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本日は解呪日和  作者: 朱潮 一初


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5/12

5.真名

「店長、予約票の整理が終わりましたので、今日はこれで失礼します。お疲れさまでした」

 つむぎは帰り支度を終えて店を出る。



 チリン~チリン~チリン~……ドアベルの音がつむぎの背後で響いている。




 店を出たつむぎは、夕日に向かって歩いて行く。


 慣れた足取りで新古書店街の外れ、路地裏の奥の奥へと歩を進め、たどり着いたのは一階に【喫茶室《縁紡ぎ(えんつむぎ)》】の看板を掲げた、とある白いビル。


 ビルの裏口に回り込み、ドアのノブに手をかけた。

「*****」

 呪文を唱えればドアはひとりでに開いてくれる。ドアノブを回す必要はないが、外界での習慣でなんとなく手をかけてしまう。


「おかえりなさいませ」

「お疲れ様でした」

 恭しく出迎えをする彼女たちと共に、このビルで暮らしている。

(こと)(さくら)、ただいま帰りました」


 返事をしながら、カバンや上着を彼女たちに預けて執務室に向かう。


 しばらくして、

 コン コン コン コン・・・桜はドアをノックして、室内にいる主に声をかけた。

灯魄(とうはく)様、お食事のご用意が整いました」

「わかった。ありがとう」



杜江つむぎ(もりえつむぎ)】は《MAKAFUSHIGIまかふしぎ》での仮名。



 和名【万家(よろずや) 一佐(いっさ)】――真名は【灯魄(とうはく)



 灯魄がダイニングに着くと、琴と桜が笑顔で迎えてくれた。

「さぁ、一緒にいただきましょう」

 灯魄が二人に声をかけると、琴と桜は円テーブルのいつもの席に座り三人で向かい合い、

「「「いただきます」」」


 灯魄は、唯一心を許している二人の笑顔と温かい食事に感謝しながら合掌し、食事を始めた。


 温かいものを身体に取り込むと、心身の緊張が解けていくのがわかる。息抜きを兼ねてアルバイトをしているが、やはり外界に出てヒト属に会うのは神経を使う。嫌な疲れではないが、やはりここが一番落ち着く。


「今日のお二人は、なにやら私に話があるようですね」


 食事を済ませた灯魄は、ソファーに移動して琴が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、二人の様子を観察していた。

 僅かに感じた違和感を見逃してもよかったのだが、

 『おや?二人にしては珍しいな……』と感じたので、あえて言葉にしてみた。


 琴が灯魄と向き合いのソファーに着座し、静かに語りだした。

「最近《縁紡ぎ》とご縁を繋いだ方がいらっしゃいます。もしよろしければ、その方を気にかけていただくことは可能でしょうか?」


 琴の話は、お願いやお伺いではないことを灯魄は知っていた。 

「わかった。【ご縁】があれば」


 琴は目を細めて、

「ありがとうございます。ご縁があれば・・・ですね。・・・ふふふっ」

 桜も琴の隣に座り「・・・ふふふっ」と笑みをこぼした。


「お二人は、その方をとても気にかけているのですね。訳を聞いてもいいでしょうか?」

「灯魄様なら、語らずともお解りでしょうけれど、宵の刻のよもや話に少々お付き合いください」


 琴の視線が虚ろに空を視る。

「この度《縁紡ぎ》とご縁を繋いだ方の名は❲石口(いしぐち) 依那(えな)❳。前世の記憶持ちです—」


 琴の話を続けるように、桜が語りだした。

「—石口依那。御年二十歳。依那の父親は八歩美人で思慮が浅く、友人と称する者に唆されて、保証人の欄に判を押し、あげく借金のかたに持ち家と娘を売れと迫られ・・・。依那の母親は虚栄心が強く、エゴイスト。見栄の象徴である持ち家に執着し、また世間体が悪いと足掻いた結果、夫と娘に睡眠薬を飲ませ、家に火を放ち心中を図りました。父母は絶命し奈落へ。娘の依那は途中で目が覚め、怪我を負いましたが命をこの世に繋ぎ留めました次第です」


「なるほど」

 抑揚のない声で灯魄は相槌を打ち、次を促した。


 桜が物語を続ける。

「依那の記憶、前世は廃国の姫君。隣国に城を落とされ、自室で焼死。姫君の心残りは、幼馴染の近衛騎士のこと。騎士には無事に戦火を逃げ切り【幸せ】になって欲しいと願いながら絶命。姫君は騎士に対して、淡い恋心を抱いていました。そしてこのたび、今世でその騎士と巡り逢うことができ、今はその方のお屋敷で家政婦としてお世話になっています」


「今世、依那の望みはかつての近衛騎士、現世での名は❲千壽(せんじゅ) 一礼(かずよし)❳、彼と共に歳を重ねてゆき、彼の【幸せ】の一助に成れればと願っています」

 琴が話を締めくくった。


「そうですか」

 灯魄は一言を発したまま琴を一瞥し、さらに話を促した。


「依那の想い人、千壽一礼と灯魄様はご面識があるかと・・・其方の方とも【ご縁】がありますように・・・ふふふっ」

 琴の雰囲気が元に戻り部屋の空気が一変した。


「琴と桜には適わないな。わかった。二人との【ご縁】を気にかけておこう」

 灯魄の返答に、琴と桜は満足げに礼を執った。



 執務室に戻った灯魄は、デスクチェアーの背に体をあずけ、先ほどの二人の顔を思い浮かべながら、

「琴と桜には何が映って視えているのだろう。千壽と依那かぁ……」


 灯魄は珍しく、二人に少しだけ関心を持った。






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