52.屋敷
「時雨と福豆の変化のサプライズが終わりましたので、これから屋敷に向かいましょう。凛生彩が使うコテージやキャンプ場は落ち着いてからゆっくり探検すると良いですよ」
灯魄の言葉を合図に、コテージから出た琴と桜とレイコはキャンピングカーに乗り込んだ。
鬼樹が黒のワンボックスカーの運転席に乗り込み、時雨が助手席に福が後部座席に乗り込んだ。
凛生彩がキャンピングカーに向かうと灯魄に呼び止められた。
「凛生彩にこれを渡しておきます」
灯魄が差し出したのは鍵だった。
鍵には朱色の組紐に金と銀の二つの鈴が結びつけられたストラップが付いていた。
——りりぃんシャラーン りりぃんシャラーン
凛生彩は鍵を受け取ると耳元で鈴を鳴らした。
——りりぃんシャラーン りりぃんシャラーン
「心が清められるような音色ですね……この鍵はどこの鍵でしょうか?」
「その鍵は凛生彩専用のコテージの鍵です。その鈴は【魔除けの術】を施してありますので、【悪意】を感じたら鈴を振り音を響かせてください。たいていのものはその音色だけで祓うことができます」
「……ありがとうございます。とても心強いです。先生、コテージもありがとうございます。私専用の仕事場があるとは思わなかったので……居場所があるって気持ちに余裕ができるのですね。嬉しいです。ありがとうございました」
凛生彩は灯魄から受け取った鍵と鈴を胸に抱きしめて深々と頭を下げた。
灯魄は優しい眼で凛生彩を見つめながら、
「さあ、みんなが待っています。キャンピングカーに乗りましょう」
「はい!」
凛生彩の弾む気持ちを表すように足取りも軽くキャンピングカーに乗り込んだ。
凛生彩は屋敷に向かう道すがら、灯魄からこれから向かう屋敷の説明を受けていた。
「屋敷はキャンプ場から15分ほどで到着します。市道から私道に入る所に看板が立てられていますので、それを目印にするといいでしょう・・・あの看板です」
凛生彩が灯魄の指し示す方に視線を向けると、【ここから私有地・立ち入り禁止】の看板が目に入った。
市道から左折して私道にキャンピングが入った刹那 、凛生彩は“ぽわん”とした、目では見えない透明な膜に触れたような不思議な感じを受けた。
「先生、今のは……」
「今のは【結界】です。私有地の入り口には【幻影の術】を施してありますので、ヒト属には看板が立っているだけの雑木林にしか見えず、私道は見えないようになっています」
「なるほど……『先生は凄いなぁ』」
凛生彩が感心しながら車窓から外を眺めている間、キャンピングカーは私道を進み続けた。
私道は市道とは違い綺麗な曲線を繰り返し描き、道の両側には大きな樹木が規則正しく立っていた。
客を出迎えるように整然と立ち並んでいる樹木を眺めながら、凛生彩はここの空気を懐かしく感じ、ここの土地に迎え入れられているような不思議な感覚を覚えた。
私有地に入ってしばらくすると、車道を守るように立ち並んでいた樹木がなくなり、青い空が前面に大きく広がった。
凛生彩の視界の先に日本家屋が姿を現した。
『初めて来たはずなのに、この建物やこの光景を知っている……』
不思議な既視感に戸惑う凛生彩は灯魄を見た。
灯魄は微笑みながら一つ頷くだけで言を発しなかった。
キャンピングカーは屋敷と蔵の間のスペースに静かに停車した。
「お疲れさまでした。屋敷に到着です」
桜が声を掛けながらキャンピングカーの後ろのドアを開けた。
凛生彩はキャンピングカーを降りて鼻腔に届く懐かしい空気の香りに、
「ただいま」
言葉が自然と口をついて出たことに我が事ながら驚いた。
「大丈夫です。ゆっくり思い出せばいいのですよ」
灯魄は凛生彩の肩にそっと手を置き優しくポンポンと叩いた。
凛生彩は『何を?』と言いかけたが言葉を止めた。
『先生がゆっくり思い出せばいいと言うのだからそれでいい』と自分に言い聞かせて気持ちを切り替えた。
ワンボックスカーをキャンピングカーの隣に駐車させた鬼樹は、ハッチバックドアを開け中から荷物を取り出した。時雨と福も鬼樹を手伝い荷物は次々と屋敷へ運び込まれていった。
「私も手伝いましょうか……」
凛生彩は鬼樹に尋ねたが、鬼樹に「姫様に運ばせるなんてとんでもない。姫様は先に屋敷で休んでください」と断られてしまい肩を落とした。
レイコはキャンピングカーから降りてきて凛生彩の手を取り、
「一緒に屋敷に入りましょ!」
凛生彩の手を引いて屋敷へ向かった。
屋敷の向こう側にある朱色の鳥居が凛生彩の視界に入った。
「レイコさん、あの鳥居は?」
「・・・鳥居を見てみる?」
凛生彩は頷いてレイコと手を繋いだまま屋敷の玄関前を通り過ぎて鳥居の前まで歩いて行った。
朱色の鳥居の前に立つと、奥に祠が祀られていた。
「あの祠がレイコさんの住まいになるのですか?」
「住まいと言うか祀られる場であるからそうとも言えるけど、私は凛生彩と一緒に母屋で暮らすわ。その方がにぎやかで楽しいと思うから・・・ふふっ」
「そうですね。皆んなで暮らせたら絶対に楽しいです!」
凛生彩とレイコが屋敷の玄関に入ると正面には板敷の部屋があり中央には囲炉裏が設えられていた。
すでに屋敷に上がっていた灯魄に手招きされて凛生彩はいそいそと靴を脱ぎ、囲炉裏端の座椅子に腰を下ろした。
「皆んなが片付け終わるまでもう少し時間がかかるでしょうから、この屋敷と敷地の説明をしましょう。先ずはキャンピングカーを停めた駐車場ですが、屋敷と蔵の間に3台分のスペースがあります。駐車場の隣にある蔵を【一ノ蔵】、その隣の蔵が【ニノ蔵】になります。【一ノ蔵】は時雨と福豆の住まいとして使用します。【ニノ蔵】ですが現在は物置として使用しています。屋敷の左手に祠がありますが、先ほどレイコさんから説明があったかと思います」
凛生彩は隣りに座るレイコにちらりと視線を向けて、
「はい、レイコさんと祠は見てきました。【一ノ蔵】に時雨と福豆が住むのなら、母屋には先生とレイコさんと私が住むのですか?」
「ええ、そうなります。一階はこの部屋の他に、私が主に居る執務室と談話室と和室。二階にレイコさんと凛生彩の部屋を用意しました。あとで部屋を案内します」
灯魄の纏う空気が一変し、声に熱がなくなったのを凛生彩は瞬時に察知した。
凛生彩は言い知れぬ恐怖でぞわりと身の毛がよだつのを拳を握り全身に力を入れるようにして耐えた。
「屋敷の左手奥、【一ノ蔵】の裏山に洞穴がありますが封印が施してあります。その時期が来たら凛生彩を連れて行きますので、それまでは絶対に近づかないように・・・」




