38.外出
灯魄と秋葉の昔話を聞いたあの日から数日が過ぎたある日の朝、凜生彩は自室で朝食をとっていた。
「時雨、福豆。こんなに穏やかで充実した日々を過ごして大丈夫かしら?」
一緒にテーブルに着座している二鬼に呟いた。
「穏やかで充実しているのは、いいことではないのですか?」
時雨が小首をかしげて悩んでいる。
「・・・・・・」
福豆は体を揺らしてニコニコと微笑んでいる。
「全然悪いことではないのよ……今までが穏やかな時間とは程遠い生活をしていたから、どうしても不安になるのよね。今のままフリーランスの仕事が順調で、皆んなとここで楽しく生活するのが一番なんだけど……どうしても悪習慣が身体に染みついてて離れないの……って、もしかして今、自分でフラグを立てたかも……悪寒が……」
凜生彩はぶるっと体を震わせて両手で二の腕をさすった。
「凜生彩様、フラグとは何でしょうか?」
「フラグとはね、予知とか予感とか今後に起こりそうなことを発言したり行動したりすることよ」
「そういう意味なのですね。それなら意図的にするか無意識にするかの違いだけなので、いつも凜生彩様がしていることと変わりませんね」
時雨と福豆は安心した顔をした。
「そうか、そう考えたらいつも通りだね。問題なし!」
一人と二鬼は顔を見合わせ破顔した。
コン コン コン・・・控え目にノックの音がした。
「どうぞ」
凜生彩が声をかけると扉が開いて琴が立っていた。
「凜生彩さん、おはようございます。主様から『時間がある時に執務室に来てほしい』と伝言です」
「琴さん、おはようございます。お帰りになっていたのですね……」
「はい。昨夜、桜も共に戻って参りました」
「おかえりなさい、琴さん! 主様には『朝食が済んだら執務室に伺います』とお伝えください」
「はい。承知しました」
琴は微笑みながら扉を閉めた。
久しぶりに琴と桜が《縁紡ぎ》に帰ってきた。そう思うだけで凜生彩は心が温かくなった。
朝食を終わらせ、時雨と福豆と手をつないで凜生彩は執務室を訪れた。
「おはようございます。先生!」
「凜生彩、おはようございます。朝からご足労をお掛けしました。そちらの席にどうぞ」
手で促された灯魄の向かいのソファーに座った。
「早速ですが、凜生彩に仕事の依頼です。協力を願いできますか?」
「はい。何日くらい必要でしょうか?」
凜生彩はポケットからスケジュール帖を取り出して、すでに仕事モードに入っていた。
「ふふっ・・・頼もしいです。貴女は変わらない・・・。今回は現地調査をした後に、凜生彩にどの様に関わってもらうかを決めたいと考えています」
「現地調査ですか・・・どこなのですか?」
「ここから車で一時間ほどの場所ですので、先ずは一日いただけますか?」
それならと言いながら手帳を確認した凜生彩は、
「今請け負っている仕事が今日納品なので、明日はいかがでしょうか?」
「では、明日朝9時に一階の《縁紡ぎ》で待ち合せましょう。スケッチできるように準備をお願いします」
「わかりました。明日は先生とお出かけですね! 少しワクワクします……今晩眠れるかなぁ……へへっ」
凜生彩は遠足前の子供のように、心が躍るのを久々に感じていた。
「きちんと寝てくださいね。時雨、福豆。凜生彩がしっかり眠っているか見張っておいてください」
「はい!!」
「あいっ!!!」
時雨と福豆は元気よく手を挙げながら気合を入れて返事をした。
凛生彩が自室に戻り、仕事の納品の為にビルの裏口を出たのを確認した灯魄は、琴と桜を執務室に呼んだ。
「今回の依頼の流れを説明して」
桜が経緯を話し始めた。
「主様に任を受けました別宅の様子を見に行きましたところ、いつも通り建物や周辺の結界などの確認を済ませて、別宅の管理を任せている《原》に引き継ぎ事項などを伝えていたとき、原から相談を受けました」
琴が説明を引き継いだ。
「原いわく、原の遠縁なる者が所有している工場を解体して売却する予定でいたのですが、解体作業が予定通りに進まず、関係者などが【原因不明の不幸】に見舞われて困っているので、主様に助言をお願いしたいと申しておりました。」
灯魄は無言のまま桜を見た。
「こちらへ戻る際に、問題の解体現場に立ち寄り偵察しましたら、確認できたのが【狐憑】【不成仏霊】。これらが関係しているかと・・・今はまだ両者は不干渉の状態ですが、この均衡も直に崩れるかと思われます」
「成る程・・・ヒト属が祓いや呪いなどをした形跡は?」
「盛り塩程度です」
「そう・・・悪戯に引っ掻き回していなければいいのですがね。明日は凛生彩を同行させますから、車の手配を頼みます」
「承知しました」
二死神はそれぞれに明日の準備をするため、執務室を退室した。
執務室に独りになった灯魄は、配下を使役し明日の段取りを始めた。
「凛生彩には何が視えて何を感じ、この一件をどのように導くでしょうか・・・愉しみです」
灯魄一人でも対処できる仕事ではあるが、【消滅】以外の選択肢があるならそれを視てみたいと思い、凛生彩に同行を求めた。凛生彩に断られる想像は皆無だが、それでも凛生彩が嬉しそうに承諾する姿に愛おしさを感じるようになってきた。
「感情というものは厄介ですね」
独り呟きながら明日を待つ灯魄だった。




