閑話 リンデンロウにて
リンデンロウは魔術学院と大図書館を有する学術都市である。
都市の住人の約半分が学生や研究者など魔術学院の関係者で、町には魔術関係の品々を扱う商店や工房が立ち並ぶ。都市の中心に位置する魔術学院の上層部は都市の行政関係をも兼ね、代々の学院長はリンデンロウのトップを務めてきた。
このように少なくとも人間族の魔術関連の多くがこの都市に集まっているため、魔術に携わるプレイヤー達も自ずとこの都市を中心に活動するようになっていた。
この都市には、有名攻略ギルドのひとつである『明けの明星』の本拠地が置かれている。魔術学院や大図書館に程良く近い優良な立地だ。その中の一室にて、白いローブを着た亜麻色の髪に金色の瞳の青年、『明けの明星』のギルドマスターであるカガセは思案顔で窓の外を眺めていた。
突然のノック音。
「開いてるよ」
彼がそう声を掛けると、扉が開く。
「カガセさん、大豆が集まりましたよ。これで栽培が軌道に乗るまでの間の備蓄もバッチリかと思われます」
若草色の髪と瞳の少年が部屋に入って来るなりそう言った。
「エルフィンか、ご苦労様。他の町の様子はどうだった?」
「どの町でも大豆の取り合いになっています。NPC商店でも売り切れが続出で、購入制限が設けられているところも多いです」
「まあ、しばらくはこれが続くんだろうね。吸血鬼との決着がつくまでは仕方ないかな」
カガセは溜息をつく。トッププレイヤーが集団でやっと対応できる強力な吸血鬼に対して即効性の対抗手段が手に入ったのはいいものの、今まで大豆などは食料系を扱うプレイヤーが味噌や醤油を作るのに使っていたぐらいである。どこもそう大量に生産しているわけではないので必要量の確保に一苦労であった。
「買い物の途中で『極星騎士団』や『桜花繚乱』、『月夜の森』、『黒狼旅団』などの団員も見かけました。皆必死みたいですね」
「まあ、そうだろうねえ」
「あと、各拠点の周囲に柊を植えました。鰯の頭はどうします? 飾りますか?」
「どうしようかなあ」
気もそぞろに返事をするカガセ。若草色の少年、エルフィンは首をかしげる。
「本当にどうしたんですか? まさかまだお友達が見つかってないとか、そういう話なんですか?」
「そういう話なんだ。せっかく漁協から例の鯛の召喚士のSSまで譲ってもらって探しているのに……リアルでも避けられるし……」
「魔法職なら一度はここの大図書館に来るに決まってますし、気長に待ってたらどうですか?」
「うーん……どうしても気になるんだよねえ」
困った顔で頭をかくカガセ。
「もしかしたら、この町のこと知らないでソロで行き詰ってるんじゃないか、なんてさ、心配になるんだよね。あいつ結構トラブルに巻き込まれる体質みたいだから」
「でも、ここでしか手に入らない魔術書もいっぱいありますし、そのうち来ますよきっと」
「そうかな……そうだといいんだけど」
カガセはおもむろに仮想ウィンドウを開く。
「そうそう、君がいない間に皆には見せたんだけど、この町では見かけないみたいでね。君にも見せるから、どこかで見つけたら教えて欲しいな」
溜息まじりに開かれた仮想ウィンドウに表示されたSSには、見覚えのある黒髪黒目の青年が鯛に乗っている姿が写っていた。
「あ」




