吸血鬼の来訪③ おいでよ海底神殿
水龍のおじいさんはその日、海底にある海の女神イリーン様の神殿のそばでお昼寝をしていました。
先日、やっと海竜による船の襲撃事件に片が付き、犯人達の処分も正式に決定し、今日は久しぶりのお休みだったのです。この日ばかりはゆっくりのんびりしたいものだ、とおじいさんはうとうとしながら考えていました。
そうしてのんびり景色を眺めていると、何か見慣れたものが神殿のほうに向ってくるのが見えました。
目を凝らすと、例の侍女と召喚士ではありませんか。
おお、元気そうじゃわい、良かった良かった、と彼らが会釈して目の前を通り過ぎるのを見ていたおじいさんでしたが、次の瞬間二度見しました。
彼等が、吸血鬼の男を連れていたのです。
おじいさんは大層びっくりしました。一体何が起こったのでしょうか。吸血鬼は流れる水を渡れない体質なので、川も渡れなければ、海にも入れません。精々溜池だのお風呂だのに入るくらいです。
そんな吸血鬼が、侍女の背に召喚士と一緒に乗っています。水の中だというのに平気な顔です。
何がどうしたんじゃ、と、おじいさんは急いで彼らの後を追って神殿へと泳いで行きました。
「…………まさか吸血鬼になってから海の底まで来ることになるとはな」
周囲を物珍しげに見回しながら槐が言う。彼はこの海の恐怖が凝縮された海底神殿までの道も平気らしい。興味深げに周囲を泳ぎ回る海産物たちを眺めていた。
「よ、よく平気ですね……怖くないですか?」
「いや……すごいところだとは思うが……」
海底神殿が近づき、沢山のサンゴが輝く様が見えてくると、槐は感嘆の声を上げた。
「すごいな……綺麗だ」
神殿前で鯛子から降り、神殿内に入るヤヒコ達。入口の警備の人魚に何故か二度見された。
「? 何だ?」
「槐さん初めて来たからじゃないですか?」
そのまま与えられている自室に向かうと、途中でアリーシャとすれ違った。
「あ、こんにちはアリーシャ様」
「あら、こんにちは。この前の件はご苦労……」
労いの言葉を言いかけて、動きが止まるアリーシャ。
「……どうしました?」
「…………私、寝てませんよね? こんな、海の底に吸血鬼がいるなんて、目がおかしくなったのかしら……?」
「いや、俺様は確かに吸血鬼だが」
「え え? な、何故吸血鬼が!?」
背後からバタバタと走ってくる音。水龍の長老が人間形態になって走ってきたのだ。
「ヤヒコよ、その吸血鬼はどうしたんじゃ!?」
「あー……それがですね……」
「地上ではそんなことが……」
「それは災難だったのう……それにしても槐よ、相手の吸血鬼が弱くて良かったのう。そうでなかったら、とっくのとうに攫われておったろう」
ヤヒコの部屋にて、ヤヒコと槐は長老とアリーシャに事情説明をすることになった。
とにかく、ほとぼりが冷めるまで槐をここに匿ってもらおうというのがヤヒコの考えである。
「吸血鬼は、自分達の種族至上主義みたいなところがあっての、他の種族からすると付き合いづらいんじゃ」
長老が言う。
「そんな態度ばかりを取るものじゃから、他種族との摩擦も起きやすく、さらに種族内に籠るのじゃ。一族内で全てを完結させようとするのじゃが、全体的に吸血鬼同士でできる子供の数が少なくての、吸血して同族を増やそうとする傾向が大きいのじゃよ」
「面倒くさい一族ですねー……」
「……お主、本当にはっきり言うやつじゃのう」
「今、槐さんと俺は召喚契約を交わしてます。それで海でも平気なんですけど。とりあえず、しばらく槐さんを俺の部屋にいさせて欲しいんですが……」
「……まあ、いいでしょう」
アリーシャが許可を出した。
「この部屋の隣にあなたの部屋を用意させましょう。そのかわり、槐、貴方に条件があります」
「……何だ?」
「ヤヒコのこの鞄を作ったのは貴方だと聞きました」
「そうだ」
「丁度今、この本殿とイリーンベルグの分殿の間で荷物を往復させるための耐水耐圧の輸送箱を3つほど新調する予定なのです。その製作を貴方にお願いしたいと思います。材料はこちらで用意しますし、材料の加護はすでにかけてあります」
「大きさはどれくらいだ?」
「海竜や水龍の背に結び付けるものですから、結構な大きさになります。今あるものを見てもらえば大体わかると思います」
「……わかった。やろう」
「よろしくお願いします。そのかわり、出来上がり次第にはなりますが、良いものを作ってくれれば女神イリーン様の加護を掛けてあげましょう。そうすればヤヒコと召喚契約を結ばずとも水中でも活動できるようになるはずです。もちろん悪事を働けば即取り上げになりますが」
「十分だ」
これで話はまとまった。
槐は工房の道具や資材なども全部持ってきているので、一応ここでも仕事ができる。しばらく彼の工房はここになるだろう。
「いやー良かった。これで一安心ですね!」
「……まあな。…………今回は助かった」
「いやまあ、いつもお世話になってますし。それに、魔族領域になんか行っちゃったら、会えなくなっちゃうでしょ?」
「うむ、槐殿がいなくなっては寂しくなりますからなあ!」
「…………」
槐が顔をそむける。赤い。照れているようだ。
「槐さんが照れてる! 珍しい……SS撮っとくか……」
「……ば、馬鹿! やめろ、今すぐに消せ!」
「冗談ですってばー!」
とにもかくにも、こうして槐の危機はひとまず去ったのであった。




