1.呪術
「これをお願いします。来月の出勤可能日です」
「……ん?」
店長が困っている。
「ほとんど休みなんだけど、何か理由があるのかな?」
『やはりそうなるよね。これが普通の反応。でも、ここだけは譲れない』
「面接の時にお伝えしましたが、来月は自宅から店の方位が悪いので、とりあえず天赦日のみでお願いします。再来月は方位がよくなると先生が言っていたので、出勤日を増やせると思います。あっ…もし再来月分の予定表を早く提出した方が良ければ、明日にでも占いの先生に会ってきますけど、店長どうしますか?」
アルバイト店員の杜江つむぎは、ここまで一気に話をした。
「はぁ……じゃあ貰ってきてくれる。採用面接の時、占いで出勤日を決めてるのは聞いていたしね」
店長は不満げな様子を隠すことなく、納得はしていないが採用時につむぎの要望を受け入れてしまったので譲歩するしかなかった。
杜江つむぎの要望は『占いや方位で出勤日を決めたい』だった。
当然、常識から考えても一般には理解され難いし、通常は不採用になり得る案件だが、なぜか店長はつむぎを採用した。
「ありがとうございます。占い好きを公言すると〔痛い子〕と思う方が多いんですけど、店長さんに出会えて私は幸運ですね」
「まぁ、俺も占いは嫌いじゃないからさ。これを今からシフト表に入力してくるから、取りあえず店番をよろしく」
「はい。わかりました」
▷▷▷
店長は事務所に戻ると内鍵を閉め、手早く儀式用の衣装に衣替えをした。
出勤日の入力作業をしてくると平然と嘘を吐き、呪術を仕掛けるために事務所に戻ってきていた。
店長は、呪術を行うために儀式用の衣装を身に着けると、妙に気分が高揚し、万物の理が自分の足元に平伏すような、まるで世界の創造者になったような優越感に浸ることができた。
店長にとってはそれらが堪らない甘美となり、一度味わってしまったら手放すことができなくなっていた。
逸る自分の気持ちを鎮めながら、店長はスチール製の書類棚に手を掛け、棚を横にスライドさせ露になった壁にある木製扉をくぐり、隠し部屋へと入っていった。
「…さてと、始めるかなぁ……」
店長はにやけ顔を隠すことなく、慣れた手つきで一対の蝋燭に明りを灯し、彼女から預かった出勤表の紙を机に置き、彼女の髪の毛を紙上にのせて準備を整える。
「今回は何をしようかなぁ……どうしてくれようかなぁ……ぐふふっ……」
店長は標的を思い浮かべた。
満面の笑顔の杜江つむぎはとても愛らしく、
『湿気た面の店長よりも彼女の出勤日を増やせ』とリクエストされるくらい常連客にも受けがいい。
だが、店長には彼女の出勤日数なんてどうでよかった。
『まぁ、出勤してくれれば常連客が喜ぶから、それはそれでいいと思うが……』
いまどき出勤表を紙で提出させているのは、これから行う実験に彼女の自署〘 杜江つむぎ 〙 が必要だからだった。
もう一つ、店長は彼女の髪の毛を呪術の贄にするために従業員控室からこっそり拝借していた。
―― 店長は、独り自分に酔い痴れ思いを巡らせた。
『彼女は素直な子だから呪術が直ぐに効くだろう』
これだから占い好きな子を雇うのは止められない。
占いを信じている子は〔警戒心が薄い〕傾向にある。これは俺の長年の経験から導き出した方程式であり、持論だ。
杜江つむぎは、所詮は俺の実験台でしかない。
彼女の人生の一部が俺様の手中にあることを、彼女が崇拝している占い師は知っているだろうか?
