28.恩義
凛生彩が時雨と福豆を連れてトランクルームに荷物を取りに行っているその頃、冥府に渡っていた灯魄はある仕事の依頼を請け負っていた。
仕事の内容は、依頼主の【記憶を描く】ことだった。
今までの灯魄なら請け負わない仕事だった。
正確には請け負えない仕事・・・凛生彩がいるから請け負える仕事だった。
『凛生彩が手元にきた瞬間にこの依頼。まるで何かの意図が働いて、凛生彩に描いて欲しいと乞い願ったようだな。まぁ、この依頼は凛生彩の初仕事として相応しいから今回は甘んじて請けようか・・・今回だけだぞ・・・』
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『ようやく記憶を、画にして遺することができる』
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《縁紡ぎ》に戻った灯魄は、琴と桜にキャンバスと画材を執務室に用意させた。
「琴、桜。ありがとう。あとは歓迎会の準備をしながら凛生彩の帰りを待ちましょう」
琴と桜が執務室を出ると、独りになった灯魄はデスクチェアに座り、真白なキャンバスをジッと眺めていた。
「凛生彩は記憶のどの光景をきり取るのだろうか・・・あのキャンバスにどのような景色を描き出すのだろうか、彼女の目にはどのような色に視えるのだろうか・・・楽しみだ」
灯魄は独り言を呟きながら、請け負ったばかりの依頼主の《記憶の痕跡》を辿っていった。
西の空が茜色に染まる時分、灯魄は裏口の結界に小鬼の気配を感じた。
「ただいま帰りました!」
微かに聞こえてきた元気な挨拶に、凛生彩は約束通り『ただいま』を言えたようですね。灯魄は満足気にほくそ笑んだ――善い哉。
「凛生彩さん、おかえりなさい」
「お疲れ様でした。凛生彩さん」
琴と桜が裏口で凛生彩を出迎えていた。
「主様は執務室にお戻りになっています」
「一汗流したら食事室へお越しください」
「わかりました。お風呂に入ったら食事室? に行きます。時雨、福豆。部屋まで案内して!」
凛生彩は時雨と福豆に誘導してもらわないと建物の中の部屋から部屋へと移動することができなかった。ビルの中は空間の歪みが所々あり、凛生彩が歪みを見つける度に立ち止まり道を探して移動するよりも、二鬼に付いて行った方が順調に進むことを、凛生彩は数刻前に学んでいた。
うっかり歪みに凛生彩が触れてしまうと、違う次元に飛ばされてしまう可能性があった・・・数刻前、スキップしながら裏口に向かった凛生彩が歪みに触れてしまい、異空間に飛ばされそうになったところを、既の所で時雨と福豆が慌てて凛生彩の服をつかんだことで大事には至らなかった――という事実を、主様には黙っておこうと二魂迎行者と二鬼は合意した。
凛生彩は部屋に戻り荷物を置くと、急いでシャワーを浴びた。
「早く先生に会ってお礼を言わないとね。荷物を片付けるのはゆっくりでいいしね!」
シャワーを浴び終わった凛生彩は、食堂室に移動するために大人しく二鬼に付き従って歩いていた。
「時雨、福豆。ありがとうね。……さっきはごめんね。勝手に歩いて大変な事になっちゃって……」
「凛生彩様は悪くありません。申し訳ありませんでした」
時雨は深々と頭を垂れた。
「凛生彩様に説明しなかった僕たちが悪いのです・・・ごめんなさい」
ペコリと福豆が頭を下げた。
「もう……二人とも大好き!」
凛生彩が二鬼を抱きしめた。
腕の中の二鬼は、初めての人肌の温もりに戸惑いと喜びを感じていた。
食堂室のドアをくぐると、すでに灯魄が円卓に着座していた。
琴と桜が食事を運び込み、凛生彩と時雨と福豆がテーブルに料理を並べていった。
「さぁ、全員座ってください。凛生彩。ようこそ我が家へ」
灯魄が歓迎の意を表した。続けて、
「「ようこそおいでくださいました」」
琴と桜が歓迎の意を表した。
「このたびは迎え入れていただきありがとうございました。素敵なお部屋をありがとうございました。これからもよろしくお願いします…………グスッ」
凛生彩は泣くまいと心に決めていたが……やはり無理だった。今日だけは嬉し泣きを許してもらおうと笑顔で涙を流した。
