吸血鬼の来訪② 包囲網を突破せよ
良いこと考えた。
そんな発言に嫌な予感がして、槐はヤヒコを見る。いつにないドヤ顔をしていて何だか無性に腹立たしい。
「ここはひとつ、俺の提案に乗ってくれませんか?」
「…………なんだ、言ってみろ」
「槐さん、俺の召喚獣になってください!」
「」
「俺と契約した召喚獣は、女神の加護の力で水中でも平気なんです。つまり、槐さんが俺と契約すれば……」
「プレイヤーがプレイヤーの召喚獣になれるわけないだろ、馬鹿か!」
と叫ぶ槐の前に、『ヤヒコの召喚獣になりますか? Yes No』というウィンドウが出た。
「…………そんな馬鹿な……運営め、何を考えている!?」
「まあ今はそんなこと良いじゃないですか。その加護さえあれば、槐さんの逃亡先の選択肢が大幅に広がります。それより、この建物って台所ありますか?」
「……寝室の隣にあるが……何をする気だ?」
「まあ、それはもしもの時のお楽しみということで」
ヤヒコは一度工房を飛び出して再び戻ってくると、台所に入っていき、火をつけ、フライパンを温める。そして、鞄から一抱えもあるいかにも重そうな袋を3つも取り出し、床にドスンと置いた。
「……何だそれは?」
「しばらく水に漬けておいた大豆です」
「何をする気だ」
「炒ります」
「は?」
「フライパンでこれからちょっと炒っちゃおうかなーと」
「…………何考えてるんだお前は」
「まあまあ。あとで食べても美味しいですし」
そういいながら、ヤヒコは大量の大豆を炒り始めた。呆れた顔の槐は放置することに決めた。今はとりあえず早く逃げ出す用意をしなければならない。
槐が荷物をまとめ終わった頃、ヤヒコは炒り終った大豆を袋に小分けにしていた。
「槐さんもこれ、持っておいてください。すぐ出せるところ、腰にでもつるしておいた方が良いです」
「…………」
しぶしぶヤヒコの言うとおりにする槐。
「あと、今のうちに召喚契約しておいてください。そしたら、万が一攫われても俺が召喚して救出することができるかもしれません」
「……わかった」
仕方なく、本当に致し方なくウィンドウの『Yes』ボタンを押す槐。酷い仕様のゲームだ。
「今、犯行予告時間まであと1時間くらいじゃないですか? そろそろ逃げましょう」
「どこにだ」
「海に。海まで行けばその先は俺がなんとでもできますので」
そういえば、こいつは海に強いんだった、と思い出す槐。
彼らは工房を出て、町の南門へと向かう。そして、南門の前には――
「少し早く着きすぎたかと思ったが、そうでもなかったようだね」
洒落た貴族のような装備の白髪赤眼の青年――件の誘拐予告者、吸血鬼ランドルが手下を従え待っていた。
ここのところ各方面を騒がせている張本人、吸血鬼ランドルは、己の勝利を疑っていないのか余裕の笑みだった。
周囲には今し方抵抗して倒されたのであろう、プレイヤー達が倒れている。相当強いようだ。
「さあ、職人殿。優秀な君のその腕は人族の町で腐らせておくには惜しい。僕の領地に来てもらおう」
「断る! ただでさえ貴様の手下に吸血鬼にされて不便を被ってるというのに、何故この上貴様の言うことなど聞かねばならんのだ!」
「何故だい? 君は僕の下僕を殺し、独立した吸血鬼になったじゃないか。一体何の不便があるというんだい?」
「全部だ! 昼間眠いわ弱体化するわで大迷惑だ。店もろくに開けられん、いい加減にしろ!」
「夜間営業すればいいじゃないか」
「そもそもそういう問題じゃないし、人間は皆夜は寝てるに決まっているだろう!」
「なら、ますます僕ら吸血鬼の町に店を開くのが一番じゃないかな」
「はいはいストーップ!」
ランドルと槐の間にヤヒコが割って入る。
「……君か、最近職人殿にまとわりついているというのは」
ランドルはヤヒコをひと睨みするが、不可解そうな顔になる。邪眼が効かないからだろう。
「槐さんは俺の鞄の修理係なんです。だからあなたのところへは行けません」
