骨の魔術師
逃げ出したヤヒコ達は一路海底神殿へと向かう。
大事件である。なにしろ、船は丁度神殿の真上に浮かんでいるのだ。相対するにも戦力がいるだろう。とにかく最低でも前衛である白銀を連れて行かないと敵うまい。
ヤヒコが神殿へと駆け込み、まずは槐の部屋へ向かうと、槐と海竜の長と白銀と骸骨は今度はババ抜きをしているようだった。
「帰って来たのか。遅かったな」
「…………」
「お帰りなさいでござる、殿!」
「やあ、お邪魔してますよ」
ヤヒコは返事をしようとして固まった。
一人多い。
しかも増えているのは骸骨だ。
ひとつ深呼吸をして、ヤヒコは尋ねる。
「そちらの骸骨さんは、どちら様ですか……?」
「初めまして。僕はクレインと言います。以前は人間族だったんですが、大分前に死んでしまいまして……。今はリッチをやっています」
黒地に金の刺繍の入ったローブを纏ったその骸骨は、落ち着いた男の声でとても丁寧に挨拶をした。
「俺は召喚士のヤヒコです。よろしくお願いします」
ヤヒコも挨拶を返すしかなかった。考えてみると、こんなに丁寧な自己紹介をされたのはこれが初めてな気がする。
「クレインさんは、どうしてここに?」
「僕は生前から魔術師をやっていて、水属性が得意なのでこの神殿の加護を受けていたんです。死んでからもちょくちょく挨拶に来るんですよ」
「そ、そうなんですか……」
律儀な人である。しかし、今はそれどころではない。
「そうだ、あの、今、神殿の上が大変なことになってて! 嵐が来てて海賊船が……」
「あ、すみません、あの船は僕のです」
「え」
「リッチになってしばらくして、僕はちょっとした島の領主になりまして。いわゆる幽霊船になった海賊さん達をそこの水軍として雇ったんです。こちらに来るときは、彼等に途中まで連れてきてもらうんですよ」
まさかの平和的なオチに、ヤヒコはその場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「生前はリンデンロウの魔術学院で研究生活を送ってたんですが、研究成果を横取りしようという人たちに嵌められましてね……偶々攻めてきた炎竜の前に独りで置き去りにされてしまって、一対一で戦わないといけなくなっちゃったんです。一応仕留めたんですけど、僕も相打ちになってしまって……もう何百年も前の話なんですけどね」
ヤヒコもカードゲームに混ざり、クレインの身の上話に耳を傾けていた。長はすでにあの大量の甘味を消費し尽くしたらしく、悲しそうな顔で自分のアイテムボックスの中を覗き込んでいた。ヤヒコが仕方なく福助用に買っておいたリンゴを1つ分けてやると、無言で頭を下げ、リンゴを切り始めた。うさちゃんカットだ。
「今は領地になった島をリンデンロウに負けないような学術都市にしようと思って頑張ってるんですよ」
「すごいですね、行ってみたいです」
「いいですよ、帰りに一緒に船に乗って行きますか?」
「本当ですか!?」
リンデンロウは海に面していない関係で行きづらいが、彼の領地は島だという。その上、学術都市だというのなら、更なる便利な魔術書が読めるかもしれない。
「……いいのか? 魔族とは今戦争中じゃなかったのか?」
槐が口をはさむ。
「うーん、僕は戦争なんて聞いたことないですね。領地でもそんな話は出てないし。局地的な小競り合いなんじゃないかな?」
「ふむ、魔族全体が賛同しているわけではないのか。しかし、一番最初に揉めたのはリッチ相手だったと聞いたのだが」
「リッチもいっぱいいますから……少なくともうちではそういうことはしてないですよ」
「じゃ、大丈夫そうですね! 俺、クレインさんとこ行ってきます。槐さんは……ああ、仕事ありましたね」
「まあな……。お前、一度連れて行ってもらえばあとは道わかるだろう? 仕事が終わったら連れて行ってくれ。興味がある」
「わかりました」
「じゃ、そろそろお暇しますか」
去り際に、念のため槐に炒り豆を一袋渡すと、彼はとても嫌そうな顔をした。炒り豆に触ると痛いし火傷するらしい。だが、背に腹は代えられないので我慢してもらうことにした。
ヤヒコは鯛子に乗り、クレインは自分の周囲に丸い結界を張り、海の上へと向かう。波の上はやはり大荒れのままで、クレインの配下であるという幽霊船は大波に揺られていた。
クレインが海上に姿を現すと、船から骸骨達が縄梯子をおろし、ヤヒコ達はそれを登って船に乗り込んだ。鯛子はそのまま自分で泳いでついてくるつもりらしい。波は大荒れだが、少し深く潜ればそこまで荒れていないから大丈夫であろう。
船上ではいかにも海賊船の船長、と言った格好の骸骨が手下の骸骨を従えて待っていた。
「戻って来たか、領主さん。……誰だコイツは?」
「ヤヒコ君です。僕らの島に遊びに来てくれるそうですよ」
「なんだ客か。俺は船長のバシリオだ、種族はスケルトンだ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします」
ヤヒコはやたらと渋い声の骸骨と握手を交わす。手袋越しにもわかる骨の感触が何とも言えなかった。
幽霊船であるとは聞いていたが、船内は破損しているところもなく、良く手入れされているようだった。
「あの、すごい嵐ですけど、航海して大丈夫なんですか?」
「ああ、これはわざとだ。この船に他の船が近づいてこないように領主さんが荒海の結界を張ってるのさ。この船が航海するぶんには何も問題ない……そろそろ出航するぞ」
ヤヒコ達が船内に入ると、船員の骸骨達が慌ただしく働き、船が動き出した。
こうして、ヤヒコはリッチの治める島へと旅立つことになった。




