「さて、それではいただくとしよう」
ブライルの合図で食事が始まる。ノインはフォークを手に取って料理を口にする。ハムの塩気がまず口の中に広がる。その次にハムに巻かれていたと思われる食材のもったりした食感が続く。その正体はチーズだろうか。乳の風味が感じられる。ハムとチーズのコラボレーションがたまらない。
そしてその口の中に広がった濃厚な味をワインで流す。ボディの強い濃厚なワインがこれにまた合う。
シュバルを始めとした子供たちやライムエルはワインではなく果実を絞ったジュースが出されているようだ。ライムエルはジュースが気に入ったのか、コップを持ってメイドに指示しながらキューキューと鳴いている。それを見たシュバル達は声を上げた。
「あれはジュースのおかわりを求めているのですか?凄いですね……」
「シュバル兄様。それもそうですが、料理を手づかみではなくしっかりとフォークで食べていましたよ。かなりの知能を持っているようですわ」
「確かに食事のマナーがしっかりとできているようです。初めてドラゴンを見ましたが信じられませんね」
その辺りはノインが教育をしているので出来て当然である。ライムエルと意思疎通がしっかりと出来たこともあり、ノインは料理をおいしく食べるためとライムエルにフォークなどの使い方を教えたのだ。加えてテーブルマナーも叩き込んである。
おかわりについては、アルベールの街でブライルの屋敷に滞在していた時に自然と身につけていた。ノインと二人で食事をするときは念話でノインに頼めばいいのだが、給仕をしてくれる人がいる場合はその人にお願いをしなければいけないので、それがわかるようにということでそうしたのだった。
「うむ。私も初めて見た時は驚いたものだよ」
「ふふふ、誰しもそう思いますわ」
ブライルとヴィレッタも笑みを浮かべながらライムエルの食べる様子を見ていた。
全員の目の前の皿が空くと次の料理が運ばれてくる。運ばれてきたのはスープだ。スープの中にグは入っていないようだが、黄金色の澄んだ色が食欲を刺激する。
ノインはスプーンを手に取りスープを口に運んだ。口の中に野菜の甘みが広がる。これは玉ねぎだろうか。そして微かな塩味も感じられる。この塩味が玉ねぎの甘さに深みを与えているようだ。シンプルながらこれだけの味を出しているのは賞賛に値する。それだけ素材の味を引き出しているという事なのだから。
ノインはテーブルの中央に置かれているパンを手に取る。ほんのりと温かいパンはこの屋敷で焼かれたのだろうというのがわかる。ふっくらとした上質なパンはスープにもよく合う。
『うむうむ。ここの食事も美味いではないか』
ライムエルもここの料理にご満悦のようだ。メインの肉料理が来る前にそういう感想が出てくるのだから、ノインの食育もいい方向に向かっていると言えるだろう。それだけ食事を楽しめているという事なのだから。
美味しそうに食べているライムエルをラウルレッド家の面々はほほえましい様子で見ている。美味しい料理は食べている者だけではなく周りをも笑顔にしてくれるのだ。
次に出てきた料理はステーキだ。何の肉かはわからないが、焼きたての香ばしい匂いが漂ってくる。ライムエルも目を輝かせている。
ステーキにナイフを入れて切り分けようとするノイン。すると然程力を入れずともスッとナイフが入った。物凄く柔らかな肉である。口の中に入れると肉が溶けていくようだ。肉というよりは脂身と言った方がいいかもしれない。だが胸焼けといった不快な感じはしない。脂の甘みが身体の中に入り込んでいく。こんな質の良い肉を使ったステーキを食べたのはノインは初めてだった。
『これは……!!』
ライムエルも夢中になって食べている。そしてすぐさま肉を平らげたと思えば、おかわりを要求している。だがそれは仕方ない。ノインもこんな肉があるのかと感動したのだから。しかしノインはおかわりはしない。こういったコースで出てくる料理は、料理全体のバランスを考えて出しているからだ。
(後でこれらの料理を作った人と話をしないとな)
ノインはそう心に決める。アルベールの屋敷の料理長ダッツも素晴らしい料理の腕前だったが、この王都の屋敷の料理人も負けてはいない。素材がいいのは勿論だが、その素材をしっかりと活かしているのがこれまでの料理だけでもわかるからだ。
食事はそこまで大きな会話は無く進んでいく。ノインやライムエルが料理に集中しているというのもあるが、こういった会食ではあまり話をしないのが貴族にとっては普通だからだ。会話は食事後にして、食事中は料理を楽しむ。それが一般的であった。パーティのような食事会は顔繋ぎがメインのため、また話は変わってくるが。
さて、肉料理が一段落すると出てきたのはサラダだ。何やらソースがかかっているがそれもあっさりとしており、先程の脂身たっぷりのステーキを中和してくれるように感じる。子のサラダで一旦リセットというところだろうか。特にコレといったところはないが、コース料理としてはバランスの取れた流れと言えるだろう。
サラダの次はパスタが出てくる。全体的に赤みがかっているのはトマトのパスタだからだろうか。口に運ぶと思った通り、トマトの味がする。だがしばらく味わっていると、少しピリッと辛さが来た。これはトウガラシだろう。既に結構な料理を食べているが、この辛さが食欲を刺激する。癖になる美味さと言えよう。
ライムエルもそこまで辛さが気にならないようだ。美味しそうにパスタをフォークでくるくると巻いて食べている。
パスタの後はデザートであろう、プラムが出される。デザートが出されるという事はこれで終わりという事だ。今回の食事は非常に満足できたと言えよう。料理一つ一つの美味しさもそうだが、コース全体での一体感をノインは凄く感じた。食べる順番によっても料理は変わってくるというのを実感した。
ノインはこういったコース料理を作ったことは無く、いつもまとめて料理を出していた。それはそれでいいのだが、こういったコース料理の奥深さも学び、いつか自分でも一からコース料理を提供してみたいと思うのだった。
食後はノインとラウルレッド家との歓談の時間となった。ノインはお茶を飲みながら聞かれることに答えていく。ノインがライムエルをテイムした時の事やプレデターデーモンプラントとの戦いについてなど。巨大魔石をその場に出した時はブライルを除いた皆が凄く驚いていた。ほとんど皆が巨大魔石に驚いていたが、ミレンだけは何もないところからそんな巨大なものをいきなり出したことに驚いた。それが遺失魔法である時空魔法の一種であるということを知ると、ものすごい勢いでノインに質問を投げかけてきた。
勢いに押されながらもしっかりと学園で勉強をしているミレンとの話はノインにも学ぶところがあった。尤も、その内容は少しおかしく感じるところもあったり、ライムエルから聞いた事と違うこともあった。学園で学ぶ内容が必ずしも正しいとは限らない。魔法とは人にとってまだまだ未知のものであるという事がわかったノインであった。
ノインとミレンが話をしている間、ライムエルはシュバルとライネルの兄弟に可愛がられていた。むやみに触られるのはライムエルも嫌であったが、彼らはライムエルを餌付けしていた。ライムエルを撫でつつも、もう片方の手で果物の蜂蜜漬けを与えていたのだ。二人は先程の夕食時にライムエルが美味しそうに食べる様を見て、食べるのが好きだと思って与えようと思ったのだった。
そうやって美味しいものを貰えるのであれば、ライムエルとしても吝かではなかった。愛嬌を振りまきつつ喜んで食べる様は見ている者の心を温かくしていた。
こうしてノインらの王都到着日は過ぎて行った。




