32.悔恨
キャンバスの前に静かに座した凛生彩は、依頼主に意識を同調させた。
『これは依頼主の記憶……………』
――私は帝に召し出され、御前に参上した。
近年稀にみる日照りため、作物が育たず疫病が流行り人々の生活に支障が出ていた。【日照りの原因を究明し干ばつを早急に解決するよう】勅令が下りた。
――私は祈祷師として、北の地の湖で眠る龍神を目覚めさせれば雨が降る。
【目覚めの儀式】を行うように帝に献策した。
――音色と舞が強く共鳴し合い響くことで龍神を目覚めさせることができる……はず。
――儀式の要は、龍神の意識を惹くための奉奏と贄の神楽。
贄として供えるのは龍神の目を惹く巫女。
――私は贄となる娘と奉奏者を選ぶ積を負った。
呪術に精通する家系から、巫女神楽を舞うことができる娘を一同に呼び寄せた。
その中にあの娘がいた。
――奉奏者も無事に選び終え、奏者と娘の顔合わせをした。
しかし、当日現れた奏者の青年を見た時、私は驚愕した。
何故なら私が選出した者ではなかったのだ。
奏者が青年に変更になった経緯を、帝の表情を見た瞬間にすべてを把握した。
【帝の戯れ】……帝は知っていたのだ……何てことをするんだ……
私は奏者が変更になったことを、この瞬間まで知らされていなかった。
奏者が青年になると知っていたら絶対に反対した。
なぜなら二人は互いに恋慕の情を抱いていたから……。
儀式の成功の鍵は【共鳴】。
娘は龍神を目覚めさせるために命を捧げる贄としてのお役目がある。
想い合っている二人が冷静でいられる保証はない。
しかし時すでに遅し……決定は下されてしまった。
――私は帝の勅命を請け、祈祷師として地位が確立された……はずだった。
何処で道を誤ったのだろうか……。
私は自分の利しか考えていなかった。
私には特別な力が授けられていると思い上がっていた。
奉納日前夜に、娘と面会した。
娘には( 贄として選ばれ、民を救う栄誉を与えられたのだから光栄に思え )と伝えたが、娘は帝の勅命には逆らえないと全てを諦めたようだった。
( 何故選ばれたことを名誉に思わない、族親達は一族の誉と喜んでいる )
いくら言葉を尽くしても、娘の心には響かなかった。
( これは本当に龍神様のお望みでしょうか?…… )
娘に真っ直ぐな瞳で問われた……私は答えられなかった。
私は帝の命で儀式を行い龍神を目覚めさせ民を救うことが崇高な使命であり、それに関わることは名誉なことであり喜びであると……疑うことなく今日を迎えていた。
しかし、娘にも青年にも龍神にも、真の当事者である彼らに何一つお伺いを立てていない……と気づいた。
【 傲慢の極み 】
――初めての疑念が浮かんでしまった。
――本当にこれでよかったのだろうか?
あの娘一人に重責を背負わせてしまった。
しかも彼女が恋しく想っている青年の笛の音に合わせて最期の神楽を舞うことになるとは、何とも残酷な運命か……
今更儀式を止めることはできない。
私にできることは何か残されているだろうか。
罪滅ぼしには到底なりはしないが、せめて二人の願いを聞き叶えたかった。
――娘に聞いた。願いはないか……と。
娘の願いは、もし来世があるならば、この叶わなかった恋慕の情をあの人に伝えたい……もし寄り添うことが許されるなら永遠に共にあることを願った。
――彼女の魂が輪廻し青年と再び巡り逢い、共に添えるように願いを込めて、羽織りに赤い刺繍で蘇りの【不死鳥】の術式を刻んだ。
――横笛を奉奏する青年に聞いた。願いはないか……と。
青年の願いは、恋する娘が最期に苦しむことなく、魂が黄泉に召されるようにと……願わくば来世では穏やかな時を共に過ごし、歳を重ねてゆきたいと……………
――青年の奏でる横笛の音色を道標に、娘の魂を呼び寄せる術式を横笛に刻んだ。
望めば再び二人の魂は巡り逢い、永遠を誓えば如何なる権力にも屈することなく、如何なる理も二人の縁を分かつことがないように術式を施した。ただし、直ぐには発動させない。新たな縁を結ぶためには二人の縁者が居ない未来の世界でなければならない。
「……………術式……」
凛生彩は何かを掴みかけていた。
その瞬刻、くぐもった声が凛生彩の鼓膜を震わせ、意識がその声に引っ張られ深く沈み込んでいった。
――『酷いことをする。我は望んでいない』
龍神は北の地を見限った。
私は龍神を怒らせてしまった。
龍神が去ったあとの湖は枯れ、龍神が向かった先の地域は大水害となり、国の被害は甚大なものとなった。
――この儀式は誰にも恵みをもたらさなかった。
儀式は失敗に終わり、帝は龍神を怒らせ大災害を引き起こした暗愚の帝となることを恐れ、それらを隠すために箝口令を敷いた。
――歴史から全てが消された。
関係者たちは全て処罰された……私を含めて。
権力者達の傲慢が生んだ過ちを教訓としてこの画を遺すことが我が使命となった……これもまた傲慢。
――歴史から抹殺された話
贄の娘、奏者の青年、龍神の存在がなかったことになるのは不憫でならなかった。
自らの過ちとともに、彼らの痕跡を後世に残さなければならないと思った。
龍神様の存在を、伝説ではなくではなく実在すると伝えたかった。
そして、依頼を出した。
――発動条件はもう一つの世界で【三者が揃う世界】が完成すること。
凛生彩は声を上げた。
「掴まえた!」
【三者が揃う世界】
あの瞬間を描き出すことができれば……術式が発動して娘と青年は再びご縁が繋がる。
そこに龍神様の【赦し】があれば、未来永劫ご縁は固く結ばれ二度と解けることはない。
「……待っててね!!」
凛生彩は未だ返しができない彼らに向かって呼びかけた。
凛生彩は掴まえたそれを逃さないようにキャンバスに向き合った。
【満月】【湖】【篝火】【神楽を舞う巫女】【横笛を奉奏する青年】【龍神様】
どれか一つでも欠けたら術式が発動しない。
「私が出来る所までやり切らないと……先生に渡せない」
凛生彩は舞台の上で、娘が青年を見つめながら彼の奏でる音色に合わせて妖艶に舞う姿を描いた。
彼女は優しく微笑みながら、楽しそうに彼の音色を全身で受け止めていた。
青年は自分の恋慕を音色にのせ彼女に届けた。錦に輝く音色は彼女の周りを優しく包み、愛おしそうに彼女の頬を撫でた。
龍神様は湖から躯体を昇らせ舞台の上にいる娘と青年を見下ろし、二人から捧げられている神楽を目を細めて堪能していた。
「……あとは………巫女の白い羽織りに朱色で不死鳥の術式を………」
凛生彩は依頼主の記憶で視えた術式を羽織に描いた。
「…………横笛に術式を……」
続けて横笛に音色が道標となる術式を描いた。
「私にできることはここまで………」
凛生彩は描き終えたばかりのキャンバスから静かに離れ、琴と桜に目配せをした。
承知したと言わんばかりの二人は頷き静かに姿を消した。