「時雨、福豆。良い名を与えられましたね。これから凛生彩をくれぐれもよろしく頼みます」
灯魄が声をかけると二鬼は深々と頭を下げたまま、膝が震えるのを必死に堪えた。
『主様は全て知った上で・・・』閻魔様より恐ろしいかもと一瞬頭をよぎったのを、二鬼は自ら気付かない振りをした。
「好きな人たちと食卓を囲むのはいいですね……」
しみじみと凛生彩は幸せを噛み締めていた。
「それは何より・・・今日は皆で喜びを分かち合いましょう」
灯魄の呼びかけに皆は呼応した。
「「「「はい」」」」
「・あぃ!」一拍遅れて福豆が元気に返事をした。
色とりどりの料理を思う存分に堪能し円卓を囲む面々を見ながら、凛生彩は疑問に思ったことを口にしてみた。
「質問してもいいでしょうか……」
「どうぞ」灯魄が続きを促した。
「皆さんはお腹は空くのですか?」
「空かないですよ。恐らく私達が食べなくていいのを凛生彩は理解したうえで質問をしていますね」
「……はい」
凛生彩は座り直して姿勢を正した。
「通常であれば必要ありません。元来食事を摂取する必要はないのですが、結界の外で活動する場合や、結界の外からくるヒト属と関わるときに多少なりとも影響を受けるので、此岸のモノを取り込むことでその地に魂が馴染みやすくなるのです」
灯魄は二魂迎行者と二鬼を確認するように見渡した。
「……人とは理が異なるからか……なるほど……納得です」
独りごつように頷きながら、凛生彩は灯魄の説明を把握した。
「時雨と福豆は今日来たばかりですので、少しずつ此岸に馴染んでいくいいでしょう」
「はい」
「・あぃ!」
「時雨、福豆。一緒に美味しいものをたくさん食べようね!」
「はい!」
「あぃ!!」
『昔馴染のように仲良しですね』――善い哉。
元気に返事をした二鬼と凛生彩を優しい眼差しで灯魄は眺めていた。
食事が終わり、皆で手分けをして片付けをしていると、
「凛生彩さん、片付け終えたら今日はゆっくり休んでください。時雨、福豆。あとは頼みましたよ・・・私は先に執務室に戻ります。皆、おやすみなさい」
「……先生!…………おやすみなさい!」
凛生彩は元気いっぱいに『おやすみなさい!』と挨拶をした。
言葉をどれだけ重ねても足りないくらいの恩を凛生彩は感じていた。これから自分のできることを精一杯して恩返しをしていこう。いまは何も語らずとも、主様なら気持ちを全て承知しているだろうと思い、凛生彩は敢えて言葉を続けなかった。
「時雨、福豆。そろそろ部屋に戻ろう……琴さん、桜さん。おやすみなさい!」
「凛生彩さん、おやすみなさい」
「凛生彩さん良い夢を」
「「おやすみなさい」」
凛生彩は「おやすみなさい」の挨拶を交わしたのは何時振りだろうか……「おやすみなさい」と声を掛け合うだけでとても心が満たされていく……今まで人間らしい生活をしていなかったんだなぁ……とヒト属とは違う種族の温もりで思い知らされるとは考えてもいなかった。
部屋に戻り寝間着に着替えると凛生彩はベッドに飛び込んだ。
「ふかふかで気持ちいい……」
ベッドの心地よさに充足感を感じた凛生彩は、壁際で控えている時雨と福豆を手招きした。
「時雨と福豆は何処で寝るの?」
「・・・寝る?」
「・・・寝るとは?」
二鬼は突然質問されて困っているようだった。
「教えてほしいんだけど、鬼は眠るの?」
「個体差はあると思いますが、横になって目を瞑ることはします。それを“眠る”という概念なら凛生彩様が言う寝ることと同義になるでしょう・・・か?」
時雨は思いつく限りの言葉を尽くした。
「時雨、説明をありがとう……今まで考えもしなかった事を急に質問されると驚くよね。そうか……鬼は“眠る”という行為自体に重きを置いていないんだね」
凛生彩は時雨の横で「・・・?」と思考を止めている福豆も“眠る”に近い状態なのかもしれない……と解釈した。
「少しずつ、時雨と福豆の事を教えてね。改めてこれからよろしくお願いします」
凛生彩はベッドの上で正座をして手をついて挨拶した。
時雨と福豆も見様見真似で「「よろしくお願いします」」と手をついて挨拶をしていた。
一人と二鬼の生活が始まった・・・灯魄はその様子を陰ながら見守っていた
――善い哉




