第112話 ヴァージン・ロード 名無しの権兵衛の視点
応接室の柱時計が
コツコツコツと時を刻んでいた。
視界が歪んで呼吸が乱れた。
平衡感覚が失われて、
僕はソファから崩れ落ちた。
テーブルの下から
白い足が覗いていた。
「私の支給品は・・車椅子です」
女の声が聞こえた。
僕は歯を食いしばって、
上体を起こした。
混濁する意識の中に、
1つの疑問が浮かんだ。
「あ、あの避妊具は・・?」
「今時の女子高生は、
避妊具の1つや2つは
持ち歩いていますよ。
自分の身は
自分で守らなくちゃ。
男は身勝手な生き物ですから」
「だ、騙したのか・・」
僕は女の方を睨み付けた。
女の顔が幾重にも重なって見えた。
「それは。
何のことを仰っているのですか?
私が歩けないフリを
していたことですか?
それとも・・」
女はそこで一度言葉を止めた。
応接室の柱時計が
コツコツコツと時を刻んでいた。
「・・私はヴァージンだなんて、
一言も口にしていませんよ」
女が
「ふふっ」
と笑った。
その時。
胃の奥から
抑えきれない不快感が
込み上げてきて、
僕は堪らず嘔吐した。
視界に映る景色が真っ赤に染まった。
「・・それに。
嘘を吐いていたのは
貴方も同じですよね」
女の声が木霊した。
僕は助けを請おうとしたが、
喉に焼けつくような痛みを感じて、
声を出すことができなかった。
僕はふたたび嘔吐した。
そして。
そのまま
血の海と化した吐しゃ物の中に
頭から倒れ込んだ。
手足の感覚がなかった。
何とかしなければ・・。
しかし。
声は出ない。
僕は必死で体を動かした。
腕が何かにぶつかった。
ガシャン。
ティーカップが割れる音がした。
その瞬間。
僕は死を意識した。
「さようなら。
名無しの権兵衛さん」
頭上から女の声が聞こえた。
僕は声にならない叫び声を上げた。
コツコツコツと時を刻む
柱時計の音に重なって、
コツコツコツという足音が
遠ざかっていった。
薄れる意識の中。
それは心地良い子守唄となって
僕の耳に届いた。




