2.解呪
「店長、お疲れ様です。お先に失礼します」
つむぎは笑顔を取り繕って挨拶をした。
「次は来週の水曜日だよね。お疲れさん」
店長が店内に戻ってきたことで、今日のつむぎの勤務は終了した。
つむぎは帰り支度を済ませて、本業へ急いだ。
『店長は呪術に時間かけすぎなんだよな。もっと手早く要領よく、ぱぱっとできないかなぁ……』
道すがら、アルバイト店員の杜江つむぎから鑑定師へと感覚を切り替えた。
刹那、街の喧騒が遠くなり、身に纏う空気が一変し、湿気た生ぬるい空気が身体を覆う……。
感覚が研ぎ澄まされたからこそ感じる負の力 ――『自惚れ』『貪欲』『利己的』『浅慮』『嫉妬』と言ったところか……。
『まあ、この程度なら本業で扱う怨念や執念と比べるまでもない。くすぐったいだけだな。さてと、今日の呪術は何かな? 店長、頼むよ。少しは楽しませてくれないと……』
更に感覚を集中して、ねっとりと気持ち悪く纏わりつく店長の気配を探ってみた。
『……なるほどね。また卑猥なモノを選んだな。もう少しましな選択肢はなかったのか……まぁ、考える頭があったら、そもそもこんな卑怯な手は使わないしな……』
店長が選んだ今日の呪術は〔秘密の暴露〕だった。
『……乙女の秘密を知りたいなんて悪趣味だなぁ。でも陰険な店長らしい選択だ……』
店長の非力で陳腐な【呪詛】では残念ながら私とは業の応酬にはならないけど、暇潰し?程度にはなるだろうか? いや、ならないな・・・
『来週に決着を付けようか……来週が待ち遠しい。店長はどんな反応をみせてくれるだろうか』
▷▷▷
「――おはようございます」
つむぎが出勤すると、すでに店長が待ち構えていた。
「おはよう。今日もよろしく。来て早々で悪いんだけど、荷物を置いたらちょっと事務所に来てくれるかな?」
「――はい。『まるで“待て”ができない駄犬だな…いや犬に失礼か…畜生で十分だな……』」
つむぎは店長の呼び出しに辟易しながら、仕事だからと自分に言い聞かせて事務所に向かった。
コンコンコン・・・『…はい…入って!』
「――失礼します」
つむぎが事務所のドアをくぐると、直ぐ目の前に店長が立っていた。ニヤケ顔でしまりがなく、腕組みをしたまま、じとっとしたいやらし目つきでつむぎを見下ろしていた。
『店長は呪詛のかかり具合を試す気満々だ。めんどくさいなあ。でも仕方ない。術に掛かった振りでもしますか……』
先ずは悟られないように、呪術がしっかりと掛かっているかのように体の力を抜いて、表情筋に意志を持たせず、眼力を解除。操り人形のように無・・・
準備終了。
「―― 何かご用でしょうか?」
つむぎは取りあえず店長の出方を待った。
「ん? 今日は何か話したいことがあるんじゃないかなぁ……って思ってさ。遠慮しないで、何でも聞くよ……ぐふふっ……」
『自惚れもここまでくると感心する。まったく疑う様子がないな。何が…話したいことがあるんじゃないかなぁ?……だ』
つむぎは表情筋が暴走しないように気を付けながら、あえて上目遣いで視線を店長に合わせたまま、
「―― 話を聞いてもらえますか?」
「うん、もちろん。何でも話して!……ぐふふっ……」
『おっと、食いつきが半端ない。鼻息も荒いし、もう勘弁してほしい。全く呪術が効いてないのに付き合うこっちの身にもなってくれよ』
「―― 実は私、店長に聞いてほしいことがあって……」
「何々?」
「―― 秘密にしていたことが……」
「どんなこと?」
「――絶対に誰にも言わないで下さいね」
「大丈夫!絶対に誰にも言わないから……ぐふふっ……」
『ここまで鈍感だとある意味お見事…拍手喝采だな。もう時間切れだ。これ以上は付き合えない……』
調子に乗った輩は、一度は完膚なきまでに叩きのめし、自分の浅はかさを思い知らせる必要があるだろう。
つむぎは、本来の自分の力を容赦なく解放し、ここに言挙げをした。
「さぁ、最後の仕上げと参りましょう」
つむぎは、まっすぐに伸ばした己の指を、店長の背後にある隠し部屋の方に向け、刀印を結びながら、
「そこのスチール棚がスライドするのを知っています。その奥の隠し部屋で、店長が私にしたこと、【呪術】のこと、全て知っています」
「……?」
「私だけではなく、店長が占い好きな子を何故雇っているか知っています。その子たちのことを、❲ 警戒心が薄い ❳ と身勝手な持論を打ち立て、己の欲望のために呪術の標的にしていたことを知っています」
「………」
「過去にここで勤めていた子達から、相談と【解呪】の依頼を請負いました」
「…………」
「本日をもちまして、【呪詛】は全てお返しし、依頼完了といたします……悪しからず」
「……………ヘッ?」
――パンッ――
杜江つむぎが柏手を一つ打つと、店長は手をだらりと下げ、カッと目が大きく見開き、口をパクパクとさせて放心状態になった。
【呪詛返し】が成功した証。
「さあ、店長さん。私に伝えたいことが沢山ありますよね。遠慮しないで、何でも聞きますから」
所詮、貴方は私の実験台。
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ひとつお伝えするのを忘れていました。
履歴書に書いた名前は仮初の名。
私の【真名】ですが、あなたとのご縁が繋がりましたその時に、
名乗りをするといたしましょう
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