37.魅了
翌日、秋葉と灯魄は青井の兄を訪ねた。
待ち合わせの時間より早目に着いたが、既に青井つくしが家の前で待っていた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします。私も同席したいのですが、いいでしょうか?」
「青井さんのお気持ちはわかりますが、お兄さんと三人で話をさせてください。話が終わりましたら連絡しますので、どこかで時間を潰してきてください」
秋葉はつくしの同席を断った。
同席を申し入れられた時の対処として、灯魄と秋葉は予め打合わせをしていた。ヒト属と話すのは秋葉の役回り、灯魄はほかのよからぬ気配に集中する段取りにした。
初めは『人に興味ないし、引退して探索者を生業にしてるから話しをしたくない』と嫌がっていた秋葉も、『それならばこの案件から手を引く、自分が持ち込んだ厄介事に私を巻き込むな』と灯魄に言われ、しぶしぶながら『わかったよ〜』という始末。
灯魄はつくしの心配は理解していた。しかし家族同席では彼の本心を聞き出すのは難しい。彼のようにひとりで問題を抱え込んでしまう人達は、人一倍繊細で、人の何十倍も頑張って真面目に生きている。だからこそ、身近な人に心配をかけまいと、弱音を吐けずに自分を追い込んでしまう傾向があった。
「……でも」
つくしはそれでもなお同席を諦めなかった。
「家族がいると、彼は心を閉ざしたままになります。貴女はそれを望んでないでしょ」
冷めた口調で秋葉が言い放った。
灯魄は、つくしには気の毒だが今は何よりも彼を優先したかった。彼女に気を使いながら話を進める余裕は既になく、それくらい彼はギリギリの所に立っていた。
昨日の秋葉の偵察通り、ひしひしと負の気配が家の周りを覆っているのを感じていた。
つくしはいつも優しい口調の秋葉の変化に戸惑いを隠せないでいた。
彼女は不満気ながらも、「兄のためなら」と一礼をして家を後にした。
玄関の前には彼が立っていた。
「秋葉さんご無沙汰してます。《MAKAFUSHIGI》ではいつもお世話になっています。この度はご足労おかけして申し訳ありません。妹が無理をお願いしたようで……」
「妹さんはお手上げなのですよ。・・・紹介しますね。こちらは万家一左先生です。私が信頼している方で今日は同席をお願いしました」
灯魄は軽く会釈をして、秋葉と話しをする彼の様子を伺った。
「妹さんには外出してもらいました。時間も限られていますので本音で話しをしましょう」
秋葉はこれ以上空気が重たくならないように、あくまでも陽気に振る舞った。
彼に招かれて家に入ると、一層よどんだ空気が部屋中に充満していた。
『こんなんで、よくもまぁ生きてるな。早く帰りたい・・・』
秋葉は念話で灯魄に愚痴をこぼした。
『確かにこれは酷い。ただし、祓うかどうかは彼次第にしますよ』
『分かってますって・・・』
リビングに通された秋葉と灯魄は並んでソファに座り、その向かいに彼が座した。
彼はため息をつき、目を閉じた。しばらく沈黙が続いたが、秋葉と灯魄は彼が話し出すのをじっと待った。
この沈黙の瞬間は、灯魄にとっては彼の心の中を探る時間でもあった。
『彼の心は…静寂と空虚・・・もうその時が近い』
これが灯魄の答えだった。
それを秋葉と念話で共有した。
つくしには気の毒だが、もうその時が彼の直ぐ側にあった。
彼はまたひとつ息を吐き、目を伏せたまま、言葉を選びながら話をし始めた。
「実は、毎日明け方に従兄弟のたか兄さんが来るんです」
「従兄弟のお兄さんが朝方に来るのですね」
秋葉は彼の言葉を繰り返した。
「……はい。妹に話をしても気のせいだ……と本気で聞いてくれません……」
彼は従兄弟が来訪しているのを確信している。しかし、妹がその話を信じないのも理解できる。
「たか兄さんは10年前に交通事故で亡くなっているんです。妹が信じないのも無理はないですよね……。でも自分には見えるんです。そしてたか兄さんが……」
彼は言葉を詰まらせた。
いや、言ってもまた信じてもらえないと説明するのを諦めたのかもしれない。
「大丈夫ですよ。従兄弟のお兄さんが『もう頑張らなくていい。お前は十分に頑張った。あちらに一緒に行こう』と貴方を迎えに来ているんですよね」
灯魄が始めて言葉を発し、核心を突いた。
彼は驚いたように顔を上げた。
「なぜそれを…妹にはそこまで話してないのに……」
灯魄は『ここからは自分が引き受ける』と念話で伝え、
「これが私の仕事なので・・・」
灯魄はヒト属を対象にカウンセリングもしているが、理屈や道理が通らない物の怪絡みの案件の方が本業になる。
「……そうなんですね。では全て話します。私は従兄弟のたか兄さんに憧れてました。スポーツも勉強も何でもできて、すごく優しくて……それが突然の交通事故死……たか兄さんと会う約束をしていた前日に事故で亡くなったのです。……たか兄さんが亡くなってすごくショックで、後を追おうとさえ考えました……」
彼は従兄弟を思い浮かべなから、懐かしさと失った苦しみをふたたび思い出していた。
「でも、葬儀の後、一人で遺影に向き合ってた時に聞こえたんです。『店や一族のことはお前に任せたぞ』って言うたか兄さんの声が……その時『大丈夫。俺に任せろ』って約束したんです。祖祖父が始めた焼肉店を一族で暖簾分けをしながら広げてきたんです。たか兄さんほど賢くないけど、私はたか兄さんとの約束を果たすために今まで自分なりに一生懸命頑張ってきました」
肩を震わせ、膝上の手を強く握りしめた姿は、彼の決意や今までの苦悩を表していた。
「私はたか兄さんに『もう頑張らなくていい』と言われた瞬間、やっと自分の頑張りが認められて報われたと思いました。そして『一緒に』と言われた瞬間に、私も『たか兄さんと行きたい』と願いました。だから……」
拳の力が抜けて、彼の頬が緩み口角が僅かに上がるのを灯魄と秋葉は見逃さなかった。
『あぁ、やはり…』
この光景を目にすると、己の本能が反応する。
―――‘死に魅了された者’は、全てから解き放たれて眩い光に包まれとても美しい。
灯魄は凪いだ声で、
「それでは、私は貴方の決断を妹さんに伝える使命を担いましょう」
薄っぺらい励ましや、表面的な当たり障りのない気休めは、もう彼には通用しないと灯魄は悟った。
みなまで聞かずとも、彼が望んでいる未来が何であるのか灯魄は承知の上で、
「妹さんやご家族の望みはお分かりですよね。では、あえて貴方にお聞きします」
灯魄は彼に問いかけた。
「貴方はどうしたいですか?」
「………………俺は……」
日差しの強い朝に、彼は……光となった。
▷▷▷
「ここまでが主様と近い関係になったきっかけの話。面白く無かっただろう・・・」
秋葉が自傷気味に笑ったのが凛生彩にはわかった。
「貴重なお話をありがとうございました。上手に言えませんが……全員を納得させるような救済は無いのかもしれないですね」
「・・・そうだね。‘死に魅了された魂’は救えない」
冷めたコーヒーを淹れ直そうと思い凛生彩が立ち上がったと同じ時、灯魄が一階に姿を現した。
「確かに全ては救えません。それを知っただけでも凛生彩には有意義な時間でしたね」
憂いを帯びた主様の微笑みが全てを物語った瞬間だった。




