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本日は解呪日和  作者: 朱潮 一初
新古書店街

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36/51

36.切掛

「バカなこと言わないでよ。たか兄(従兄弟)は10年前に死んだのよ……」

「たか(にい)が毎日、俺を迎えに来てるんだよ……本当なんだよ……何で誰も信じてくれないんだ……」

 妹の悲痛な叫びも、兄の心には響かない。


「辛いのは兄さんだけじゃないのよ!いい加減にしてっ!!甘えないでっ!!!」

 どんな訴えも、もはや虚しく感じられ、虚ろな目をした兄に成す術なく、藁にもすがる思いで彼女は《MAKAFUSHIGI》を訪ねていた。



 チリ〜ン チリ〜ン チリ〜ン・・・ドアベルの音が鳴る


 恐る恐る店内に入った彼女は受付カウンターに向かい、予約票に【秋葉に相談依頼】と書き記し、店員に渡した。

 予約票を確認した店員は、「少々お待ちください」と言い残し、奥の部屋へと姿を消した。


 予約カウンターに戻ってきた店員から「こちらをどうぞ」と一通の封筒を手渡された。

 封を開けると中には一枚のカードが入っていた。カードを取り出し確認すると、


【 《MAKAFUSHIGI》の前で待つ 】


「これだと『いつ?』『誰が?』《MAKAFUSHIGI》の前で待つのか分からないじゃない」

 彼女は秋葉という男に、揶揄われ馬鹿にされたと思い怒りが湧いた。

 くしゃっとカードを握り潰し、足早にドアに向かい乱暴にドアを開けた。


 チリリリリーン・・・・・


 そこには秋葉が立っていた。

「ご注文ありがとうございます」


 彼女は秋葉の顔を見るなりその場に座り込んでしまった。

『怒りに任せて八つ当たりをしてみっともない』羞恥で秋葉の顔をまともに見ることができなかった。


「どうしました?」

 秋葉の優しい声に彼女は縋りたくなった。

「どうか兄を助けて下さい」

 彼女は俯いたまま絞り出すように声を上げた。


「今から以前にお連れした喫茶店に案内します。そこに貴女の悩みを相談するのにうってつけの人がいます。会いたいのであれば付いてきてください。付いて来るか来ないのかは自分で決めて・・・」

 秋葉は彼女に決断を選ばせた。この先(未来)は自分で決めないと意味がないのを秋葉は承知していた。


「……付いて行きます。連れて行ってください。お願いします」

 彼女は立ち上がり深々と頭を下げた。


「では、行きましょう」

 秋葉に導かれるように歩いていくと、突然目の前に【喫茶室《縁紡ぎ》】の看板が掲げられた白いビルが現れた。


「どうぞ・・・」

 秋葉はドアを開け、彼女を店内に誘導した。




 コロ~ン コロ~ン コロ~ン・・・ドアベルの音が鳴る。


「いらっしゃいませ。喫茶室《縁紡ぎ》へようこそ」

 桜が来客を出迎えた。

「こちらの席にどうぞ」

 琴が席まで案内した。


「直ぐに先生が来ますので待っていてください」

 秋葉は不安そうにしている彼女に声をかけた後、店の奥の扉を開けてそこへ入っていった。


 しばらくしてその扉が開いた。

 そこから出てきたのは秋葉ではなく着物を着た女性だった。

 その着物の女性は迷いなく彼女の席の前に座して、

「秋葉から相談があると聞いていますが、貴女様ですね」

「はい。よろしくお願いします」

 初めて会うその女性の声を、『鈴のような澄んだ声だなぁ』と思いながら頭を下げた。


「私の名前は万家(よろずや) 一左(いっさ)です。貴女様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「私は青井つくしです」

「青井つくしさんですね。では相談内容を伺いましょう。どうぞ・・・」



 青井は今まで抱え込んできた不満や不安を一気に吐き出した。

 一左先生の前なら不思議とそれが許される気がしていた。


 ―――幼い時から兄は霊が視えると言って、私を怖がらせました。

 私には視えないので兄が言うのが本当かどうか分かりませんし、母はよく兄のことを『あの子は()()じゃないから』と言って相手にしていませんでした。


 学生の頃、霊に関して何も言わなくなったので、やはり私を怖がらせる嘘だったんだと思っていました。

 高校を卒業後、新宿にある会社に就職したのですが、『勤め先の入っているビルに霊が出る……深夜まで残業していると邪魔をしてくるから仕事にならない』と言い出して、結局一年足らずで会社を辞めました。

