50.鬼樹
「レイコさん……光りに包まれていましたが大丈夫ですか?」
凛生彩は白狐が名を受け入れたことでご縁が繋がったのを感じ取っていたが、眩い光に包まれた原因の一端が自分であることが気になった。
「凛生彩よ。素敵な名をありがとう・・・これから末永くよろしく頼む・・・」
レイコと名を与えられた白狐は笑顔で凛生彩の手を握った。レイコの笑顔を確認して凛生彩はホッと胸をなでおろした。
そんな一人と一神の微笑ましい光景を見守っていた灯魄は、
「《レイコ》の由来を教えてください。名前の意味を知っているとより繋がりが深くなるので知っておいたほうが良いでしょう」
「我もぜひ聞きたい!」
凛生彩は灯魄と白狐に名の由来を聞かれ、落ち着かない気持ちと恥ずかしさを隠すように、こほんとひとつ咳払いをして呼吸を整えた。
「……一つ目の理由ですが、これから人の姿で一緒に行動することもあると思ったので、他の人に聞かれても違和感のない響きで《レイコ》。サインをするときはカタカナで《レイコ》。意味は、工場で初めて神白狐様のお姿を視た時に、佇まいが気高く美しいと感じました。そのお姿にちなんで《麗狐》。最近力を取り戻しつつある神白狐様の霊力がとても高いと感じましたので《霊狐》。神白狐様のお声がとても澄んでいて聴いているだけで心が浄化されるようなので《鈴狐》。いつも笑顔のようで実は瞳の奥からは他者を寄せ付けない冷静な視線を感じるので《冷狐》……説明するとこんな感じです」
「凛生彩は我のことをよく視ている・・・感心感心。お主も納得だろう」
レイコは満足げに何度も頷いて、灯魄を見た。
「ええ、とても貴女にお似合いの名を付けて貰いましたね。少し羨ましいです」
「そうだろう、そうだろう・・・《レイコ》は我だけの特別な名だからこれから大切にするよ」
灯魄とレイコの話を聞いていた凛生彩は灯魄の言葉に驚いた。
「……えっ、先生が……羨ましい?」
「ええ、レイコさんだけ凛生彩の想いを与えてもらったようで羨ましいですね。私は《先生》呼びですし・・・これが嫉妬と言う感情なのでしょう」
「……でも、先生は先生であって、居場所がなかった私を受け入れてくれた感謝の気持ちと、心からの尊敬の意を表した呼称が先生なので……先生以外の呼び方はないと言いますか……灯魄様は真名ですし、一佐先生はカウンセリングの時の名で少し距離を感じると言うか……」
「おや、困らせてしまいましたね。では、今後《先生》呼びは私だけと言うことでここは引きましょう・・・ね」
灯魄は凛生彩に笑顔を向けパチリとウインクをした。灯魄にからかわれたことに気付いた凛生彩は、灯魄から目線を外し車窓風景を眺めながら、内心ホッとするのと同時に灯魄とレイコとこれから過ごす山間の里の未来に思いをはせた。
サービスエリアで休憩をはさみながらキャンピングカーは一般道を通り街道を抜け、山間の道をしばらく走り続けていた。
「あと20分程で屋敷からの最寄り駅に到着します。駅の側にキャンプ場がありますのでそこで昼食をとりましょう」
「キャンプ場ですか?」
「はい。そのキャンプ場が里の入り口の目印と思ってください。管理と運営は私の知己のモノが行っていますので、管理棟に着いたら紹介します」
キャンピングカーが静かに停車し桜が助手席から降りた。
凛生彩が車窓から外を確認すると、キャンピングカーの行く手に【ウシトラキャンプ場】の看板を掲げた木製の門扉が立っていた。桜が門扉を手早く開き助手席に戻ってくると、キャンピングカーはゆっくりと動き出し門をくぐった。
門をくぐり程なくしてキャンピングカーは停車しエンジンが止まった。
「到着しました。お気をつけてお降りください」
運転席の琴が目的地到着を告げた。
凜生彩が降り立ったのは10台ほどの駐車スペースがある駐車場だった。
「……んーっ、すぅ~、はあ~……気持ちいい~!」
両腕を上に高くつきあげてグーっと背伸びした凜生彩は新鮮な空気を大きく吸い込み深く息を吐いた。体のこわばりがほぐれた凜生彩の眼に入ってきたのは【ウシトラキャンプ場 管理棟】の看板が掛かったログハウスだった。
ログハウスに向かって歩いていた灯魄とレイコを追いかけるように歩き出した凜生彩は、ログハウスのドアが開き中から出てきた長身の男性を視て思わず歩みを止めた。
ドアから出てきた男性は灯魄とレイコに挨拶をしているようだった。男性の視線が凜生彩を射止めた―刹那、瞳を大きく見開き勢いつけて凜生彩に突進してきた。凜生彩は男性の素早い動きに上手く反応できずに、これから何が起きるのか、わが身に何が起きたのか、思考が追い付くまえにあっという間に男性に捕縛されてしまった。
長身の男性の胸に顔が埋まり圧迫するような熱い抱擁の歓迎を受けた凜生彩は、灯魄の助けがあるまでそのまま動けずにいた。
「嬉しいのは分かりますが、そのままだと凜生彩が窒息しますよ。放しなさい・・・鬼樹」
鬼樹と呼ばれた男性は、己の腕の中で押しつぶされている凜生彩をみて「はっ・・・あわわ・・・」と慌てて凜生彩を腕から解放した。
「……ごほっ、ごほっ……すぅ…………はぁ……」
剛腕の拘束から解放された凜生彩は、空気を全身に行き渡るように思いっきり吸いこみ、呼吸を整えて気持ちを落ち着かせた。
「・・・すっっ、すいませんでした。姫様に逢えた嬉しさでつい・・・」
「ん?……姫様?」
凜生彩が小首をかしげた。
「あれほど注意したにもかかわらず、姫様と言ってしまうとは・・・鬼樹には困ったものです」
「先生、姫様とは何のことでしょうか?」
「凜生彩なら自分で答えにたどり着くでしょうから、この地でゆっくり過ごしながらその問いを解いてみてください。少々顔合わせに彼の先走りがありましたが仕切り直して紹介します。こちらがキャンプ場の管理者兼屋敷の御用聞きの《鬼樹》です。凛生彩は既に気付いていると思いますが、彼は【鬼族】です」
背筋を伸ばし佇まいを正して、
「鬼樹です。何でも言いつけてください。全力でお応えします!」
白い歯を見せながらニカッと笑う鬼樹に、
「初めまして?……凜生彩です。姓は捨てたので凛生彩とお呼びください。これからよろしくお願いします」
凛生彩は鬼樹が鬼族であることはログハウスから彼が出てきた時に視て気付いていたし、彼に悪意がないことも分かったので恐れる必要がなかった。鬼樹の勢いに押され気味の凛生彩だったが、初めて会ったはずの鬼樹に言い得ぬ既視感を覚え、この地に降り立ってからずっと感じている妙な胸のざわつきに凛生彩は戸惑っていた。
「やはり凛生彩は怖がりませんね。面白い・・・顔合わせはこれで終了です。琴と桜が飲み物を用意してくれていますので、休憩がてらキャンプ場について説明をします。さぁ、中に入りましょう」
灯魄に続いて笑みを浮かべ腕組みをしながら凛生彩と鬼樹のやり取りを興味深げに眺めていたレイコと、ソワソワして落ち着きのない凛生彩と、ニカッと破顔したままの鬼樹は凛生彩の後ろについて管理棟の中に入っていった。
【山間の里】
週に一回のペースで話を進めていく予定です。




