40.丸投
灯魄は凜生彩の感性を眩しいと感じた。
『やはり、私たちがしない判断を凜生彩はしましたね』―――善い哉
琴と桜が【狐憑】と見立てたものを、凜生彩は神白狐様が悲しんでいるだけで狐は綺麗な白色をしていると視て、祀りごとをすれば問題ないと判断した。
琴と桜が【不成仏霊】と見立てたものを、同じ不成仏霊でも魂として救えると視て判断した。
両者とも正しい見立てであるのは間違いなかった。
立場によって判断が違うのは当たり前であって定石。
「さて、当事者たちはどの判断を選ぶでしょう」
あくまでも決断するのは当事者であって灯魄ではない。助言はするが余計な手出しをしないのが灯魄の信条。
一刻も待たずに桜が原を伴って帰ってきた。
「主様、ご無沙汰しております。この度はご足労をお掛けして申し訳ありません」
原は恭しく灯魄に礼を執った。
「別宅の管理でお世話になっていますからね。お互い様ですよ」
「そう言ってもらえると肩の荷が下ります」
横目でちらりと原が凜生彩を視たのを灯魄は見逃さなかった。
「凜生彩。こちらは《原》です。別宅の管理を任せている秋葉の縁者といった距離感でしょうか。今回の依頼は原から請け負いました」
「はじめまして、凜生彩です。姓は捨てたので凜生彩とお呼びください」
原と紹介された彼に凜生彩は挨拶をした。
「名乗りをありがとうございます。原です。この度はありがとうございます」
原は一時も目を離さずに凜生彩に目礼をした。
「原・・・凜生彩はヒト族ですが嫌厭が過ぎると私はこの案件から手を引きます。秋葉から何も聞いていないのですか?」
その場の空気が寒々と一変した。
「はい。最近秋葉とは会っていないので・・・」
「では凜生彩の人となりは秋葉に聞いてください。今日は帰りますので、調査の報告は琴に聞いてください。凜生彩、帰りますよ」
そう言い残して灯魄は踵を返して足早にキャンピングカーに向かってしまった。凜生彩は慌てて原に会釈をして、急いで灯魄の背を小走りで追いかけた。
帰りは灯魄がハンドルを握っていた。『助手席にどうぞ』と促され言われるままにちょこんと座った凜生彩は、灯魄の機嫌が悪いのを察していた。琴と桜を原と一緒に現地に残したまま出発した車内はとても静かだった。
静寂を破るように口火を切ったのは灯魄だった。
「大人げない態度で申し訳ない」
「…………」
凜生彩は何も言わずに首を横に振った。
「私は凛生彩を拒否されることが苦手なようです。自分でも己の反応に驚いてます」
「そんな風に思ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます。……どの様な先生でも愛おしいです」
凜生彩の『愛おしい』という発言に、灯魄は不思議なむず痒さを感じながら、 《縁紡ぎ》に着くまで車内は静寂を保ったままではあったが、それを嫌だと一死神と一人は感じなかった。
現地に残された琴と桜は原を睨みつけていた。
「原さん、主様から調査報告するように言われましたので、とりあえず伝えます。①お稲荷様を蔑ろにし過ぎです。直ちに祠を整えて祀り敬うこと。②不成仏霊がいます。救える可能性は残されていますので今後の対処をどうするかは依頼主に一任します。この二つの提案は凛生彩さんによるもので、主様なら即消滅です。よく関係者で相談をして答えを《縁紡ぎ》まで持ってきてください」
琴は事務的に話を終え、項垂れる原に「「さようなら」」と挨拶をして二死神は帰路を急いだ。
▷▷▷
現地調査からしばらくは気持ちが落ち着かない日々を送っていた凛生彩も、時雨や福豆の愛らしさと、フリーランスの仕事に没頭している間に、気持ちが少しずつ凪いでいった。
凛生彩に穏やかな日常が戻り始めて一ヶ月が過ぎた頃、《縁紡ぎ》に原が秋葉に付き添われてやって来た。
「琴さん、おはようございます」
「おはようございます。秋葉さん・・・」
琴が怪訝そうに秋葉の後ろに隠れるように立っている原を見た。
