51.変化
建物に入った灯魄は、入り口とは対角にある【スタッフルーム】のプレートが貼られた奥の扉を開けて中へ入っていった。
凛生彩は整然と積み上げられている薪やキャンプ道具などが並べられている店内を見渡し、【受付カウンター】を横目で見ながらレイコに続いて奥の部屋へと入っていった。
部屋の中央に設置された切り株のような大きな円テーブルに灯魄から順に席につくと、桜がコーヒーを各々の前に置いていき、琴がレイコと凛生彩の前に一口サイズに切り揃えられたサンドイッチを置いて壁際に立ち灯魄に目礼をした。
「凛生彩は食べながら聞いてください。一人だと食べづらいと思いましたのでレイコさんにも用意しましたので・・・どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます……」
凛生彩はコーヒーに口をつけた。コーヒーはブラックでもスーッと飲める柔らかな苦さで頭がすっきりする感じがした。
「では、このキャンプ場について説明しますので、パンフレットを見てください」
凛生彩の隣に座る鬼樹は凛生彩が見やすいようにパンフレットを広げた。
「ありがとうございます」凛生彩が鬼樹に視線を向けて笑顔でお礼を言うと、鬼樹は「・・・お礼など勿体ない」と耳まで真っ赤にして俯いてしまった。その様子を見ていたレイコは『面白いモノを見つけたぞ』と顔を綻ばせていた。
灯魄は呆れながらも構わずにパンフレットに記載してある主な内容を読み始めた。
―― キャンプ場は完全予約制(予約者以外は敷地内に入場不可)
―― 管理棟に売店あり、管理者は常駐
―― コテージ5棟、オートサイト6エリア (各エリア4名まで)
―― 各エリアに電源、トイレ、シャワー、炊事場 あり
真剣にパンフレットを見ている凛生彩に、
「凛生彩の仕事場も管理棟の横に用意しました。いま琴と桜が立っている横の扉から行き来も出来ますし、来客があった場合は外から出入り出来るようにしてあります」
凛生彩が琴と桜の方に目線をやり、
「……あそこですか?」
一枚板が壁に貼り付けてあるような、引き戸のように指をひっかけるところもなくドアノブも見当たらなかった。
「はい。あの扉は白いビルの裏口と同じ原理になっていますので、呪文を唱えないと開きません・・・あぁ、丁度着いたようです」
灯魄が店につながる扉の方を見た。
ノックの音がして静かに扉が開くと、そこには見目が20代前半の黒髪の青年が二人立っていた。
青年たちを視た凛生彩は瞳を大きく見開き、
「……時雨?、と……福豆?」と呟いた。
部屋に入ってきた青年たちは驚いている凛生彩の傍に近づいて、
「凛生彩様、お久しぶりでございます。時雨です」
「はい。僕が福豆です!」
時雨と福豆は恥ずかしそうに笑みを浮かべて凛生彩に挨拶をした。
凛生彩は時雨と福豆の手を取りペタペタと何かを確信するように何度も触り、
「幻影ではなくぬくもりを感じる……いったいこれはどういうことでしょうか?」
すぐにでも状況を把握したい凛生彩は、灯魄に視線を向け答えを待った。
「時雨と福豆には、これから人の姿で凛生彩の傍に仕えてもらいます。見た目の年齢はおおよそ22~25歳くらいにしていますので、仕事の見習いアシスタントとして凛生彩に同行することも可能でしょう。今まで外で活動するときは幻影の術で鬼の姿を消していましたが、この人の姿の方が何かと役に立つと思います」
「……でも、いつの間に?」
「それは卯花の魂を中間の世に送り出した後のことです・・・時雨と福豆にこれからも凛生彩の傍に仕えるか否か、もし傍に居たいのなら変化を覚えるように伝えたところ、『傍に居るために変化を覚える』と本人たちが自ら選びましたので、しばらく修行のために鬼樹に預けていました。今日に間に合うかどうかという報告でしたが、時雨と福豆は鬼樹の厳しい修行にも耐えて、凛生彩の傍にいるために相当頑張ったのでしょう」
「……私の、傍に…………本当?」
凛生彩は瞬きひとつで零れ落ちそうな涙を瞳に浮かべながら、時雨と福豆の手をぎゅっと握り二人に目線を合わせた。
「はい。これからもお傍でお仕えします!」
「はい!頑張ります!」
時雨と福豆の言葉を聞いた凛生彩は、くしゃりと破顔したまま大粒の涙が頬を伝った。
「うれしい……ありがとう時雨!……ありがとう福豆!」
時雨と福豆が人の姿に変化した状況も把握して気持ちに少し余裕が出てきた凛生彩は、
『人の姿で《しぐれ》は良いとしても、《ふくまめ》はどうなんだろう?』
人の姿と福豆の名に少しだけ違和感を持った凛生彩は灯魄に視線を向けながら、
「……先生、福豆に愛称呼びをつけても良いでしょうか? その方が人の姿の時に違和感がないと思うので……」
「それでしたら福豆に聞いてみてください」
灯魄の微笑む姿にお許しが出たと判断した凛生彩は立ち上がった。
凛生彩の目の前に立つ福豆は人の姿だと見上げるようになる。心の中で『私の身長が160㎝だから福豆は175㎝くらいかな……』となんとなく思いながら、福豆の眼にしっかりと視線を合わせた。
福豆はゆっくりと凛生彩の前に跪き、口元をキュッとしめ眼を合わせたまま力強く頷いた。
「貴方の呼び名は《福》」
凛生彩に愛称を呼ばれた《福》の身体がぽわっと銀色の光に包まれた。柔らかな銀色の光に包まれた《福》の黒髪が光を吸収するように神々しい白銀髪に色を変え、瞳は消炭色に変化した。
福の変化にうっとりと見とれていた凛生彩は、はっ、と正気を取り戻して光が静まり容姿が変化した福豆に恐る恐る声を掛けた。
「…………福?……大丈夫?」
「はい。《福》の呼び名をありがとうございます」
「……良かったぁ。でも、福豆の可愛らしい『あい!』も好きだったのになぁ……」
ぼやくように凛生彩が言うと福豆はくすっと笑いながら、
「それでは、凛生彩様のご要望にお応えして・・・」と悪戯気味にあえて丁寧な物言いをしながら、一瞬で白銀髪の青年から愛らしい小鬼の姿に変化した。
「あい!・・・どうですか?」
絶句して微動だにしない凛生彩の様子をみて、福豆はわざと可愛らしく小首をかしげながら誇らしげに胸を張った。




