第三十話:東の国の調味料
ノインとライムエルは食堂にて昼食を食べ終えた。本日の昼食はパンとスープ、そして肉野菜炒め、デザートの果物という簡単なものだった。あまり貴族然とした食事内容ではなかったが、これはノインの要望だった。
食前酒から始まる貴族が良く食べるような食事も先日食べさせてもらった。最初は物珍しさと食事の彩などに満足していたが、毎食アレでは肩がこる。
ノインは自分のペースで自由に食事がしたかった。後ろに執事がついてこちらのペースを測って次々と料理を運んでくれるのはありがたいが、なんだか急かされている気がしてノインは食事に集中できなかった。
そのため、ノインは料理長に頼んで使用人が食べるような食事をまとめて出してもらうようにしてもらっていた。使用人が食べるものといっても伯爵家の料理は十分に美味い。量が足りなければおかわりを頼めば出してもらえるので十分満足できる。
ちなみに基本的に朝と昼は二人だけで食事、夜はそこにブライルも加わっての食事となる。ブライルは日常の政務に加えてノインがしでかしたことの対処もあって忙しくはあるのだが、それでも夕食は客人であるノインたちととるように時間を調整していた。
ノインは食事を食べ終えると、料理長のダッツを呼んでもらった。自分から訪ねてもいいのだが、調理場にいるダッツを訪ねるのは邪魔になってしまう。そのため、メイドに頼んで話がしたいという事で呼んでもらった。
「ノイン君、何やら私に話があるとか」
食堂で待っているとダッツがやってきた。ダッツは最初の頃は客人という事でノインに対して畏まった話し方をしていたが、何度か話をしているうちに意気投合し、お互い話しやすい話し方になっていた。
「実は最近料理が作れていなくて……」
「なるほど、皆まで言わなくてもわかるよ。調理場を使わせてほしいのかな」
「ええ。あと何か使っていい食材があれば融通してほしいです」
ノインの異時空間収納の中には以前ルワズで購入した食材が少しばかり入っていたが、できることならば伯爵家で購入している食材を使って調理したいという気持ちがあった。
ノインはここ数日伯爵家で提供される食事を口にしたが、調理する人の腕はもちろんのこと、素材からして素晴らしいものばかりだと感じた。貴族に供するのだからいい物を使って料理するのは当然のことだろう。ノインもそんな食材を使って料理をしてみたかった。
「それは構わないのだけど、食材は保存の良いもの以外は当日に納品されるようになっているからなあ……。余分なものはあまり仕入れていないから、それはちょっと難しいかな」
「ありゃ、そうなんですか」
「余分に買ってるのも、何か問題があったとき用の予備だから使わせてあげられない。だから今日すぐに、ということだったら保存の良いものだけしか融通は出来ないかな」
急な話だったのでそれは仕方がない。ならば日を変えて食材を手に入れるようお願いしておくか、保存の良いものを使って料理するか。ノインはその二択で悩んでいると、ダッツは違う提案をしてきた。
「そうだ。実はこの後に新しい調味料の味見をしようとしていたんだが、ノイン君も参加するかい?」
「新しい調味料ですか?」
「ああ。遠い東の島国で作られているらしくてね。希少で小さいツボに入ったものしか手に入らなかったんだけど。初めて見るものだから試作も必要だし、食事で提供できるほどの量もないから、この機会でもないと簡単には口にできないと思うよ」
「参加します!」
即答するノインにウンウンと頷くダッツ。料理をする者として新しい食材や調味料があると聞けば試さずにはいられない。その気持ちは自分もわかると感じているようだ。
「わかった。仕込みもあるし少しばかり後になるから、また後で呼びに行くよ。ノイン君も食後すぐは厳しいだろう?」
「まあ、満腹時よりかは空腹に近い時の方が味覚は鋭くなるので、時間が空くのであればそっちの方がいいですね」
「腹ごなしに散歩でもしてくるといい」
「ええ、そうします」
ダッツがそう言って食堂から出て行くと、ノインも腹ごなしに散歩でも行こうかと席を立つ。それを見て取ったライムエルも椅子から飛び立ち、ノインの頭へと着地する。
『この後また何か美味い物を食べるのか?』
『食べるというか味見だな。美味いかどうかはわからないけど、珍しい調味料らしいから、ライムも味見できるようお願いしてみる?』
『そうじゃのう。どんな味がするのか食べてみるのもいいか。お主から頼んでみてくれ』
『わかった。それじゃ時間になるまで腹ごなしの散歩にでも行こうかな』
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一時間ほど庭で散歩をしたりベンチに座って過ごしていると、メイドからダッツが呼んでいるので調理場に来てほしいとの連絡が入った。ノインは急ぎ調理場に行くと、ダッツが待っていた。
