45.理由
死に関する描写があります。
苦手な方は読まないようにお願いします。
この話を飛ばして次の話に進んでください。
「凜生彩、その衝動が収まったらでいいので、神白狐様の話を聞いてあげてください」
「はい……失礼しました。心のシャッターは切ったのでもう大丈夫です……ふふっ。……神白狐様、お待たせしました。卯花さんの今後を決めるためにも、神白狐様と卯花さんの馴初めや、日記は拝読したのですが実際に起きたことをお話しいただけないでしょうか」
凜生彩は神白狐様と卯花から話を聞いてから判断したいと考えていた。
これは事前に灯魄と打ち合わせをした際、無事に魂を呼び寄せられたら本人から話を聞くことを灯魄から了承を得ていた。
「では、我から話を始めよう。より臨場感が出るように映像も一緒に視せていこう・・・」
そう言うと白狐は幻術を使い、執務室に祠の周辺の映像を投影した。
『まるで工場の祠がある場所に瞬間移動したよう感じだなぁ……』と思いながら凜生彩は映像を視た。
毎朝、祠にお参りする卯花の姿が映し出された。
(お狐様。おはようございます。いつも見守りくださりありがとうございます。今日は1日ですから榊を変えますね……)
卯花は毎月1日と15日には祠に榊をお供えし、祠の周りの掃除をしたり、雑草を抜いたり、前日にあった出来事など他愛もない話を祠に呟きながら、暑い日も雨の日も、寒い日も雪の日も、できる限り毎日通い祠をお祀りするのが卯花の日課になっていた。
『祠からの目線は神白狐様のもの。卯花さんが顔を見せると神白狐様が喜んでいる感情まで一緒に流れてくる。穏やかな日常といった感じだなぁ』そう思いながら凜生彩は流れている映像を視続けた。
夕闇迫る刻、雷鳴が轟きはじめ真っ黒な雨雲が上空を覆い、冷たい風が勢いよく下降し稲荷旗を大きく揺らした瞬間、大粒の雨が地面を叩きつけるように激しく降り始めた。そこに足早に一人の女性が工場の軒下に走りこんできた。
神白狐様が言を発した。
「これが我が最後に視た卯花の生き姿だ・・・本来、祠を離れることはしないが、嫌な予感がしたので卯花についていった。そうしたら・・・」
工場内に入った卯花は電気のスイッチを入れたが、停電のために明かりがつかなったようだった。
(休日出勤手当をもらおうかしら……あら、停電ね。確か懐中電灯がこの辺にあったはず……)
暗闇の中を手探りで懐中電灯を探す卯花の姿がしばらく映し出されていた。
ガシャン ガシャン!! ・・・ウッッ・・・ ガタッダンッカランカラン・・・
激しい金属音と卯花の一瞬の呻きの後の静寂・・・・・・
「…………えっ?」
思わず凜生彩は声を上げ卯花を視た。卯花は向けられた視線に気付き、静かに頷いた。
彼女は不運に不運が重なった結果の事故死だった。
休日で一人きり。突然の雷雨。停電による暗闇。足元が見えずにつまずき、転んだ先にぶら下がっていたトラロープを束ねた輪。その輪に首が引っ掛かり、とっさに手を伸ばしたが手をつく場所がなく宙を切り、全体重が一点に集中した結果、絶命した。
翌朝、出勤してきた従業員が第一発見者だった。現場の状況から事件と事故の両方の捜査が行われたが、現場の状況と両親の証言を有力と判断し自殺と結論付けられた。
【失恋による自死】
凜生彩の視ていた映像が消え、いつもの執務室に意識が完全に戻ってきた。
「卯花が亡くなり祠を祀るもの、整える者がいなくなった。卯花の母親は(お狐様がいるのに娘を救ってくれなかった)と言って二度と工場や祠に近づくことはなかった。そのうち人が亡くなった場所で働きたくないと従業員が辞めていき、父親は仕事をする気力を失い、結果廃業した。それからは鉄門が閉じられて土地を訪ねる者は誰もいなくなった」
目を伏せて寂しそうに語り続ける神白狐様の姿が凜生彩の瞳には印象的だった。
――― 人々から忘れ去られた祠は廃れ、神は力を失う。
「・・・我も存在を否定され、忘れ去られた末路がこの通りだよ。卯花も同じ・・・両親は弔いの真似事はしていたが、仏壇に手を合わせても愚痴るばかりだった。通り一遍のお経は唱えるが、心は別物・・・恨みが乗ったお経ほど禍々しいものはない。卯花の魂が闇堕ちしないようにするのが精一杯だったよ・・・」
神白狐様が卯花の魂が闇堕ちしないように、あの地に繋ぎ止めていた。唯一祠に手を合わせ続けた娘を救いたかった。
人々から忘れ去られて神白狐様は力を失いつつあり、そのために災いの種が吹き出し始めていたのだった。
「それでも、災厄のお陰で主様や凜生彩に出会えた。これは僥倖に巡り合ったと感謝したよ・・・はははっ。さあ、我が説明できるのはここまで。卯花は自分で語れるか?」
白狐が隣に座る卯花に問うた。
卯花は頷いて、灯魄と凜生彩に視線を合わせた。
「・・・私は・・・」
「卯花さん。貴女の日記を読みました。先に謝っておきます。勝手に読んでごめんなさい」
凛生彩は視線を合わせたまま会釈した。
「・・・いえ、母が渡したのでしょうから・・・」
「しかし、今回は日記を読むことで卯花さんの人となりを垣間見ることができたので、読んで良かったと思っています。また同じ様な場面がきたら、きっと同じ行動をとると思うので反省はしません。もしよければ、全てとは言いませんので、卯花さんの口から不成仏霊になるのを選んだ理由を教えてもらえませんか?」
「・・・理由ですか?・・・実は、ないんです」
「えっ、ないんですか?」
「はい・・・あの時は不運が重なった結果で、私が転ぶというドジを踏んだだけなので仕方ないと早々に諦めました。『身体から魂が離れたなぁ』と思っていたら死神を名乗る方が来て、『こうやってお迎えが来るんだなぁ』って思っていたら、死神が『可愛そうだから直ぐ冥土には連れて行かない。無念を晴らす時間を与えよう』って、何処かへ行ってしまわれて・・・自分ではどうすることも出来ずにそこに留まった感じです」
「はっ?何ですかその死神は……職務放棄じゃないですか!」
凛生彩は身体を前のめりにして憤りをみせた。
「それでもたまには様子を見に来てくれたんですよ。でもその度に『無念を晴らせ』って・・・いくら無念はないと言っても信じてもらえなくて・・・そうしているうちに祠が廃れてきて、神白狐様にもご迷惑をおかけしてしまって・・・神白狐様に、『もう私のことはいいから、ご自分のために力を使ってください』とお伝えしたのですが・・・」
卯花は右手を頬にあて小首をかしげて困り顔をしながら白狐を見た。
「それは我の矜持が許さない」
白狐は腕組をして胸を張った。
「・・・ねっ!こんなやり取りを十数年続けたわけです」
灯魄は両手で頭を抱え込み、凛生彩は口をあんぐりと開けたまま言葉を失った。




