6.不安
チリン~チリン~チリン~……ドアベルが鳴る。
ベル音を合図に、本日出勤している杜江つむぎが明るいトーンで声をかける。
「いらっしゃいませ。《MAKAFUSHIGI》へようこそ!」
すぐさま、つむぎは半眼で千壽の様子を観察する。
いつもならドアベルが鳴り終わるころには憑きモノが落ちているのに、今日の千壽が纏うモノは、いつもとは様子が違う気がした。
更に千壽に集中する。
つむぎは半眼で対象者に集中することで、対象者が抱えている問題や憑きモノを視ることができる。
『悪しきモノではないからお祓いは必要なし』
さらに確認する。
『これは内面の【不安】が原因だなぁ。普段、強靭な精神力で心が揺れない人が、ここまで不安定だと【負】の発生源になって、悪しきモノの恰好の餌食になりそう』
つむぎは半眼を解き、店長に声をかけた。
「千壽さんの具合が悪そうなので、私の休憩室で休んでもらってもいいですか?」
「そうだね。いつもより顔色が悪いようだ。少し休んでもらったほうがよさそうだね。ただし、杜江さんは嫁入り前の大事なお嬢さんだから、男性と密室で二人きりにならないように、ドアは開けておいてね・・・うんうん」
笑顔で良いことを言い切った感を出す店長に、少しだけ肌が泡立つ・・・勘弁。
『まぁ。ある意味、店長も自分の呪術が影響して、善人になったから結果よし』
つむぎは顔が引きつらないように気を付けながら、
「店長ありがとうございます。では休憩室にいってきます」
「いってらっしゃい・・・うんうん」
店長は私たちに背を向けて商品の整理を始めた。
「千壽さん、少しお話しませんか」
つむぎは顔色が優れない千壽に声をかけて、休憩室に案内した。
「そちらのソファにどうぞ。飲み物を用意しますので、掛けてお待ちください」
千壽は言われるがまま、ソファに腰を下ろした。
「はぁ~」
千壽が深いため息を吐くと、次に鼻腔を刺激したのは少し酸味がかったコーヒーの香りだった。
ことりと目の前に置かれたコーヒーの湯気を目で追いながら、
「ありがとうございます―『いい大人が何をしてるんだ…女の子の前でみっともない…』」
膝の上で固く握られた指をほぐしながら千壽は顔を上げた。
「申し訳ない。みっともないざまで……」
正面に座る杜江つむぎはコーヒーカップを片手に持ち、
「問題ないですよ。ちょうど休憩時間なので、お茶にお付き合いください」
そう言って微笑み、カップに口を付けた。
「ありがとう。では遠慮なくいただきます」
鼻腔で感じた酸味は舌の上で苦みが強くなった。しかし飲み込むと柔らかくのどを通り、胸からみぞおちあたりが温かくなり、次第に心身がほぐれてくるのがわかった。
「気持ちは落ち着きましたか?」
「はい。少しずつですが、頭がすっきりしてきました」
「それは何よりです」
杜江つむぎの声は、頭の中の靄を優しく吹き払う風のようだと千壽は思った。軽いやり取りとコーヒーを飲んだだけなのに、ここ数日の重たく圧し掛かった思考が嘘のようになくなっていった。
「千壽さん。心に溜め込んだモノをすべて吐き出して、すっきりしちゃいましょう!」
コーヒーカップをテーブルに置いたつむぎは唐突に話を始めた。
「えっ?」
「そんなに【不安】な心を持っていると変なモノを引き寄せますよ。さぁ、話してください。悪いようにはしませんので……ね」
微笑みながらこてんと小首をかしげる可愛らしい仕草・・・のはず・・・
杜江つむぎの目の奥底に、凡人が決して近づいてはいけないモノを感じて、千壽は彼女に畏怖の念を抱いた。
『なんだ、この感覚は…仕草はかわいい少女のはずなのに……まるで・・・魔女?・・魔王?』
今までにいくつもの修羅場を潜り抜けてきた千壽も、目の前にいる杜江つむぎに対しては、初めて【魔のモノ】と対峙する新人騎士のような感覚だった。
『ん?……新人騎士?……』
千壽は最近、依那にすすめられて読んだ、魔女と魔王が出てくる異世界の小説に相当感化されていることが堪らなく可笑しくて思わず吹き出した。
「……ぷっ」
口に手を当て、顔を真っ赤にして笑いをこらえる。
「あっ、千壽さん。今、失礼なこと思ったでしょ。魔女とか魔何とか・・・」
「ごめん、ごめん……うん。今、杜江さんが魔女に視えた。そして、自分のことを新人騎士のようだって思ったら、なんだか可笑しくて。悩みが何だったのか、もうどうでもよくなったよ」
「元気になったならよかったです。でも、今日は話をしないと返しませんよ。【不安】の種を持ったままだと、今度こそ禍々しいモノを引き寄せてしまうのでね」
「なんだか今日の杜江さんはカウンセラーみたいだなぁ。わかりました。では、杜江先生、カウンセリングをよろしくお願いします」
「はい。喜んで!」
「実は・・・」
千壽は石口依那と出会った時のストーリーを話し始めた。