「琴さんそんな目で原を見ないでやってよ。原なりに反省してるからさ」
秋葉は背後にいる原を自分の前に押し出しながら唸るように「だよな」と言いながら原を威嚇した。
「はい。申し訳ありませんでした」
原は震えながら頭を深々と下げそのまま動けなくなっていた。
「ここで謝られても、私は預かり知らぬ事ゆえ・・・悪しからず」
琴はそのまま奥のキッチンへと姿を消した。
入れ替わるように灯魄と桜が姿を現した。
「主様。私の監督不行き届きで申し訳ない事をしました」
秋葉はすかさず頭を垂れた。
原は頭を下げたまま『秋葉さんがここまで恐れるとは』と思いながら低頭の状態を続けていた。
「・・・駄目ですね。秋葉に怒られたからとりあえず謝りに来ているのが明け透けで、原は何がいけなかったのか、自分の落ち度を全く理解していない。やはり不愉快です」
灯魄は表情を変えずに淡々と話しを続けた。
「秋葉はどうするつもりです?」
ギロリと原を見やった秋葉は、はぁ〜とため息を一つ吐き、「滅!」・・・原の姿が一瞬で消滅した。
「ここで滅するの止めてもらえません⁈・・・穢れます」
うんざり顔をして見せた灯魄の口角は、しっかりと上がっていた。
灯魄は右手のひらをひらひらと左右に振り浄化を施し、「座って話しをしましょう」と秋葉に着座を促した。
奥から琴がお茶を和盆に乗せて運んできた。テーブルに二つお茶を置くと琴と桜は奥のキッチンへ入っていき、《縁紡ぎ》の店内には灯魄と秋葉の二死神だけになった。
時間を無駄にしたくない灯魄が話し始めた。
「先日の案件の結論を教えてください。私は誰がどうなろうがどうでもいいのですが、凛生彩が気にしているので、結果報告を・・・」
「結果から言いますと、一つ目のお稲荷様の祠は氏神神社の神主に祀りごとをお願いして滞りなく納めました。御狐様は今のところ落ち着いている様子なので要監視対象となりました。二つ目の不成仏霊ですが、主様にお願いをしたいと正式な依頼を受けました。これが依頼書になります」
秋葉はカバンから一枚の紙を取り出し、灯魄の前に差し出した。
「初めから貴方がやっていれば面倒事にならずに済んだのに・・・」
灯魄は文句を言いながら依頼書に目を通し始め、秋葉は肩をすぼめて『ごめんね』と唇だけを動かした。
依頼書から目を離し秋葉の方に視線を向けながら、
「依頼書に書かれている【依頼を受ける場合は日記が入っている封筒を開封する許可を出す】とは?」
「日記は不成仏霊絡みになりますが、その霊魂は今回の正式な依頼者でもある工場の所有者の娘さんです。十数年前に工場で自死をして、私の管轄下で魂迎行者が原でした。完全に狩り損ねたと言うか彼女の境遇に同情したようです」
「それで原が琴や桜に『縁者なる者が』と嘘吹いたのですね」
「・・・はい」
秋葉は項垂れる様子を見せたが、依頼者の話しに話題を切り替えた。
「娘さんが亡くなった経緯やらを話しするにも、父親や身内だと感情が入ってややこしくなってしまうので、霊魂に直接接触したほうが良さそうだなぁ・・・って思ってたら、何と、日記?があって・・・」
秋葉はカバンの中から封筒を取り出してテーブルの上に置き、
「娘の死後に母親がこの封筒を見つけた時には封印がされていて、誰も日記?を読んでいない・・・らしい。ちなみに《卯花》は娘さんの名前ね。」
封筒の表には【卯花の日記】と黒マジックで大きく書かれてあり、裏返すと【封】と記されて閉じられていた。
「もしこの依頼を受けてもらえるなら開封して『娘の無念を晴らして欲しい』だとさ・・・」
秋葉は配下の失態の詫びもあったが、今回の案件が自分達には厄介なような気がして、灯魄の決断に従うつもりで今日は足を運んでいた。
「これでは、報告ではなく丸投げではないですか」
頭を抱え込んだ灯魄の姿に、『珍しく主様が悩んでいるなぁ』と秋葉は他人事みたいに冷めたお茶をすすりながら、灯魄が結論を出すのを待った。