 会社を辞めた後、祖父と母が焼肉店を営んでいたので、そこで働くようになったのです。


 兄は器用な人ではないので、いつも祖父や母に『誰もが()()に出来ることを何でお前は出来ないんだ』と怒られていました。

 それに社交性が乏しいのもあり接客もできないので、洗い物などの雑務しかできませんでした。

 母は『()()でいいのに、何処で育て方を間違ったのか?』と兄の顔を見るたびに、ため息をついていました。



 青井はため息をひとつ吐き、話しを続けた。



 ―――私が店を手伝うようになってしばらくして、兄の様子がおかしいのに気付きました。

 誰もいない場所でブツブツと独り言を言っていました。

 よく聞くと誰かに『ごめんね。出来ることはするから、成仏して……』と何かに謝っているような……でも『成仏』って……余りにも不気味だったので、母がよく言っていた『()()じゃないから』と、私は見なかったことにしました。


 でも、店で頻繁に独り言で『ごめんなさい』『成仏してください』と言うようになり、お客様にも怖がられて……病院に連れていきました。

 医師には『ストレスでしょう。ゆっくり休めばよくなります』と言われ、その後は家に籠るようになりました。


 秋葉さんにも話しをしましたが、実は従兄弟のたか兄は10年に交通事故で亡くなっていて、そのたか兄が居るって言い始めたのです。

 たか兄は社交的で友人が沢山いました。頭もよくスポーツもできた人で兄の憧れの人でした。たか兄が交通事故で亡くなったとき、兄は自分も死ぬと言って聞かなかったのです。ようやく落ち着いたと思ってたのに……

 ……『たか兄が明け方に遊びに来た』と言い出してから、『明け方までずっとたか兄と話をして、すごく楽しかった』、そのうち『今度、たか兄と一緒に出掛けてくるよ』と言うようになって……居るはずがないのに……最近は『たか兄と一緒に行ってくる』って言いながら家を出て行こうとするんです。

 病院にも連れて行ったのですが、診断結果は変わらず『ストレスだろう』と……親戚に頼んで今は交代で見張っている感じです。

 日が昇ると寝てくれるのですが、昼頃に起きだしたかと思ったら頻繁に外出するようになって……もうどうしたらいいのか分からなくて………。



 葛藤と怒りが入り交じり、疲れきった彼女の心は兄から離れようとしていた。

 何とか冷静さを保とうとしているが、彼女も限界なのだろう。



「分かりました。一度お兄さんと話をしてみましょう。明日秋葉と一緒に伺います。それまでは彼を絶対に独りにしないようにしてください。それが彼を救う条件になります」


「……ずっとは無理です。私もいろいろ自分の用事があるので……」

 青井は席から立ち上がり深々と頭を下げると、

「お願いします。兄を助けてください」


 灯魄はこれ以上は無意味と判断して、頷くだけにとどめた。


 奥の扉から出てきた秋葉に灯魄は声をかけ、ついでに『指示』を出した。

「明日、秋葉も一緒にお兄さんに会いに行くから、今日のところは青井さんを家まで送って・・・『様子を探るように』」



 青井を送り届けた秋葉は直ぐに灯魄の執務室に戻ってきた。

「詳しく事情を聴きましょう」

 灯魄はデスクチェアに座ったまま秋葉に説明を求めた。

「青井つくしの兄は《MAKAFUSHIGI》で【鎮魂の護符】を今まで大量に注文してる。主様にお願いした護符がそれ。さっき探りを入れてみたら、家業の焼肉店で護符を使用してた。はじめは()用だった。仕事とはいえ命を頂く代わりに魂を慰めたいと始めたのがきっかけで、今では関係ない不浄な怨念までが彼のところにうじゃうじゃと集まってきているよ」

「彼は良かれと思って護符に手を出したが首を絞めたと・・・なるほど。それが『ごめんなさい』『成仏してください』に繋がるわけですね」

 灯魄は全体を把握して、一度秋葉を返した。



 翌日、秋葉と灯魄は青井の兄を訪ねた。

 待ち合わせの時間より早目に着いたが、既に青井つくしが家の前で待っていた。






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