「修理係って何だ」
「そんなみすぼらしい恰好で、彼のような腕のいい職人を養い得るとは思えないんだけどね」
「そんなことないですよ。これまでも彼には、あなたには手に入らないような良い素材の提供を何度もしてますし」
「……聞き捨てならないね。僕が君に劣るというのかい?」
「はい、その通りです。そんなわけで、彼には俺の家に来てもらいます。なので、あなたは全然お呼びじゃないですね!」
ランドルの笑みが完全に消える。
「……仕方ないね。なるべく平和について来てもらおうと思ったんだけど……力ずくでも来てもらおうかな」
彼の背後に控えていた手下達が各々の得物を手にする。
「くっ……」
構える槐、そして睨みあう両者――
一方ヤヒコは豆を撒いた。
「鬼はーー外ッ!!」
「「「「「ぎゃああああああ!!」」」」」
「は? え?」
槐は事態が飲み込めなかった。
「もう一回……鬼はーー外!」
「おい、おいちょっと待て、なんだこれは」
「だって、レベル29の俺がレベル100越えの攻略組が苦戦する相手に真正面から勝てるわけないじゃないですか。何か抜け道とかないかなーと思って。相手が鬼だったので試しに用意してみたんですけど、本当に効きましたね!」
「吸血鬼って鬼なのか……?」
悲鳴を上げてのたうちまわる吸血鬼達。
「白銀、槐さん抱っこして! 鬼はーー外!」
「了解でござる!」
あれよという間に槐は白銀に横抱き、通称お姫様抱っこにされた。
「や、やめろ、恥ずかしい!」
「ちょっとは我慢してください! 鬼はーー外!」
炒り豆が吸血鬼達に雨のように降り注ぐ。
「うぐっ……何だこれは……」
何とか立ち上がるランドル。だが、もうフラフラである。
「何って、見ての通りの豆だけど」
「君は一体何なんだ! 投げた豆がすごく痛いし、近隣のコウモリ達に君を捕らえさせようとしたら拒否されるし……」
「……果物効果かな……」
「しかも邪眼も全く効かないなんて、何者なんだ君は! 君さえいなければ――」
「鬼はーー外!」
「ぐあああ!」
ポケットの中の福助が豆をかじり、きー、と悲しそうな顔をする。彼にとっては美味しくなかったようだ。
「ほれ、お前はこっちな」
イチゴを1粒やると、喜んでかぶりつく。ヤヒコとランドルの顔が和んだ。
「何故貴様まで和んでるんだ!」
槐がツッコむ。
「何故って、コウモリは可愛いじゃないか!」
「よし、白銀、このまま海まで走るぞ!」
「行くでござるよ!」
吸血鬼達が倒れている隙に逃げ出すヤヒコ達。後ろから、待て、とか聞こえるが、豆を撒いたら静かになった。そもそも、言われて待つくらいなら最初から逃げたりしない。
「お、降ろせ、自分で走れる!」
「駄目ですよ、槐さんだって豆踏んだらダメージ喰らいますよきっと」
「え、それ、俺様もう炒り豆食えないんじゃ……」
《始まりの町》近くの海岸。
南門前で痛みに転げていたランドル達はそれでも立ち上がり、丁度海を前にしたヤヒコ達に追いついた。
「そこまでだ! 職人殿も吸血鬼なんだから海には……あれ?」
件の職人殿は海に足を浸していた。
「な、どうやって!? 僕ら吸血鬼は、流れる水には入れないはずだよ!?」
「あー、それなんだけど」
鯛子に乗り、後ろに槐をタンデムさせ、2人の体をロープで結び合わせながらヤヒコが言う。
「槐さんは俺と召喚契約をしたんだ。そして、俺と契約した召喚獣は水中でも活動できるようになる。つまり……」
「つ、つまり……?」
「槐さんは今、海に潜っても平気なんだよ!!」
「「「「「な、なんだってー!!」」」」」
「ふはははは! てめーらが槐さんをストーキングし続けるっていうんなら、何年だって島でも海の底でも引きこもってやる! あばよ!」
ヤヒコがそんな捨て台詞を残すと、一行は鯛子に連れられ海に潜って行ってしまった。
※ヤヒコが撒いた炒り豆は、この後、鳥達が美味しくいただきました。




