二泊三日、恐怖の島体験ツアー⑦ 3日目
3日目ともなるとツアー客達も多少は耐性が付いたようで、朝の悲鳴は昨日よりも少なかった。
ヤヒコは部屋の扉の前でヤヒコをどうやって驚かそうかというビリー・ピエール・グラウの三人組が相談している声を聴きながら朝食をとっていた。扉は薄くないはずだが、彼等の声がこっそり相談するには大きすぎてまるっと筒抜けである。
「お客様方は今日帰ってしまわれるんですね、寂しいです」
サリーが溜息をつく。彼女もヤヒコ以外の客をドッキリさせるのに参加していたらしく、廊下で鉢合わせたアルトが顔を青くしていたのをヤヒコは目撃していた。
「これで反応が良ければまた別のお客も来ますよ」
ヤヒコはそう言って彼女を慰める。
黒狼は面白がってまた来たがるだろうし、今回の報告を受けた主要ギルド会議も新たな調査隊を出すはずだ。今回参加できなかった攻略ギルドがこのままこの島を放置するとは考えにくい。
ツアー客達の本日の予定は、午前中は町内自由行動、昼食後再びアーテル号に乗って帰還、である。ヤヒコも一緒に船に乗せてもらって《始まりの町》に帰ろうと思っていた。ツアーの結果を見届けるためである。今プレイヤー達の中でクレイン達とまともに連絡がつくのがヤヒコしかいないため、今後の動き如何ではまたツアー企画の相談をしなければならないだろう。それに、食いしん坊地竜にまたあのまんじゅうを買っていってやらねばなるまい。
「じゃ、俺も買い物行ってきますね」
「いってらっしゃいませー」
ああでもない、こうでもないと頭を突き合わせ、白熱した議論を交わしている3人を放置し、ヤヒコは町に出た。
ヤヒコが町の土産屋でゆうれいまんじゅうを買い込んでいると、エリン達『白猫料理店』のメンバーがやってきた。
「あら、ヤヒコ君もお土産買ってるの?」
「はい、レィエルディスさんがこのまんじゅうを気に入ったらしいので、また買っていかないといけないんです」
「あのひと、じゃない、あの竜も結構町に馴染んだわねえ……最近はうちの店にもご飯食べに来るし」
「食べ物関係は食いつき良いですよね。それはそうと、エリンさんは何を買っていくんですか?」
「私達もこのまんじゅうと、他にも食べ物系を買っていこうかな、と思ってるの。うちは食品系生産ギルドでしょ。食べ物関係はうちも気になるの」
彼女達はゆうれいまんじゅうや、その他の菓子を買っていった。
「他の店もまわってみるわ。あとは会議のほうからゴースト除けをいくつか買って来てくれって言われてるんだけど……」
「あのゴースト除けランプなら3番通りで買いましたよ」
「ありがとうヤヒコ君、ちょっと行ってくるわね」
『白猫料理店』の面々はそのまま他の土産物を探しに行ってしまった。
ヤヒコはそのまままんじゅうを6箱も買い、ついでにジェイレットサブレというこの島のおおまかな形に焼いてあるというサブレまで買い込んだ。余っても海竜の長に押し付ければあっという間にぺろりと平らげるだろう。
あとから和子もやって来たが、マックス君の姿がない。
「あれ? マックス君は?」
「ここですよ」
『やひこさん、こっちですー』
和子のローブのポケットから、小さな蛇が顔を出す。よくみると小型のマックス君だ。
『こわくてかくれたくてがんばっていたら、なんだかちいさくなれました! ぬしさまのぽけっとのなかならあんぜんです!』
「お前、なんだかんだいって色々スキルあるよな……」
自慢げに胸を張るマックス君。だが、その理由は悲しくも情けないものだった。
ヤヒコが次の店を目指して歩いていると、『漁協』の連中が港のほうから来るのが見えた。心なしか落ち込んでいる様子だ。
「あれ、どうしたんだお前ら。船の時間はまだだぞ?」
ヤヒコが声を掛けると、先頭を歩いていたハヤトに黙ったままバケツを見せられた。
覗き込んでみると、普通の魚が数匹と骨だけの魚が沢山入っていた。どの魚も生きが良いらしく、ぴちぴちしている。
「……せめていい釣り場がないかと思って探してみたんだがな、骨ばっかり釣れやがる」
「……生きが良いな、骨なのに」
「ああ……何だか釣りする気分じゃなくなっちまってな。あとは大人しく土産物屋にでも行くさ」
何とも言えない雰囲気の彼等を、ヤヒコは黙って見送った。
ヤヒコの現在装備している杖は低レベル用のエンチャントなし既製品、メイスは鍛冶スキル修行の一環で作った物である。いい加減にもっと良い装備が欲しいヤヒコは3番通りに行き、魔術師用の装備品の店に入った。そこにはまるで悪役のような笑みを浮かべた槐と困り顔のレイスの店員がいた。
