4.縁合
コロ~ン コロ~ン コロ~ン・・・ドアベルが鳴る。
「喫茶室《縁紡ぎ》へようこそ」
琴と桜が客人をお迎えする。
「琴さん、桜さん、こんにちは」
石口依那は二人に声をかけると、迷いなく店内の奥にある席に向かう。
大きめのトートバックと丁寧に折りたたんだ上着を座席に置きながら、
「コーヒーとハムとチーズのホットサンドをお願いします」
依那は慣れた様子で桜に声をかけた。
「コーヒーとホットサンドですね。お持ちします」
桜の『お持ちします』と同時にキッチンから出てきた琴が持っている和盆には、今恵那が注文したばかりのコーヒーとホットサンドが乗せられていた。
「お待ちどおさまです。お熱いのでお気を付けてお召し上がりください」
依那の目の前に置かれたコーヒーは香ばしい香りが湯気とともに立ち上り、ホットサンドの切り口からはとろりとチーズが溶け出していた。
「ありがとうございます。本当にいつも驚きます。席に座って注文したらすぐに琴さんが食事を運んできてくれるのは、まるで私がいつ来るのか、今日は何を注文するのかがわかっているみたいで……」
「「ふふふっ・・・」」
琴と桜は顔を見合わせ微笑んだ。
「「ごゆるりと・・・」」
二人は合わせるように依那に声をかけ、奥のキッチンへ入っていった。
これもいつも通りの流れ。
『また答えをもらえなかったなぁ。まぁ考えても仕方ないよね。世の中、不思議なことはたくさんあるから……』
「いただきます」
と手を合わせ、依那はホットサンドを食べ始めた。
「美味しい~」
依那が思わずつぶやくと、
「よかった~」
いつの間にキッチンから出て来たのか、桜が依那の隣の席に座り、頬杖をつきながら依那を見ていた。
「依那さんはいつも幸せそうに食べているので、見ている私も幸せになります」
「そうですか? もし、そのように見えるなら《縁紡ぎ》のおかげですね。《縁紡ぎ》の空間はとても癒されますし、こちらの食事は心を和ませてくれるので」
「うれしいお言葉をありがとうございます」
依那はコーヒーを一口飲み、体ごと桜のほうに向けて座り直した。
「毎回思うのですが、琴さんと桜さんは気が付いたら傍にいて、気配を消して忍び寄る、まるで忍者みたいですよね。あっ、女性だからくノ一か……。なんだか格好いいですね!」
「ふふふっ・・・」
桜さんたちの『ふふふっ』は肯定でも否定でもなく、『この話題はそのまま流してください』の合図だと、何回かこの店に通って自分なりに解釈した。この一線から踏み込まない、程よい距離感を依那は気に入ったので【喫茶室《縁紡ぎ》】に通うようになった。
依那は他人と上手くコミュニケーションがとれないことを悩みに抱えていた。特に自分の内面の深いところまで踏み込んでくる人を苦手にしていた。
《縁紡ぎ》はいつ来ても客が他にはいなかった。初めは不思議に思っていたが、矢絣柄の着物に白いエプロンを身に着けた琴と桜のことを、不躾ながら自分を大切に思ってくれる自分だけのメイドのように感じ、《縁紡ぎ》にいる間だけ、物語の中のお嬢様になったようで少しだけ嬉しかった。
依那はハッピーエンドの物語が好きだった。頑張った人が必ず最後に報われる話や、恋をした人たちが結ばれ、 『幸せに暮らしましたとさ・・・おしまい』 で締めくくられる話など 『幸せになれてよかったね』 と思える、心が温かくなる物語を好んで読んでいた。
母親からはシンデレラ症候群だと言われ、現実逃避してるバカな子と呆れられていた。
大切に大切に何度も何度も読み返していた本を『こんなくだらない本』と捨てられたこともあった。
「他のお客さんが来るまで、ここで本を読んでもいいでしょうか」
「いいですよ。この空間《縁紡ぎ》は依那さんだけのモノ。心ゆく迄ごゆっくりなさってください」
「ありがとうございます。『ん……? 今、私だけの空間って桜さんが言ったような・・・まぁ、《縁紡ぎ》なら神隠しにあってもいいかも』」
トートバックを引き寄せ、《縁紡ぎ》で読もうと思って持ってきた本に手をかけて、
「バナナジュースをいただけますか」
「バナナジュースですね。お持ちします」
桜が言い終わる前、依那がトートバッグから本を取り出すその瞬刻に、コースターとその上にバナナジュースが置かれていた。
依那がバナナジュースを置いたその指先を視線で追うと、琴が微笑んでいた。
『琴さんすごい! ふふっ……本当にくノ一みたいだわ!』
喫茶室《縁紡ぎ》は、外界とは異なる各々の時間で流れ移ろう。
時間が過ぎゆく速さは人それぞれ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、耐え忍ぶ時間はゆっくりと甚振るように過ぎてゆく。
「はぁ~よかったぁ~」
依那はエンディングを迎えた本をゆっくりと閉じ、物語の中から《縁紡ぎ》へと意識を戻してくる。
まだ余韻に慕っている顔を、『なんとも幸せそうでよかった・・・』
桜は依那の横顔を見つめていた。
「ここで本を読むとあっという間に一冊読み終えてしまうんです。静かに時間が流れているからなのか、集中が途切れないんですよね」
「それは何よりです」
琴は、空いたグラスを片付けながら依那に声をかけた。
依那が窓の外に目線を移すと、空がうっすらと茜色のグラデーションに染まり始めていた。
「琴さん、桜さん、また来ます!」
コロ~ン コロ~ン コロ~ン・・・ドアベルの音は、外の誰にも聞こえない。




