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本日は解呪日和  作者: 朱潮 一初
新古書店街

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34/51

34.終結

 ベッドの上で目覚めた凛生彩は、右手を時雨が、左手を福豆が握っていたことに破顔した。


 それぞれに目を合わせながら声を掛けた。

「おはよう……時雨。おはよう……福豆」

「おはようございます。凛生彩様」

「あい!・・・グスッ・・・」

「福豆、泣かないで……」

 ニ鬼は凛生彩にしがみつき、凛生彩もニ鬼を抱き締めた。


「凛生彩様が目覚めたあと、『しっかり休んで、体の調子が戻ったら教えて欲しい』と主様から伝言です」

「あい!!」

「ぐっすり寝たから体調は大丈夫よ……主様に起きた事を伝えに行くのかな?」

「はい。今から執務室に行って参りますので、凛生彩様はこちらの‘力彩の水’をお飲みください」

「……力彩の水?」

「はい。凛生彩様用に主様が錬成されたと聞いています」

「そうか……主様が……飲んだら絶対に元気が出るね! ありがとう……」

 時雨から手渡された薬瓶のコルクを キュキュッ スポッ と抜いて、

「いただきます………ゴクン……」

 ‘力彩の水’を飲んだ凛生彩の身体がふわりと光り、眠りだけでは取り切れなかった奥底に残っていた疲労を一気に破散させた。

「すっごい!……軽くなった!!」


 コン コン コン・・・控えめのノックがした方に凛生彩が視線を向けると、

「よかった・・・目覚めたのですね」

 寝室のドアに寄りかかるように灯魄が立っていた。


「先生!おはようございます……あれっ?まだ……」

 時雨と福豆は凛生彩の側でキョトンとしていた。

「凛生彩が目覚めた気配がしたので、来てしまいました」

 悪戯っ子のように笑う主様は容姿相応の女性に視えた。


 リビングに移動した灯魄と凛生彩はソファに向かい合わせに座った。

「先ずは、凛生彩が画の作成のためにこの部屋に籠もってから、気絶するように眠っていたこの約8日間の話しをしましょう」

「………へっ?……8日?…ですか?」

「はい8日間です。画の作成のために費やした5日間は一睡もしないで描き続けていたと琴と桜から報告を受けています。気絶するように眠り続けていた3日間はピクリとも動かずにいるので、時雨と福豆が何度も呼吸と脈を確かめたようです」

「あれっ?さっきの手を握ってたのは脈を確かめてたの?」

「はい!」

「あい!!」

「そうなんだ……心配かけてごめんね。もう大丈夫だからね」

 時雨と福豆はニコニコと笑顔で何度も頷いた。

「私の体感では画の作成のために2日、睡眠に1日だと思っていました」

「そうですか・・・それだけ集中力が高まっていたのでしょう」


 灯魄は話しを元に戻した。

「画を作成するためにこの部屋に入ってから術式の発動までの間、外からの干渉を最小限にしていたため、時間の流れが今までのそれと違って感じたのでしょう。術式の発動に関しても凛生彩が視えたままの術式を刻んでいたので・・・いや正確に言うと視えていた以上のより繊細な術式を刻んでいました」

「……ん?それはどういう事でしょうか?」

「祈祷師が刻んだ術式は、自己保身と自己欺瞞の要素が強く反映されていたために、あのままでは不発に終っていました。しかし、凛生彩が描に施した術式は純真な心で刻んだことで、より正確により早く発動しました。しかも凛生彩の想いも加味されて、既に二人の魂は輪廻を経て巡り逢い、ご縁は固く結ばれました」

「本当ですか?……お二人は結ばれたのですね……感慨深いです」


 凛生彩が描いた場面は依頼主のどの記憶にもない情景だった。心が動くままに筆を運んだ結果が二人のご縁に結びついた。


「先生、ひとつ質問しても良いでしょうか?」

「どうぞ」

「龍神様の『・・・赦す』が聴こえたとき画の中の龍神様の目が一瞬動いて、目が合った気がしたのですが、私が何か龍神様の気に障ることをしたのでしょうか?」

「ああ、その事ですね・・・画を描き上げた者が、どのような娘なのか少し興味を持ったようです。釘を刺しておきましたので気にしなくて大丈夫ですよ」

 微笑む主様に逆らえるモノはいないだろうと、凛生彩は守られている事に感謝をしつつ胸を撫で下ろした。


 守られていると言えば、ふと思い出した凛生彩は、

「先生、お礼を言い忘れました。‘力彩の水’をありがとうございました」

「身体に馴染んだようですね」

「はい。身体が一瞬光って、光が収まった時には心身が軽くなっていました。時雨から私用に錬成したと聞きました」

 凛生彩は手に持ったままの緑色のガラス瓶を視界に入れた。


「あれは、【下弦の月の雫】から凛生彩用に錬成しました。効能としては〈癒し〉〈解放〉になります」

「〈癒し〉は何となくわかるのですが、〈解放〉とは? 私は何から解放される必要があったのでしょうか?」

「凛生彩は依頼主の記憶に存在しない架空の画を描きましたね。そのことで『あれで正解だったのか?』『もっと他の方法があったのではないか?』『自分以外の人ならもっといい結果になったのではないか?』など、自己肯定感が低いままの凛生彩なら、自分の功績を認めようとせずに自己否認をしかねないと思いましたので、凛生彩の【負の感情】を解放しました」

「…………………」

 凛生彩は驚きで言葉を紡げずにいた。


「今回、凛生彩の画に救われた魂があるのは確かです。それで良いのですよ。依頼主は自分の見たいものだけを見て記憶した。実際、彼の記憶が正しいかどうかもわからないですし、彼が刻んだ術式も非常にお粗末なものでした。それを凛生彩が心血を注いで画に刻み込んだことで最高の結果になったのです。むしろ誇ってください・・・凛生彩が気に病む必要は全くないのですよ。そもそも正解はないのでね」


 灯魄はゆっくりと立ち上がり、ソファに座ったままの凛生彩に歩み寄り、包み込むようにそっと抱き締めた。


「…………賛辞を……ありがとう、ございます……」

 凛生彩は今までに経験したことがない、包み込まれた温かさに静かに泣いた。


 凛生彩の傍に控えていた時雨と福豆は鼻をすするのを我慢しながら、音を立てずに静かな拍手を贈り続けた。



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