「おっと、待ちかねていたようだな。早速始めるとしようか」
ノインとライムエルは、調理場の片隅にある小さなテーブルへと案内された。そこには小さなツボが二つといくつかの小皿が置かれていた。
「この二つのツボに調味料が入っている。それぞれ違う調味料なんだ。まずはそのまま口にしてみよう」
ダッツはそういうとそれぞれの調味料を小皿へと取り分ける。一つは真っ黒な液体、もう一つは茶色で柔らかめの固形物だった。
「黒い方はショーユ、茶色の方はミソっていうらしい。見た目からしてみると食欲がわかないかもしれないが、東の国では毎日使われているって話だ」
「確かに見た目が悪いですね。ショーユの黒は彩が悪くて華やかになりませんから、どう使うか悩みますね。ミソはその……、見た目からしてアレのようですから」
「やっぱりノイン君もそう思うか……。まあ、調味料であるわけだし、そのまま目に入らなければいいんじゃないかな。問題はやはり味だよ。味が良く、料理にどう影響を与えるかがわかれば、使い所もわかってくるはずだ。さ、味見してみよう」
ノインも料理を作る者としてそこまで見た目にはこだわらない。食は文化であり、場所によって口にする物は大きく異なるものだ。肉を食べるのを悪とするところもあるし、虫を食べるところもある。ノインはそれらを悪いこととは思わない。一番大事なのは、食べる物が美味いかどうかだ。
まず黒いショーユの方から口にする事にする。スプーンで軽く舐めるようにして、ショーユを舌で味わう。
「ほう……、これは……」
ノインはショーユを口にして思わず声を上げる。黒いという見た目に騙されてはいけないようだ。まずは塩のようなしょっぱさが口の中に広がる。だが、塩のようにとげとげしていない。しょっぱいのだがその中にまろやかさというか味に深さがある。わずかに甘さや苦味のようなものもあり、それらが複雑に絡み合っている。
ノインはこの調味料は面白いと感じた。塩の代わりに使う事で、今まであった既存の料理が大きく変わる。そんな気がした。
『うーむ、しょっぱいがその中に美味さもあるのう。じゃが、これはそのまま食べる物ではないな』
『まあ、調味料だからな。料理の味付けに使うものだから、それはそうだろうさ』
ライムエルもショーユを味見させてもらっていたようだ。ライムエルの味覚も悪くない。このショーユの可能性をしっかりと感じているのだろう。
ノインは次に茶色の固形物であるミソの味見をする。見た目はアレだが、ミソも調味料の一種だ。今回の味見のようにそのまま口にしないのであれば、一般人には問題は無いだろう。ノインはミソをスプーンで口に運んだ。
「おお、これもまた……」
こちらのミソもショーユと同じように見た目には騙されてはいけないようだ。ミソもまたしょっぱさが最初に口の中に広がる。だがそのしょっぱさはショーユほどではない。ショーユよりも柔らかなしょっぱさと言えばいいか。そしてそのあとには甘さと美味さが続く。
ショーユ単体で舐め続けるのはきついが、こちらは舐め続けようと思えば舐め続けられる。ただ、どちらにせよ味は濃いので、調味料として料理に使うのが正解なのだろうが。
ただ、見た目に拘らないのであれば、そのまま生野菜につけて食べるのもアリだとノインは感じた。
『うむうむ。これは味はちょっと濃いが、そのまま食べれるな。美味いではないか』
ライムエルもこのミソという調味料を気に入ったようだ。
「さて、ノイン君。このショーユとミソ。味見してどう思った?」
ダッツに尋ねられたノインは、ショーユとミソを味見して感じたことをそのまま口にした。ダッツはノインの話を相槌を入れながら真剣に聞いている。
「確かに、どちらも塩と違った深みがあるね。これをどう料理に活かせるか楽しみだよ。さて、今度は簡単な料理で比較してみようじゃないか」
ダッツがそういうと、厨房で作業をしていた他の料理人が料理らしきものを持ってきた。
「事前に塩味系統の調味料と聞いていたからね。塩で味付けしたものとそれぞれを比較してみようという事で部下に用意してもらっていたんだ」
ダッツが部下に命じて用意していたのは、串焼き肉と野菜スープだ。串焼き肉の方は事前に塩かショーユで味付けをして焼いている。野菜スープは野菜くずやキノコの切れ端を使ったものをベースとして、塩かミソで味を調えているとのことだ。
「この香ばしい匂いはショーユで味付けしたものからか。これほどの匂いなら焼いている最中にでも匂ってきそうだけど」
「ああ、匂いも味覚に影響するからね。風魔法で匂いがこちらに来ないようにしてもらっていたんだ」
「なるほど」
「早速食べてみようじゃないか」
ダッツが促して試食が始まる。ノインはまず串焼き肉から試してみることにした。
