56.鬼達
管理棟に繋がる扉に時雨が手をかざし、『・・・・・』呪文を唱えると扉が静かに開いた。
和気あいあいとレイコと雑談をしながら凛生彩が管理棟のスタッフルームに足を踏み入れると、そこには鬼樹と五人の男性が整列していた。
『えっ、何?……この長身の男性たちは?』
凛生彩は驚きと男性たちの威圧感に、先程までの和やかな雰囲気が一変した。
「姫様に配下の鬼たちを紹介します。ここでは変化できるものだけをスッタフとして働かせています。今は五人です」
「みっ、みなさんはじめまして。姓は捨てたので私のことは凛生彩と呼んでください」
「「「「「はい!!!!!」」」」」
『きっと鬼樹の厳しい鍛錬を耐え抜いた精鋭なのだろう……けど、圧がものすごい』
凛生彩は彼らの元気な返事に「……ははっ」と苦笑しながらも、頼もしく感じていた。
「皆さんの名前を教えてもらっても良いですか?」
「特に彼らに名前はなく、鬼の姿の時の色で呼んでいます」
「色ですか?」
「はい。赤、青、黃、緑、茶です。私は黒鬼ですが、昔に姫様から名前をいただきましたので《鬼樹》と名乗っています。今までヒト族の前では念話で話すことがほとんどでしたので、名を呼ぶ必要もなく不便を感じたことがありませんでした」
「私が人前で皆さんを色で呼ぶと悪目立ちする気がするので、出来れば呼び名があると助かるのですが……」
「それでしたら、是非姫様に名付けをしていただけたら、末代までの誉れとなることでしょう」
「それは幾らなんでも大袈裟ですよ……」
凛生彩が困惑していると鬼樹が配下たちの前に立ち、
「皆んな、姫様に名をいただいたら嬉しいよなあぁぁぁ!!!」
「「「「「オーーーーー!!!!!」」」」」
鬼樹に続き配下たちは拳を高く上げ威勢よく雄叫びをあげた。
鬼樹をはじめ、彼らが瞳をキラキラさせて期待している姿に凛生彩は名付けを受け入れようとしたが、その前にどうしても気になることを条件として提示した。
「鬼樹さんも皆さんも、私のことを『姫様』と呼ぶのをやめるなら名前を考えます」
鬼樹は配下の一人一人と目を合わせ、頷きあって何かを確認しているようだった。鬼樹は最後の一人と目を合わせ頷くと、凛生彩の前に一歩足を踏み出した。
「承知しました。これからは《凛生彩さん》とお呼びします。皆んなも良いなぁぁぁ!!!」
「「「「「オーーーーー!!!!!」」」」」
凛生彩は「では……」と言いながら左端にいた男性の前に立った。
男性を見上げるような姿勢になった凛生彩だったが、彼の眼を見つめながら……。
「赤は《東雲 しののめ》……あなたの瞳は夜明けの東の空の色ね」
東雲と名付けられた赤鬼は赤い光に包まれた。
「青は《空 そら》……あなたの表情は変化する空のようだわ」
空と名付けられた青鬼は青い光に包まれた。
「黃は《山吹 やまぶき》……あなたの魂は生命力に満ち溢れている」
山吹と名付けられた黄鬼は黄色い光に包まれた。
「緑は《常磐 ときわ》」……あなたはもっともっと成長するわ」
常磐と名付けられた緑鬼は緑色の光に包まれた。
「茶は《鳶 とび》……あなたはトビのように警戒心が強いのね」
鳶と名付けられた茶鬼は茶色い光に包まれた。
五鬼の名付けが終わり光が収束すると鬼樹は男泣きしながら「良かったなぁ」と一人一人を抱きしめていた。
「凛生彩、お疲れ様。椅子に座りなさい」
名付けの様子を見ていたレイコは凛生彩を椅子に座らせた。
福が凛生彩にコップを差し出して、
「お水をどうぞ……凛生彩さん、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとう……」
コップを受け取った凛生彩は一気に水を飲み干して喉の渇きを潤した。正直、最後の鳶に名を与えた頃合いから立っているのがやっとだった。
「普通、一度に五人の名付けをするなんてしないし、本来できないわよ。凛生彩はやっぱり規格外なのね・・・でも、主様に知られたら絶対に怒られるわね」
「ええ〜、そうなんですか?……レイコさん知ってたなら教えてくださいよ」
「面白そうだったからついね。駄目そうなら流石に止めたわよ。でも凛生彩はやり遂げてしまったわ」
「まぁ、皆んなが嬉しそうだったから、つい……でも、頑張った甲斐はありました!」
今だ長身の男達が泣き笑いしながら、お互いの名を呼び合い身体を叩きあったり抱きしめあったりしているのを暑苦しくも微笑ましく思った。
「そうだ! 時雨、仕事部屋に行きたいから扉を開けて……」
凛生彩は仕事部屋に戻り、デスクの横に置いてあった箱を開けて中から小箱を取り出した。デスクにペンケースを置き小箱に並べらてている名刺サイズの白紙に鬼たちの名前を書き始めた。
「凛生彩は何を始めたのだ?」
レイコは凛生彩の横に立ち手元を覗き込んだ。
「皆んなに名前を付けたので、折角ならキャンプ場に来るお客さんにも分かったほうが良いかなと……以前仕事で使ったのが残っていたので名札を作ろうと思って……」
凛生彩はレイコに説明をしながらも手を止めずに、【東雲】【空】【山吹】【常磐】【鳶】と白紙に名前を書き進めた。
「できた!」
「鬼樹の分の名札も作らないとあ奴は拗ねるぞ・・・」
「……そうですね。【管理責任者 鬼樹】……これでどうでしょうか」
「良い出来だ、鬼樹も喜ぶだろうよ ・・・『凛生彩の異能のおまけ付きだからな』」
「喜んでくれたら嬉しいなぁ……」
凛生彩は名前を書いた紙をクリップが付いたケースに入れて名札を完成させた。
管理棟のスタッフルームに戻り、凛生彩が名札を一人一人に手渡すと、鬼達は窓ガラスがガタガタと震えるくらいの雄叫びをあげて喜び続けた―― 鬼樹が一番はしゃいでいた。
叫び続ける鬼達に、『これからお客様が来るのに……』と耳を塞ぎながら、「仕事に戻らないなら名札を返して!」と鬼達を一喝して静めた凛生彩を『やっぱり阿修羅様だ』と時雨と福に思われていたことを凛生彩は知らない。