「何やってるんですか槐さん……」
「……ヤヒコか。面白いエンチャントをかけた武器を見つけてな」
槐が指し示すその杖についた値札には、『耐霊結界無効化機能付き』という字があった。
「へえ、そんなエンチャントもあるんですね」
「お客様方には無用な機能かと思われますが……」
店員さんがとても困っている。恐らく、槐にこんなアンデッド向けの効果付武器ばかり欲しがられているせいだろう。生者がそんなものを手に入れて何をする気だ、と思っているに違いない。
「こちらのオーソドックスな各属性強化付などいかがでしょう? もしくは状態異常耐性付などは?」
「いや、いい。この杖と、そっちの『テラー効果強化』の腕輪と、『壁抜けスキル強化』の腕輪をよこせ。解析してやる」
「そ、そんな……」
弱り切った店員は結局槐に押し切られ、それらの品を売ってしまった。
「あ、俺はこの属性強化エンチャントの杖ほしいな」
「それくらい俺が作ってやる。行くぞ」
「えっ、どこにですかって、離してください槐さん!」
「あああ、お客様がー!」
ヤヒコは槐に引きずられてその店を出た。自分の店の今のところ唯一の客を手放す気はないらしい。
「お前がこの間土産に買ってきたゴースト除けランプが気になってな、作成方法解析のためにももっと数が欲しい。どこに売っていたか案内しろ」
「いいですけど……それなら普通に口で言ってくださいよ、びっくりしたじゃないですか」
ヤヒコは槐をこの前ランプを買ったランプ屋に連れて行く。と、その店の前には『黒狼旅団』の面々がいた。
「あれ、ヤヒコじゃん、お前もまたランプ買うのか?」
黒狼が目ざとくヤヒコに気づく。
「俺じゃなくて槐さんがな。お前らも買うのか?」
「我々もいざという時のためにできるだけ確保しておこうと考えているんです」
アルトが答える。彼が脇に抱えているのは恐らくレイスが壁抜けできなくなるタペストリーだろう。拠点に飾って防犯対策でもするのに違いない。
「お前がこの前くれた蝋燭も買ったぜ!」
黒狼は余程あれを気に入ったらしく、3箱も買っていた。一体何に使う気だろう。
槐や『黒狼旅団』の面々はそこでランプをいくつも買い、ランプの他にもゴーストに対する結界具があると店主に聞いてそちらを買いに行ってしまった。ヤヒコもついて行って、ついでに3つほど買っておいた。
そんなこんなで午前中は平和に終わり、いよいよ客達が島を去る時間が近づいてきた。彼等は荷物をまとめ――といっても鞄に全部入れてしまうだけだが――再び港に集う。
ヤヒコも一緒に港に行くと、クレインに隅っこのほうに手招きされた。
「ヤヒコ君、これをお願いします。必ず回収してきてください」
手渡されたのは大きな封筒だ。中を見るように言われ、開けてみると、それはアンケート用紙だった。
「今回のツアーのフィードバックを取ることにより、次回のツアーをより良く、より驚きに満ちたものにしたいのです」
ぐぐっと拳を握り力説するクレイン。ヤヒコとしては、これ以上怖くしてどうするのかと問いたかったが、黙って受け取っておいた。
客達が全員船に乗り込むと、船は島の者達の見送りを受けつつ島を離れた。島を少し離れたところで展開された荒海の結界も、2度目であることもあってか、客達はそこまで驚かなかった。単に疲れて騒ぐ気力がなかっただけかもしれないが。
しばらく航行し、再び《始まりの町》近郊の浜辺が見えてくると、客達は皆ほっとした様子であった。
船はまた浜辺から少し離れたところで錨を降ろし、客達は小舟に乗り換えて浜辺に送り届けられる。バシリオが別れの挨拶をし、船が浜辺を去り、霧の中に消えていくと、客たちの多くはぐったりとその場に座り込んだ。
「お、終わった……」
「やっと帰れた……」
そんな呟きが漏れる客達に、ヤヒコは容赦なくアンケート用紙を配った。
「じゃ、これ書いてくださいね。エリンさん、コレの回収頼んでいいですか? 全部集まったら俺に渡してくださいね、クレインさんまで届けないといけないんで」
「……ヤヒコ君、結構きついところあるわよね……」
エリンをはじめ、皆からアレな視線を受けるヤヒコだったが、これも仕事だと割り切り無視した。
ここに『第一回 二泊三日、恐怖の島体験ツアー』は終了したが、ツアーに参加した客達の大半の心には疲労と大きなトラウマが残ったという。第二回以降が開かれるかどうかは謎である。




