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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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新聞記者と鯉

「ヤヒコさん! 見つけましたよー!」

 白猫料理店本店にて食事中だったヤヒコは、忌々しげにその声の主を見る。

 そいつは丁度空いていたヤヒコの隣の席に陣取ると、店員に軽食の注文をし始める。ヤヒコの食事の速度が自然と上がった。

「良かった、しばらく見なかったから、もしかしたらもう別の町に行っちゃったのかと思ってましたよ」

「……何の用だ」

 声の主――ネムを三白眼でじろりと睨みつけるヤヒコ。

「ネム殿、久しぶりでござるな!」

「取材は受付ねーからな」

「まあまあ、そうおっしゃらずに……リューモーンの滝を登った鯛って、ヤヒコさんの鯛ですよね?」

「それは鯛子殿むぐっ!?」

「…………」

 返事をしかけた白銀のバイザーにブロッコリーをぶち込み、ヤヒコは黙秘した。これ以上変なことに巻き込まれては堪らない。

 ネムは運ばれてきたサンドイッチをひとくちかじる。

「滝を登れる鯛をお持ちのヤヒコさんを見込んで頼みがあるんですけど」

「おお、やはり取材でござるか?」

「……知らねー。大体、何で俺なんだ」

「ふふふ、それはこれからの話と関連があるのです」

 妙に自信たっぷりに胸を張るネムを、胡散臭そうに見るヤヒコ。

「どうです、うまくいけば面白いことになると思うんですが、お話だけでも聞いてもらえませんか?」

「殿、話だけなら聞いても……」

「…………話だけなら、まあ」

「ありがとうございます!」

 ネムはとびっきりの笑顔になって、説明を始める。

「このゲームでは本当に色々と細かいところまでギミックや裏設定が用意されていることはご存知ですか? 例えば、あんなにとんでもない強さを誇る吸血鬼がただの炒り豆に弱かったりとか」

「……まあな」

 それを発見したのが自分とも言えず、ヤヒコは無難に相槌を打つ。

「それで考えたのです。あの滝壺の鯉にも何か意味があるんじゃないかと」

 そこでネムは真剣な顔になる。

「『鯉が滝を登る』の鯉が登る滝は龍門りゅうもんと言うのです。わざわざフィールド名を似せてあるのは、あそこで鯉に何かしらのアクションをするべし、ということなのだと、私は推測しました」

「……それで?」

「リューモーンの滝壺の鯉に、滝を登らせてほしいのです」

「…………は?」

「この前のボス戦でも、ヤヒコさんの鯛は鯉から集中的に狙われてたじゃないですか。あれを利用して、鯛を追いかけさせて、鯉が滝を登れるかどうか、試してみたいのです」

「お前……それ、俺がどんだけ危険な目に合うかわかってんの!? この前のボス戦見てただろーが!」

「殿と鯛子殿が鯉に食われてしまったら、どうするつもりでござるか!」

「鯛のほうが素早かったじゃないですか、大丈夫ですよ……多分」

「多分って何だおい」

「お願いします! この試みで何かアイテムなどを得た場合は、全部ヤヒコさんのものにしていいですから!」

「アイテムの前に命が危ないんだけど!?」

 二人が言い合いをしていると、店の扉がばーん、と勢いよく開いて、人型に化けた地竜が入ってくる。

「ヤヒコ、ここにいたのか! 今日は晴れてるから魚を食いに行くぞ、今度はお前も食べるのだ!」

「なんてバッドタイミング……!」

 ヤヒコは撃沈された。






 結局地竜が鯉を釣りに行くのと一緒に、ネム発案の『鯉の滝登り』は実行されることになってしまった。もし鯉のせいでヤヒコがピンチになっても、地竜がいれば問題ないだろうという話の流れになったためである。

 まず一度目に釣った鯉は地竜が美味しくいただいた。端っこの方の身をもらった――本当は半分やると言われたが、そんなに食べきれないと辞退した――ヤヒコは、それを焼いて食べてみる。鯉は泥臭いと聞いていたがそんなことはなく、その代り味はほとんど感じられなかった。再び赤く染まった河は下流にいた釣り人達を大いに慄かせたが、それはまた別の話である。

