41.日記
「この依頼を受けるか否かを、凛生彩と話してみますので、結論が出たら声を掛けます」
灯魄が結論を保留にしたことで、これ以上ここに居る必要がない秋葉は席を立ち、「連絡待ってます!」と言いながら《縁紡ぎ》を後にした。
執務室に戻った灯魄はデスクチェアーに背を預けて凛生彩の気配を探り、琴を呼び出した。
「凛生彩が部屋にいますから、時間があるときに執務室に来てほしいと伝言をお願いします」
琴は礼を執り執務室を出ると、そのまま凛生彩の部屋に向かった。
コン コン コン・・・
「どうぞ……」室内から凛生彩の声がした。
琴がドアノブに手を掛けようとした瞬刻、カチャリと内側からドアが開き福豆が顔を出した。
「《凛生彩の部屋》へようこそ」
にっこり笑顔の福豆が琴を招き入れた。
「・・・これは」と戸惑う琴に凛生彩が笑顔で、
「福豆が琴さんたちの真似をしたみたいですね……成長の証です! ……琴さん、主様からのお呼びですか?」
「・・・あ、はい。お時間があるときに執務室に来て欲しいと・・・」
「わかりました。30分ほどしたら伺いますと主様にお伝えください」
時雨と福豆に指示を出しながら、執務室に向かう準備を始めた凛生彩に会釈をして部屋を後にした琴は、【驚き】と【感心】を持った。
『福豆といい、凛生彩さんといい、順応力が高すぎです。これならば今回の依頼も大丈夫そうですね』
▷▷▷
執務室のソファに灯魄と凛生彩が向かい合わせで座っていた。
「先日現地調査に行った案件ですが、神白狐様は氏神神社が祀り事を執り行い落ち着きました。しばらくは監視対象となりましたが問題ないでしょう。それと、不成仏霊に関しては正式な依頼がきています。この依頼に関して凛生彩に相談しようと思い来てもらいました。・・・こちらをご覧ください」
そう言いながら灯魄はテーブルの上に封筒を置いた。
「【卯花の日記】ですか? 封筒の状態からしてだいぶ年月が経っていませんか?」
「十数年ほど前のものになります。この《卯花》と言う名の方が不成仏霊の正体です。姓は守谷です」
「……………えっ」
「正直、この案件は面倒事でしかありません。凛生彩に話をしないで片付けることも可能でしたが、それでは貴女は納得しないと思います」
「……はい」
凛生彩は自分の存在を蔑ろにしない灯魄の心遣いに嬉しさが込み上げたが、話ししている内容は決して軽んじてはならない事柄のため、頬が緩みそうになるのを必死に堪えた。
灯魄は一枚の紙を凛生彩が読めるようにテーブルに置いた。
「これが依頼書になります。依頼書に書かれている【依頼を受ける場合は日記が入っている封筒を開封する許可を出す】とあるのがこの封筒です。この依頼を受けるかどうかを凛生彩に一任します」
灯魄は生きている人間の悪感情に惑わされることなく、凛生彩が純粋な気持ちで魂と正面から向き合うために『娘の無念を晴らして欲しい』と親から言付けがある事を敢えて伝えなかった。
「……先生、この封筒に触れても良いですか?」
「どうぞ」
そっと封筒に触れた凛生彩は目を閉じた。
『封筒から伝わってくるのは、冷え冷えした感情と温もり。悪意は全く感じられない。色も濁っていない』……目を開けた凛生彩の表情には決意と慈悲が浮かんでいた。
「守谷 卯花さんの、故人の日記を読むのは憚られますが、仕事に必要なら割り切ります。この依頼お引き受けします」
「わかりました。では準備を始めましょう。必要なものがあれば言ってください。全て手配します」
「……それなら」と打ち合わせをした結果、一週間後に封筒を開封することに決定した。
依頼決定を受け、灯魄は秋葉を執務室に呼び出した。
「凛生彩が依頼を受けると決めましたので一週間後に封筒を開封します。これから言うことを依頼者に伝えてください」
灯魄の言付けを聞いて秋葉は驚いたが、
「・・・わかった。後は任せてくれ」と言い残し姿を消した。
「凛生彩をサポートするのが今回の私の仕事ですね・・・愉しみです」
灯魄は茜色の空が群青の闇に呑み込まれる様を執務室の窓から眺め続けた。
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凛生彩が依頼を受けると決めてから一週間が経ち、封筒を開封するために執務室に灯魄と凛生彩がいた。
この依頼を受けると決めたあの日に、灯魄からいくつか条件を提示されていた。
開封するのは灯魄の仕事。封を解いた後、中から何が吹き出してもおかしくない状況で、凛生彩では咄嗟に対処できないので灯魄が開封し安全を担保する……開封後、もし凛生彩に危険が及ぶようなことがあれば、灯魄の判断で‘即消滅’を行使する事も条件に入れていた。
凛生彩は灯魄に護られている安心感があるからこそ、目の前の日記に集中して向き合えると思い灯魄の提案を素直に受け入れた。
「では解封します」
灯魄が刀印を構えると指先からチリチリと鋭い光が放たれて、【封】を解呪した。一瞬【封】の周りを鈍い光が覆い、灯魄の光を阻むような抵抗を試みたが直ぐに諦めた様子を凛生彩は視ていた。
解封を終えた灯魄が封筒の中から取り出したのは一冊のリーガルパッドだった。
「日記帳ではなく、何故リーガルパッドが……」
思わず凛生彩は疑問を口にしたが、思い当たる経験が凛生彩にも一つあった。
「もしかして卯花さんは誰かに日記を読まれてしまった経験があったのかもしれない。だから彼女はあえてメモに使うリーガルパッドを選んだ……」
凛生彩の呟きに卯花の日記は沈黙を保ったまま応えなかった。
思いにふけている凛生彩に灯魄が声をかけた。
「では始めましょう」
「……はい。卯花さん貴女の想いを私に視せて…………」
凛生彩はリーガルパッドのページを丁寧にめくった。
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1月9日
父に用事があり工場に行くと、事務室に父と■■がいた。「久しぶり」と声を掛けられたけど一緒のクラスになったことがない、顔は知ってるけどでもよく知らない中学の同級生。一人でいても存在感があって、目立つグループの中心に居たのは覚えている。
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1月15日
工場に行くとまた■■が来ていた。父親と楽しそうに話をしていた。■■が会社をつくり社長になったと言っていた。これから取引きするらしい。「またな」と言われたが、個人的に用事はないので会うことはそうそう無いだろう。
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1月16日
父が夕食の時に■■の話を母としていた。■■は何回も警察に補導されたらしい。確かに中学の時、先生たちと怒鳴り合いの喧嘩をしていたのは薄っすらと覚えている。警察に補導されるきっかけが父の通報だったと。■■の母親が素行の悪さを父に相談していたらしい。知らなかった。同級生だったのに父と■■がそういう関係があったと知らなかった。彼を更生させたのはまるで自分だと言うように、武勇伝を語っている父親がいた。別世界の話のようだった。そう言えば昔、父は地元で『正義の人』と呼ばれていたとおばちゃんが言ってたような気がする。
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『この黒塗りは名前を消した後……』
凛生彩は所々にある黒く消した跡を気にしながらも、これは業務日誌のような事務的で『この時はまだ、ただの事実の羅列で彼女の熱が感じられない』と思いながら読み進めていった。




