大魔術師のセカンドライフ⑥ ゴースト狩り
ヤヒコは、何かを騒ぎ立てる声で目が覚めた。
布団にくるまったまま耳を澄ますと、寝室のドアの向こうで複数人が何かを言い争っているようだ。
「何でピエールの首には驚くのに俺には驚かねえんだよ、おかしいだろ!」
「だってお客さんはあの船に乗って来たんだぜ? 骨が道歩いてるぐらい、もう慣れちまってるんだろ」
「吾輩にも驚かない御仁であることだし、そんなに無理をすることもないと思うが……」
「それは従者がリビングアーマーだから慣れてるせいだって! 俺みたいなスケルトンは人間の町じゃめったに見ないんだぞ?」
「だからってそうムキになるなよ、騒ぐと起きちまうぞ」
「何故吾輩まで来なければならなかったのか……今日はゴースト狩りの日であるのに……」
余程ドアの近くで喋っているのだろう、こちらに筒抜けである。昨日の首はピエールと言うらしい。
ヤヒコは音をたてないようにそっと起き上がり、ドアに近づく。そして、開いた。
「うひゃあ!」
「ひい!」
「ぬお!?」
ドアの外の3人は勢いよく室内に倒れ込んだ。ドアに寄り掛かっていたらしい。
そしてヤヒコと目が合う。
「「「「…………」」」」
気不味い沈黙がその場を包み込んだ。
ヤヒコが朝食をとっている間、意気消沈した3人は廊下に座り込んでいた。皆がっくり肩を落としてしまっている。中でも、スケルトンの落ち込み様と言ったら酷いものであった。
これだけあの手この手を尽くしてプレイヤーを驚かそうとするNPC達。ここがまだ恐らく自分以外のプレイヤーに公開されていないであろうことを鑑みると、運営としては真夏の納涼やハロウィンなどのイベントの一環としてこの島にプレイヤー達を誘導する予定だったのではないだろうか。
あんなに張り切っていた彼等の努力を無下にしてしまったことに、少し罪悪感を覚えるヤヒコであった。
それと同時に、リビングアーマーの気になる発言を思い出す。
「……そういえばサリーさん、ゴースト狩りって何ですか?」
「ああ、そういえば今日はゴースト狩りの日でしたね」
ヤヒコが給仕をしてくれているサリーに問えば、サリーはお茶のお代わりを注いでくれながら説明をする。
「この島の各人里には結界やゴースト除けが置かれているので、ゴースト達はめったに侵入して来れません。しかし、普段ひとの寄りつかない周辺の無人島などに居ついてしまうゴーストがでるんです。なので、定期的に他の害獣と一緒に駆除して島の安全を確保しているんですよ」
「大変ですね……」
「普通のゴーストはそこまで強くありませんから、定期的に排除している分には兵士たちの戦闘訓練くらいににしかなりません。でも、うっかり狩り損ねて放置してしまった個体は時間と共に強くなってしまうので、隅々まで残さず探して回るのが骨なんですって」
「「一緒に行こうぜ!」」
突然の声に首をめぐらせると、廊下で落ち込んでいたはずのスケルトンと笑顔のデュラハンが部屋の入り口から覗いていた。
「えっ、今日は図書館に……」
「お客さんはゴースト見たことないんだろ? そんなに危なくないから一回来てみろよ」
「次はひと月以上先になるからな、丁度良いから見に来いよ」
なんともいきなりな話であるが、多分先程のドッキリが失敗したせいで、かわりの何かをしないといけない気分なのだろう。
「でも俺、皆さんよりだいぶ弱いんで、多分戦闘無理ですよ? てーか、勝手について行っていいんですか?」
「領主様も見学される……一緒にいればいい……」
2人の背後からのっそりとリビングアーマーが顔を出す。
「え、ええと……」
実に断り辛い。弱ったヤヒコは選択を投げた。
「じゃ、じゃあ、クレインさんが良いって言ったら……」
「いやあ、ヤヒコ君はいい時に来たと思いますよ。見るものいっぱいありますし」
「楽しみでござるな、殿!」
「え、あ、はい……」
クレインの「良いですよ」の一声で、ヤヒコ達は再び幽霊船改めアーテル号に乗り込んでいた。
「クレインさんも戦闘するんですか?」
「いや、僕が出るのは余程大きく育ったゴーストが出たときくらいなものです。基本は見学ですよ」
見学をするヤヒコ達には護衛兼案内役として先程の3人組がつけられた。スケルトンのビリー、デュラハンのピエール、そしてリビングアーマーのグラウである。
「よろしくな、お客さん!」
「まあ、危ないことなんてそうないから、安心しろよ」
「後ろで見ていればいい……」
「ヤヒコでいいですよ、よろしくお願いします」
「よろしくでござる!」
現在彼等は数隻の船に分乗し、周辺の島々の探索にあたっている。鯛子は壺から出てしまった。船よりも自分で泳ぐのが好きらしい。福助は周囲を警戒して、ローブのポケットから出てこない。
ジェイレット本島や中規模の島には町があるため常日頃からゴースト除けがされているので、結界やゴースト除けの設置されていない小島を中心に手分けして討伐が進められているようだ。
ヤヒコ達はクレインや護衛の3人組と共に旗艦であるアーテル号でその様子を見学している。船内には水晶盤が設置され、それが索敵レーダーの役割を果たす結界のレーダー画面に使用されている。クレインが生前考案した術式が使われているのだという。
船上から小島に上陸した兵士たちの戦いを眺める。
ゴーストはぶよぶよとした灰白色の煙の塊のような姿で、辛うじて人の形をしているように見えるモンスターだった。顔の部分は適当に落書きしたような、ぼんやりとした目鼻口がついている。そんな形の崩れた口から、おああ、とか、ううう、という呻き声とも叫び声ともつかない声を出し、兵士たちに手当たり次第に襲い掛かっていた。その戦闘の様子からは、ゴーストは相当知能が低いことが窺い知れる。
しかし、こいつらは物理攻撃が効かないという厄介な特性を持っていて、兵士たちは皆、魔術か武器に魔術で属性付与して戦っていた。一番効くのが光属性その次が火属性だというが、こちらの兵士もほとんどがアンデッドであるため、光属性付与はリビングアーマーくらいしかできず、他の者は火属性を付与していた。
兵士達が皆強いこともあったが、ゴースト達のレベルはそこまで高くなく、兵士たちが一撃か二撃入れるとどいつも霧散してしまった。一対一ならヤヒコでも倒せそうだったので、試しに数匹相手をさせてもらう。下級火魔術である《ファイアアロー》なら4発、下級光魔術である《ペネトレイトライト》なら2発で倒せた。白銀も剣に光属性を付与してやると簡単にゴーストを倒していたので、身体強化魔術だけでなく、属性付与系も覚えさせようと考えるヤヒコであった。
その後は皆の邪魔にならないように船上で戦闘の様子を眺めたり、船内でクレインや3人組と世間話をして過ごしているうちに順調に狩りは進んでいく。誰もがこのまま何事もなく終わるだろうと思っていたその時だった。




