48.準備
灯魄にこれからの話を聞いた凜生彩は、引っ越し準備のために時雨と福豆と一緒に自室に戻っていった。執務室に残った灯魄は、琴と桜に引き継ぎの話をし始めた。
「先ほども伝えましたが、《縁紡ぎ》は琴と桜に任せます。いわゆる二拠点生活と思ってください。お互いに行き来はできますので、心配は必要ありません。ヒト族の凜生彩が同行する場合はキャンピングカーや公共交通機関を利用しますので一瞬というわけにいきませんが、それもこの世界で活動するために慣れていってください。それでは、これから琴と桜は屋敷の様子を見に行きながら凜生彩に必要な生活用品などを整えてもらいます。あちらの管理者不在の期間がありましたので、周辺の環境変化や気になることがあれば報告をお願いします」
「「承知いたしました」」
琴と桜は互いに顔を見合わせ力強く頷き執務室を後にした。
「ところで、神白狐様はいつまでここにいるのでしょうか?」
「・・・ん?」
卯花を見送り脱力感でボーっとしていた白狐は、自分に話が向いたことに驚いた。
「行く場所はお伝えした通りですので、どうぞ・・・」
「ん?・・・『どうぞ』とは?」
灯魄はハァ~と大きくため息をつき白狐はとぼけているのか、わかっていないのか・・・どちらにしても面倒だなと思いながら、
「もうここにいなくても良いという意味ですよ・・・琴と桜が先に屋敷に行って整えていますし、私と凜生彩も近々移動しますので神白狐様も挨拶回りなどしないといけない事がありましたら『そちらにどうぞ』という意味です。それとも祠の結界を先に解呪しましょうか?」
「我は凜生彩と一緒にキャンピングカーで行くから気にしないでくれて構わないぞ。そうだ、今から凜生彩の引っ越しの準備でも手伝いに行こう・・・小鬼を先に行かせる必要もあるしな・・・ならば、しばらく我が凜生彩の警護と付き添いをしよう・・・うん。そうしよう!」
「・・・えっ、勝手に話を進めないでもらえますか?」
「いい案だろう・・・小鬼たちには琴と桜の手伝いをするように我から伝えておくよ・・・じゃあな、灯魄様」
白狐は自由を手に入れ謳歌しているようだと灯魄は説得を諦めた。それに小鬼たちを先に行かせる算段をしようとしていたことを白狐は察して凜生彩の警護を引き受けてくれた。
「ありがたい」ぼっそと感謝を呟いた己に灯魄は苦笑するのだった。
凜生彩の部屋に姿を現した白狐は、時雨と福豆に琴と桜に合流して凜生彩が着く前に屋敷を整えるよう伝えた。
時雨と福豆は凜生彩と出逢ってから傍を離れたことがなく不安顔をしながら凜生彩を仰ぎ見た。
「凜生彩様・・・」
「・・・凛生彩様・・・グスッ」
荷造りをしながら話を聞いていた凜生彩はしゃがんで二鬼と目を合わせ、
「時雨と福豆は先に行くのね……琴さんと桜さんの言うことを聞いて待っててね」
凜生彩は二鬼を抱きしめて、
「私もすぐに行くようにするから、しっかり屋敷を整えておいてね。頼んだわよ!」
「はい!」
「あい!!」
凜生彩に頼まれてやる気を起こした時雨と福豆は、ぺこりとお辞儀をして手を繋いで姿を消した。
その様子を見ていた白狐は、
「凜生彩は二鬼の使い方がうまいなぁ・・・感心感心」
「……そんなことないですよ。それぞれ役割がありますからね。では、神白狐様は私の警護と荷造りの手伝いをお願いしますね」
「任されよ!」
白狐は凜生彩と一緒に荷造りをはじめ、仕事先への挨拶回りにも付いて行き、警護と称した観光を存分に楽しんでいた。
あらかた仕事先へのあいさつが終わり、帰路についていた凜生彩はとある甘味処の前で立ち止まった。
「神白狐様、ここで甘味でも食べていきますか?」
「えっ・・・良いのか?・・・実は興味があったのだよ」
凜生彩は白狐とこの道を通るたびに、白狐が甘味処の店先をのぞいたりして、そわそわしている様子を感じていた。
「はい。毎日外回りの警護もお願いしていますし、引っ越しの準備も手伝ってもらったお陰で無事に終わりましたから……明日にでも出発できそうなのでそのお礼も兼ねてです」
「そうか・・・ならばさっそく入ろう!」
白狐は凜生彩の手を取り、いそいそと店のドアを開け店内に入った。
白狐と凜生彩が甘味処のドアをくぐると、奥の席で「こっちだよ」と手を挙げて合図する灯魄の姿があった。
「先生、もういらしてたのですね……お待たせしました」
「ついさっき席に着いたところだよ」
二人の会話を聞いていた白狐は「凜生彩と二人が良かったなぁ」と頬を膨らませて少し不貞腐れていた。
「そんなに膨れっ面すると、美人さんが台無しですよ」
凜生彩は先に白狐を座らせて自分もその横に座り、白狐の頬を指先で優しくつつきながら場を和ませようとした。
それでも機嫌が直らない白狐に提案をしてみた。
「前から思っていたのですが、神白狐様とお呼びするのは敬う気持ちを込めて大切だと思うのですが、これから同じ地で共に暮らすのですから、愛称と言いますか呼び名を付けてはどうかな?って……」
凜生彩の提案を聞いた白狐はぱあっと明るい表情になり、瞳が潤んでいた。
「良いのか?・・・凜生彩が我に名をくれるのか?」
「……えっ、私じゃなくて先生にお願いしようと思っていたのですが……」
凜生彩は慌てて灯魄を見たが、灯魄は笑みを浮かべながら頷き、
「神白狐様がお望みですので、凜生彩が名を付けてあげなさい。貴女に名付けの提案を受けた時から私は凜生彩に任せようと思っていました。名付けは契約の証にもなりますので、神白狐様が望むのであれば何も問題はないですよ」
白狐は瞳を潤ませながら凜生彩の手を握り、
「我は凜生彩が良い・・・我に名を授けよ!」
「・・・と言うことです。今すぐでなくて大丈夫ですから、凜生彩がしっかりと考えて名を与えてください。さあ、明日にはこの地を離れますので、甘味で乾杯といきましょう」
初めての甘味処に白狐は何を食べたらいいか迷ってしまい、灯魄に一つ一つ甘味の説明を受けながらなんとか注文を決めていた。そのやり取りを見ていた凜生彩は、責任重大なお役目を背負ってしまったと思いながら気付けば甘味を完食。
楽しみにしていた甘味のはずが、味などまったく覚えていなかった。




