53.役目
「凛生彩を怖がらせてどうするの・・・困った主様ね」
レイコは隣りに座る凛生彩に手を伸ばし、身体を強張らせている凛生彩の拳を優しく包み込んだ。
「怖がらなくても大丈夫よ。主様は凛生彩に対しては過保護過ぎるから、少しだけ力のコントロールを間違えたみたいね」
「……えっ、あっ、はい。先生に恐怖したわけではなくて……はっきり自分でも掴みきれていないのですが、潜在的に警告を発するような、自分の中で戸惑う感覚がこの地域に来てからずっとあるのです」
「あら、そうなのね。私や皆んなが付いてるから大丈夫よ。何があっても守るから安心してね」
「レイコさん、ありがとうございます。先生にも『ゆっくり思い出せばいい』と言われましたので……」
「あら、そうなのね。私もその辺りの事情は知っておいた方がよさそう・・・ね。灯魄様」
レイコは悪戯顔で灯魄を見た。
灯魄はレイコに目線を向けずに凛生彩を見たまま、『あとで執務室で説明します』とレイコに念話を送った。
レイコはただならぬ雰囲気を感じ取ったが灯魄の意図を汲み取り、
「主様、そろそろ部屋にいきません? ちょっと休みたいわ〜」
「そうですね。では二階に行きましょう」
灯魄は立ち上がり、凛生彩に手を差し出した。
全身に力を入れ過ぎて身体が固まってしまい上手く足に力が入らなかった凛生彩は「すいません、足に力が入らなくて……」と言いながら、素直に灯魄の手を取っり立ち上がった。
「二階に上がる階段は台所の横にあります」
凛生彩は灯魄について行き廊下の先にある台所に入った。
台所では鬼樹と小鬼の姿に戻っていた時雨と福豆が日用品や食材の整理をしていた。
「主様、荷物の整理が終わりましたので私はこれで失礼します」
「お疲れ様でした。明日の午後にまた来てください」
「承知しました」
鬼樹は灯魄に丁寧な礼を取り、灯魄の後ろにいる凛生彩に眼を向けると目を細めながら目礼をして、台所の勝手口から帰っていった。
「時雨と福豆も一度蔵に戻って変化の鍛錬をするように。明日の朝に来てください」
「はい!」
「あい!!」
時雨と福豆は灯魄に返事をして、勝手口から出る時に凛生彩に手を振り扉を閉めた。
時雨と福豆と入れ替わりに琴と桜が二階から下りてきた。
「レイコ様と凛生彩さんの部屋が整いました」
「凛生彩さんの荷物の運び入れも終わっています」
「二人ともここまでお疲れ様でした。引き続き《縁紡ぎ》の管理を任せました」
「承知いたしました。桜と共に《縁紡ぎ》を守ります」
琴が深々と礼を執った。
「凛生彩さん、ビルの部屋はそのままにしてありますので、いつでも《縁紡ぎ》にお立ち寄りください。待っていますね」
桜は瞳を潤ませている凛生彩に微笑みかけた。
「琴さん、桜さん……ぐすっ」
凛生彩は涙を手で拭いながら、
「必ず《縁紡ぎ》に行きます……ぐすっぐすっ」
「ええ、待っていますよ」
「・・・ふふふっ。今生の別れではないのです。泣きすぎですよ」と言いながら桜が凛生彩の涙をハンカチで優しく拭った。
「では主様・・・「これにて失礼いたします」」
琴と桜は勝手口の扉をくぐり、《縁紡ぎ》へ戻っていった。
目を赤く腫らした凛生彩とレイコを伴い二階に上がった灯魄は、
「階段を上がった突き当たりの部屋をレイコさんが使ってください。窓から祠が直ぐ近くにありますので、そこから行き来してもらっても結構です」
「相分かった・・・感謝する」
レイコは突き当たりの部屋の扉を開けて、
「凛生彩、あとでね・・・」と言いながら部屋の中へと入っていった。
「凛生彩の部屋はレイコさんの隣になります」
灯魄は「どうぞ」と扉を指し示した。
「ありがとうございます……失礼します……」
凛生彩が部屋に入ると寝具や机など必要なものは全て整えられていた。
「この部屋は好きなように使ってください。廊下の先に凛生彩専用の風呂や洗面所、トイレなどがあります。サンルームもありますので、そちらに行きましょう」
「はい!」
廊下の先のサンルームには大きな窓がはめられていた。
凛生彩は窓を全開にした。
開け放たれた窓から凛生彩の頬を撫でるようにそよ風が吹き込んできた。
草木の香りが凛生彩を包み込み、凛生彩は大きく手を広げ深呼吸を繰り返して森林浴を堪能した。
「気持ちいい……」
「二階に上がれるのは女人のみとなりますので、凛生彩の洗濯物はここに干すと良いでしょう。椅子とテーブルもありますので自由に使ってください。少し座って話をしましょう」
籐の椅子に腰を掛けた灯魄の向いに凛生彩も腰を下ろした。
先に話し始めたのは凛生彩だった。
「……ここまでして頂いて、先生に恩返しができないのが心苦しいです」
「私に恩返しは必要ありません。私は貴女の魂をこの地に連れて戻ってくるのがお役目でした・・・役目を果たした今は正直安堵しています」
「私を連れてくるのがお役目……ですか?」
「はい。凛生彩を連れてきた理由はその時期が来たら必ず説明します。それまではここの暮らしに慣れてください」
「わかりました。先ずは生活に慣れる……ですね!」
凛生彩は『理由はその時期が来たら教える』と言う灯魄の言葉を疑う理由がなかった。
「先生と出会ってからそうだったように、これからも先生の言葉を信じて自分に出来ることを精一杯頑張ります!」
笑顔で気合を入れている凛生彩を視ていた灯魄が心の中に秘めていた思いを、この時の凛生彩は微塵も感じ取っていなかった。
『・・・貴女は変わらない・・・今はそれが少しだけ不安です』