「ふむ、あの魚が滝を登るかどうかか。面白そうな話ではないか」

 地竜は大鯉をばりばり食いながら言った。ネムが鯉が滝を登るのを見てみたい、などと言う話をしたのである。

「今度は我が鯉を釣り上げたら、ヤヒコが鯉をひきつけ、滝を登ればいいだろう。なに、ヤヒコが食われそうになったら我が食ってやるから安心するのだ」

「えー」

 げんなりした顔のヤヒコは、仕方なく鯛子を壺から河に出す。

「それよりも、ヤヒコが滝を登るなどと言う芸を持っているとはな、驚いたぞ。我も一度見てみたい」

「ですよね! 生で見てみたいですよね!」

「いや、俺が、じゃなくて、鯛子が登れるだけなんですけど……」

 ネムは調子に乗って地竜を焚きつけている。何とも腹立たしい話だが、地竜に悪意はないので何とも断り辛かった。


 ヤヒコが鯛子に乗り、滝壺近くの河で待機すると、地竜が釣竿を振る。彼も慣れたもので、すぐに大鯉が出現した。

「ヤヒコ、魚が出たぞ!」

「わかりました! ……仕方ない、行くぞ!」

 ヤヒコを乗せた鯛子が滝壺に入ると同時に、大鯉は鯛子に目を付け、突進してきた。

「うおっ、危ね!」

 なんとかぎりぎりで突進を躱すと、鯛子はそのまま滝に向かって急加速を始める。ヤヒコは全力でしがみ付いた。

 鯛子が跳ねる。着水してもう一度跳ねる。

 大鯉は逡巡するが、鯛子を追って滝を登り始めた。

「「「おおおおお!」」」

 下から見上げる形の白銀・地竜・ネムは歓声を上げた。

 一方、鯛子とヤヒコは、滝の中ほどを登っていた。ヤヒコは手を離さないように懸命にしがみ付きながらも肩越しに下を覗く。

「げっ」

 大鯉がついて来ているのである。鯛子からはだいぶ遅れているが、それでも滝の激流を遡ってきている。

 鯛子は順調に滝を跳ねあがり、滝の上まで上り詰めた。今度はヤヒコも地面にたたきつけられることもなく、鯛子に乗ったまま到達することができた。

「まさかあいつ、まだ追って来てるのか……?」

 ヤヒコは鯛子から降り、岸に上がる。いざとなったら鯛子を回収して逃げるためだ。断崖から見下ろすと、大鯉はのろのろとではあるが、未だに滝を登り続けていた。

「ど、どうすんだよこれ、まさか、本当に登って来ちまうのか!?」

 そして滝を登りきった鯉がどうなるのかは……考えたくもなかった。

「龍なんかになられたら、絶対に勝てないぞ……」

 真剣な顔で大鯉を見つめるヤヒコ。大鯉はもうすぐ滝を登り切りきってしまいそうだ。泳ぎ疲れているのか速度はどんどん落ちていたが、最後の力を振り絞ってか、大きくジャンプした。

 どすーん、と大きな音と共に、大鯉は滝の上に登りついた。滝の下からは拍手が聞こえて何だか腹立たしい。

 すると、にわかに空が黒い雲に覆われはじめる。ゴロゴロと雷の音まで聞こえ、ぽつりぽつりと大粒の雨が降ってきた。そしてそれは瞬く間に土砂降りとなる。黒雲の合間には稲光の他に、時々色とりどりの龍が潜んでいるのが見える。

「やべえ……やべえぞこれ……」

 ヤヒコは顔を青くするが今更どうすることもできず。

 空を覆った真っ黒な雲から一条の雷が大鯉に落ちると、その姿は一瞬にして黒い鱗の龍となっていた。

 黒龍と化した大鯉はきょろきょろと自分の身をみまわす。彼にとっても予想外の出来事であったようだ。そして、しまいにヤヒコと目があった。

 気まずい沈黙。仕方ないのでヤヒコは口を開いた。

「あー、なんだ、その……」

 滲む冷や汗。しかし、このままでは最悪の事態になりかねない。

『おめでとう、君は龍になりました!』

 ヤヒコは龍語でコミュニケーションを試みた。

『空を見てごらん、君の新しい仲間が待っているよ、会いに行ったらいいと思う』

 内容はものすごく適当である。が、このタイミングで現れた龍達なのだから、単なる見学者と言うわけでもないだろう。

 しかし、龍になりたての鯉に、龍語が通じるだろうか。

 しばらくの見つめ合いの果てに、大鯉改め黒龍はふいと視線を逸らすと、黒雲めがけて飛んで行った。そしてその姿が黒雲の中に完全に消えると、空を覆っていた雲もあっという間に消えてしまった。

 ヤヒコがぼけっと空を見上げていると、上空から何かが降ってきた。

「いてっ」

 スコーンと頭にぶつかった物を拾うと、それは漆黒の鱗だった。

「【昇竜の鱗】か……記念品かな」

 日に透かして見るとキラキラと輝く黒く透き通ったその鱗は、なんだかそれまでの苦労や心配を吹き飛ばして余りある美しさだった。


その頃の滝の下。

「何が……一体何が起きたのだ……!? 我の魚はどうなったのだ!?」

「あーっと……、多分さっきの黒い龍になったんだと思いますよ……」

「なっ、それでは我は!? 一体何を食えばいいのだネムよ! 大体何故、魚が龍になったのだ!」

「摩訶不思議な体験でござるな!」


 恐らくこの『鯉が龍になる』というイベントがカギだったのだろう。

 この滝壺のボスであった大鯉はこれより先、条件を満たそうが何をしようが現れることはなく、地竜はもう二度とあの鯉を食べられないことを嘆き悲しんだという。






「ヤヒコのバーカ! オレ、後で単独撃破狙おうと思ってたんだぞ! バカバカバーカ!」

「な、そんなのあの新聞記者に言えよ! あいつが言い出したんだから!」

「まあまあ、他にもボスいるでしょう団長、そっち行きましょうよ」

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