あえて勝負を挑んでみようか……
俺は自慢じゃないけど、伊達にここ《MAKAFUSHIGI》で店長をしているわけではない。
物心がついた頃から人智を超えた不思議なことが大好きだった。
怪奇現象や催眠術など、人を怖がらせたり掌握術系に非常に興味があった。
俺の愛読書は、〔 あなたにもできる黒魔術 〕
《MAKAFUSHIGI》には世界のあらゆる呪術具や魔術の古書など、眉唾物まで様々なアイテムが集まってくる。その魅力的なアイテムを誰よりも早く手に入れることができるから、ここで勤めていると言っても過言ではない。
『そうだ。今度その占い師に会いに行ってみよう。最近暇だったしちょうどいい。その占い師の先生とやらは俺様が行ったらどんな反応をするだろう。俺様の痕跡に気付いているのかなぁ』
考えただけでゾクゾクする ——
「さぁ、占い師さんとやら、俺様と力比べだ!……ぐふふっ……」
▷▷▷
チリン~チリン~チリン~……ドアベルが鳴る。
ベル音を合図に、店内に杜江つむぎの澄んだ声が静かに響いた。
「いらっしゃいませ。《MAKAFUSHIGI》へようこそ!」
店長が事務所に入るとしばらく戻ってこない。その間、つむぎは一人で来客の対応をしていた。
この店は独特な雰囲気があり、初めての人には敷居が高いらしい。常連客は個性的で話が面白い人が多く、特につむぎには親切な人が多かった。
「おう、杜江さん久しぶりだな。元気だったか?」
「流山さん、ご無沙汰しています。元気ですよ」
「もっと出勤日を増やしてくれよ。店長だけだと陰気臭くてさぁ」
「ふふっ、ありがとうございます」
「また怪しげなモノが増えてるなぁ。この【吹き矢】は何だ?……どれどれ……わっはっは!」
常連客の流山はショーケースに入れられた【吹き矢】の取扱説明書を読み大笑いした。
「〘矢が刺さるとちょっとだけ不幸になる〙ってなんだそれは。不幸にちょっとも沢山もないだろうに」
「ちょっとだけの不幸なら蚊に刺された程度って事にして、【矢を吹いて相手を呪った人】は罪悪感が少なくて済むんですって・・・店長が言っていましたよ。何ならその不幸が起きたのは『自分のせいではない』って責任逃れもできるようですよ」
「随分と身勝手な話だな。『人を呪わば穴二つ』ってことわざがあるのにな」
「そうですね。いろいろな考えの人がいますから」
「ちょっとだけでも不幸にはなりたくないなぁ。変な呪術具を考えた人が居たもんだ。他人様から恨まれないように気をつけないとな。…クワバラ クワバラ。さぁ、予約していた商品を貰って今日は直帰だな」
「こちらがご予約の商品です。またのご来店をお待ちしてます」
「おぅ、また来るよ」
チリン~チリン~チリン~……ドアベルが鳴る。
つむぎは時間を確認した。
午後3時すぎ。
店長が事務所に入ってから一時間以上が経過していた。
『早く戻ってきてくれないと帰れないし、次の仕事に影響が出るんだけどなぁ』
杜江つむぎには他にも仕事があった。
方位が悪いからという理由はあくまでも目くらまし。シフトを多く入れないのは本業があるからだった。
つむぎは本業だけだと感覚が此岸からかけ離れてしまうので、俗世間とつながるために本業以外の仕事をしているのが一つの理由。
またこの店の常連客は専門職が多く、彼らの興味を引く分野も多岐にわたるのでつむぎにとっては観察のし甲斐があった。常連客達は、他愛ない気軽なやり取りをつむぎとするのを楽しみにしていたし、何気につむぎはここで過ごす時間をとても気に入っていた。これも一つの理由。
他にもここにいる理由があったので、つむぎは《MAKAFUSHIGI》の仕事をしばらく続けるつもりでいた。
『今日は随分と念入りなのね。呪術を返されているのも知らないで……』
そう、つむぎは店長が事務所の奥で何をしているのか知っていた。
杜江つむぎの此岸での仕事は鑑定師業。
方位や出勤日を相談している占い師は実際は存在していない。店長を油断させるためについた方便。
占術だけではなく、全ての呪術にも精通しているつむぎにとっては、店長の呪術はとても陳腐なものでしかなく、容易に解くことはできるが、今はまだ時期尚早と判断し、その時が来るのを待っていた。
つむぎは本業で行使している【呪詛返し】を店長に悟られないように呪術に掛かった演技をしているが、これがなかなかに大変であった。
【呪詛】は術者に戻されると効力が倍加するが、それは自業自得。
杜江つむぎは呪を〈全て〉本人に〈お返し〉することを信条としていた。
―― この私に勝負を挑むなんて怖いもの知らずよ……
店長さん ――




