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本日は解呪日和  作者: 朱潮 一初


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3/12

3.遭逢

 チリン~チリン~チリン~……ドアベルが鳴る。


 ベル音を合図に、本日出勤の杜江つむぎが明るく澄んだ声で来客を迎える。

「いらっしゃいませ。《MAKAFUSHIG(まかふしぎ)I》へようこそ!」


「こんにちは、杜江さん。お願いしていた本をいただきに来ました」

 常連客の千壽(せんじゅ)が予約受付カウンターにいたつむぎに声をかけた。


「千壽さん、こんにちは。少々お待ちください」

「はい。……そう言えば、最近店長の雰囲気が変わりましたね。以前よりも毒気が抜けた感じがしますが、何かあったのでしょうか?」


 店長はショーケースの前で屈んでいた姿勢から上体を起こして、

「いらっしゃい」

 にこりと千壽を一瞥して商品の整理を始めた店長の様子を、千壽はまじまじと見ていた。


 店長が、雇った従業員に呪術をし掛けていた時分から改心したかどうかは不明だが、先月につむぎが行使した【呪詛返し】の影響で、何かしらの精神干渉の影響があるのは確かだった。


 人からの頼みに「・・・うんうん」と素直にうなずく店長は、基の性質から毒気を引いてお人好しが残ったようだった。


 つむぎはあくまでも呪術を術者本人に〈お返し〉しただけなので、その辺りは『あずかり知らぬ』を通している。


 請け負った依頼の【解呪】は先月に終了させたので、引き続きつむぎがこの店に勤める理由はなかった。

 しかし、この店の雰囲気を気に入り、常連客との何気ない会話が息抜きになっていたつむぎは、アルバイトを継続することにした。

 もちろん、最初の設定『占いで勤務日を決める』はそのままにして、戦利品として、店長が呪術で使用していた隠し部屋を、つむぎ専用の休憩室に頂戴した。


 『千壽さんは感が鋭いな。ここは誤魔化すのが得策だな』


「そうですか? 特に変化は感じませんが、陽気が良くなってきたからではないでしょうか?」

「……ん? まぁ、そうだな。天候に左右される人もいるしな」

「こちらがご予約の本になります。いつもありがとうございます」

 つむぎはこれ以上店長の話題にならないように商品を渡して、千壽には早目にお帰りいただきたかった。


 商品を受け取った千壽は、

「新たに本の予約をお願いしたいのですが…」

 カバンから手帳を取り出し、メモを見ながら予約票に記入した。


 予約票をつむぎに渡した千壽は、店内の棚に並ぶ本やショーケースの中を一通り見て回り、

「また、受け取りに来ます」

 あいさつを残して店を出ていった。


 チリン~チリン~チリン~……ドアベルが鳴る。



 千壽(せんじゅ) 一礼(かずよし)が《MAKAFUSHIGI》を訪れるようになって、半年くらいになる。


『買い物に行くなら……』と、()()()()()家政婦として千壽の家に住み込みで働いてもらっている、いまだ形の定まらない関係の石口(いしぐち)依那(えな)に頼まれた本を『どこで注文しようかなぁ』と思いながら、千壽は新古の書店が立ち並ぶ通りを歩いていた。

 今まで書店に馴染みがなかった千壽は、書店の専門分野が書かれている看板を流すように見ていた。


 ふと、気になる扉が目に映った。

 ステンドグラスをところどころはめ込んだ木製の扉に引き付けられるように近づき、ドアノブに手をかけて、気付くと《MAKAFUSHIGI》の店内に入っていた。



 チリン~チリン~チリン~……ドアベルが鳴る。



 千壽が初めて入った《MAKAFUSHIGI》の店内は、棚には書籍や置き物などが並べられ、ショーケースには装飾品などさまざまなモノが飾られていた。雑多なようで整然としている店内は不思議な雰囲気で、今までの千壽の人生の外側にあった空間だった。


 店内の奥に【予約受付カウンタ―】のサインプレートがあり、

 その横の貼り紙には、


 ―――――――――


【店内に入る大きさで、この世に存在するものは予約注文できます!…たぶん】 


【いつまでも待てるようなら探します!…なかったらごめんなさい】


【注:仕入れ担当(探索者)の矜持を優先、気分次第で入荷不可の商品もあり】


 ―――――――――


 張り紙を見ただけでも変わった店なのは明白だった。

 千壽は張り紙の【…たぶん】や【ごめんなさい】の記載を甚く気に入り、以来この店に通うようになった。毎度、《MAKAFUSHIGI》で予約するのは、依那にリクエストされた小説本なので、今まで問題なく入手できていた。


 石口依那とめぐり逢えて自分の人生の選択肢が変わった気がする。彼女に対する自分の気持ちを表現する言葉が見つけられないまま、対外的な依那の名誉を守るために、家政婦として彼女を雇用した。

 彼女と一緒に暮らしていくうちに、彼女の見ている世界を自分も見てみたいと思った。彼女の感性に少しでも触れてみたいと思った。


 そして《MAKAFUSHIGI》にたどり着いた。


 前の自分だったらこの店にあるものは、『別にどうでもいい。興味がない』 と言って拒んでいたものばかりだった。

 自分にしか興味がなかった過去の自分が、今の自分を見たらきっと驚くだろう。


 千壽が《MAKAFUSHIGI》を訪れるもう一つの理由として、杜江つむぎの存在があった。

 《MAKAFUSHIGI》 のアルバイト店員、杜江つむぎのことは 『占いで出勤日を決める不思議な子』 だと店長から聞いていた。

 予約していた本を取りに来て、初めて杜江つむぎに会ったときは『不思議な空気を纏った子』という印象が強く残り、何故だか 『依那と気が合いそうだな』 とも思った。


 杜江つむぎは出勤しているほうが珍しく、


『杜江さんに会えた日は良いことがある』

『本当に杜江つむぎは存在しているのか?』


 彼女の存在は常連客の中で幻獣扱いになっていた。

 当の本人はまったく気にしていない様子で、店のドアベルが鳴ると、

「いらっしゃいませ。《MAKAFUSHIGI》へようこそ!」

 明るく透き通る声で客を迎える。


 千壽は、このドアベルからの『〜ようこそ!』の一連の流れで己の憑きモノが落ちてすっきりするような、不思議な癒しを感じていた。日常生活で緊張した心と身体をほぐしたい時は、予約商品がなくても《MAKAFUSHIGI》に顔を出すようになっていた。


 もちろん杜江つむぎに会えない日もあるが、彼女の出勤日に店に来ることのほうが多かった。

 以前に店長が、

「千壽さんの遭遇率は高いですね。会えない人は連日来ても会えなかったのに」と言われたことがある。

 その時に、

「杜江さんの出勤日を教えないのですか?」と疑問を口にしたら、

「個人情報だからね。・・・うんうん」

 独りで納得しながら、商品の整理を始めた店長に、千壽は上手く反応できなかった。


『まぁ、自分は杜江さんが居る感じがする時に店に足を運ぶから、自分の勘が鋭いだけ』と解釈して、勝手に【ご縁】を感じていることは誰にも伝えていない。






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