先に食べるのは塩で味付けされたもの。安い肉とは違うのか、屋台で食べる串焼き肉以上に美味い気がする。口に入れると肉の脂が広がり、するりと喉を通っていく。だが脂っこさは無く、いくらでも食べられるようだ。塩は主役ではなく、肉本来の旨味を引き出すいい役割を演じている。
次にショーユで味付けされたもの。こちらはまずショーユが焦げた香ばしい匂いが鼻に入ってくる。その匂いの先触れを感じたまま串焼き肉を口へ入れる。口中にもその香ばしさが広がっていく。そこに肉の脂の旨味。それに加えてショーユが焦げた苦味が加わる。これは美味い。塩とは違った風味の深さをショーユからは感じた。肉本来の旨味だけでなく、それを更にショーユの深みが加わり美味さに広がる。
塩は肉本来の味を味わえる調味料。ショーユは肉の美味さを更に引き立てる調味料に感じたノイン。どちらが上というわけではなく、好みの問題だろうと思った。
「だがこの香ばしさ、そして焦げが苦いだけでなく美味さになっているのは驚きだな」
『うむうむ。このショーユで焼いたものとやらは今までと違った味わいじゃな。ちょっと苦いがそれもまた悪くない』
ライムエルはショーユの方が気に入ったようだ。というよりも、串焼きは塩とタレの二種類の味しか食べたことがないので、初めて食べたショーユ味の特徴的な味が印象深かっただけかもしれないが。
「さて、次はスープの方を比べてみようかな」
まずはオーソドックスな塩で味付けされた野菜スープ。野菜の優しい甘みがスープに溶け込んでいる。その甘みを塩が引き立てており、非常に飲みやすい。身体の中にスッと入ってくる感じだ。
対してミソで味付けされた野菜スープ。まず気になるのは見た目。色合いが黄土色である。だが嫌な色ではない。野菜の旨味が融けだしているのか、表面が光に当たってキラキラ煌めいているようだ。そして湯気と共に立ち上る香り。これは初めての匂いだが、食欲を引き立てる匂いだ。その香りと共にミソの野菜スープを口に含む。
「ほう……」
思わず息を吐くノイン。まず初めに感じたのは塩味。そして優しい甘みが身体の中に染み渡っていく。この甘みは野菜の甘みだけではない。ミソの甘みだろう。初めて食べた味わいをノインはどう言葉に表していいかわからない。だがそれがいい。初めて食べる食材や料理は、こういった体験ができるからいいとノインは思っている。
「うん、いいな。このミソというものは。新しいスープの一種、選択肢になる」
『塩の方よりも味わい深くてワシは好きじゃな。まあ、毎食コレだと飽きるとは思うが』
『まあ、毎食同じものが続けば飽きるのは当然だろう。一つの選択肢が増えると考えるとコレはいいものだ。それにスープ以外にも使えると思う』
スープでミソ料理を味わったが、他の料理にも使えそうだ。スープに使った際に特に香りが引き立ったので、火を通せばそうなる性質を持っているのかもしれない。試行錯誤が必要だがそれもまた楽しそうだ。
ダッツも串焼き肉と野菜スープを比べ終えたのか、その顔は非常に満足そうである。
「うんうん。このショーユとミソ。希少ゆえに少し値段が張ったが、買ってみて正解だったようだね。これらを使えば、料理に幅が広がりそうだよ。ただ残念なのは、量が少ないから今回は試作だけで終わりそうなところだけど」
「追加で購入するのは難しそうなんですか?」
「これを作っている国では日常的に使うらしいからね。あまり外には出回っていないそうだよ。それにこことは距離がある。ここに辿り着く前に売れてしまう事も多いらしいから、すぐには手に入らないって言ってたね」
「むぅ……。となると、自分でその国に行って買ってくるのがよさそうですね」
「いやあ、そこで自分で買いに行くって言えるのは凄いことだよ。羨ましいね。私はこの館の料理長という立場があるから、その国にまで行って買ってくるって考えは出来ないよ。どうにかして仕入れられないかと考えるのが精いっぱいだね」
そう。こういったことがあるから、ノインは自由を求めるのだ。手に入れるのに立場や権威が必要なこともある。特に高級食材や希少な食材などは立場が上の人物が手に入れやすいだろう。だがそれも確実なことではない。だったら自分の足でそこに赴き、自分の手で手に入れればいい。ノインはそう考えている。
ノインは今はライムエルの件や自身のSランクの件もあり自由に動くことは出来ない。しかしそれが一区切りつけば、このショーユとミソが作られている国に赴きたいと思った。現地に行けば、ノインが考えもつかないような使い方で料理しているかもしれない。そう考えると今から楽しみだった。
「さて、ひとまず味見と試食はこれでおしまいだね。あ、そうだ。明日にでもノイン君が料理できるように食材を手配しておくよ。食材はこちらで適当に見繕って構わないかい?」
「ええ、大丈夫です。よろしくお願いします」
ノインは調理したいという欲求を抑えつつ、今日のところは調理場を後にするのだった。




