24.待人
コロ~ン コロ~ン コロ~ン・・・ドアベルの音が鳴る
「「喫茶室《縁紡ぎ》へようこそ」」
琴と桜が凛生彩を出迎える。
「おはようございます。琴さん、桜さん」
凛生彩は背中を覆うような大きめのリュックを席に置き、ふ〜っと一息ついた。
―メニューをどうぞ。桜がテーブルにメニュー表を置くと凛生彩に問うた。
「永乃さん、身体がつかれていませんか?」
「……わかりますか?面白い話ではないのですが……実家を捨てました」
凛生彩は苦笑いしながら敢えて言葉に出して言ってみた。家を出たあと初めて口にした現実は凛生彩の心に何も影響していないことを改めて確認できた。
「寝不足ですか?」
「……はい。今ビジネスホテルに滞在しているのですが、ベッドと枕が合わなくて。もう暫くすれば慣れると思うのですが……心は元気ですので乗り切ります!」
「そうでしたか・・・まだ住まいは見つからないなですか?」
「なかなか納得できる所がなくて……何かを妥協すれば直ぐに契約できるところは数件ありますが、折角なので自分がいいと思える所にしたくて、いろいろ模索しています……」
カバンから取り出した不動産物件のチラシの束には沢山の書き込みがされていた。
「少し気が張っているようです。何か召し上がりませんか?」
琴が心配そうに声を掛けた。琴が【思いやり】を持った。共鳴している桜も【思いやり】を持った。
「……そうですね。空腹なのを忘れていました……」
凛生彩はメニュー表を見ながら【カウンセリング承ります・・・万家 一左】が再び目に止まった。
『……食後に予約をお願いしてみようかな』
琴は読心で読み取った凛生彩の思考を桜と共有し、二人は目配せをしながら注文を待った。
『今回、先走ったら即消滅だから気をつけて・・・』
『ええ、あの恐怖は二度と味わいたくないから気をつけるわ・・・』
――随分と物騒な話しをしているなぁ…と凛生彩は二人の念話を聞きながら、
「桜さん、オムライスとコーヒーをお願いします」
「はい。オムライスとコーヒーですね。お持ちします・・・」
桜の注文復唱と、奥のキッチンから琴がこちらへ戻ってきたのはほぼ同時だった。
「お待ちどおさまでした。オムライスとコーヒーです。オムライスの卵は固めにしています」
琴はテーブルにオムライスとコーヒーを置き、会釈をして隣のテーブル席に座り手仕事をはじめた。
『琴さん、卵にしっかり火を通してくれてありがとうございます。いただきます!……聴こえていますよね』
凛生彩は悪戯心で心の中で琴にお礼を述べてみた。横目で琴を視たら琴と目が合い、二人は笑顔で目礼を交わした。
『……温かい食事は心と身体の緊張をほぐすなぁ』と思いながらオムライスを完食した凛生彩は、桜に声を掛けた。
「このメニュー表にある【カウンセリング・・・】ですが、受けたい場合はどうしたらいいでしょうか?」
桜は逸る気持ちを抑えながら、結論を急がずに凛生彩の意向を優先にしようと思いながら、
「カウンセリングをご希望でしょうか?」
「そうですね……ここ最近いろいろあったので、答え合わせと言いますか、何か道標が欲しいなと思っています」
「それでしたら、求めてください・・・きっと・・・あっ」
言葉を途中で切った桜を見ると、琴と桜は立ち上がり深々と礼を執っていた。二人が頭を下げている先に凛生彩が視線を向けると……、
「……えっ……」
そこに存在しているモノの瞳から目が離せなくなった凛生彩は、続く言葉を失った。
「凛生彩さん、こちらの方が《万家 一左先生》です」
桜は凛生彩に紹介をした・・・が、凛生彩はまだその瞳から目を離せないでいた。
「琴、桜。お疲れ様でした。ここからは私が請け負いますから下がってください」
「「わかりました」」
琴と桜が静かに奥へ消えていった。
灯魄は凛生彩の正面へと移り、
「はじめまして…万家 一左です。お名前をお伺いしてもいいですか?」
灯魄は《和名:万家一左》の名乗りを上げ、しばらく様子を伺うことにした。
「はじめまして?……凛生彩です。身勝手ながらこのたび“姓”を捨てましたので、不躾ではありますが凛生彩とお呼びいただければ嬉しいです!」
凛生彩の瞳を逸時も離さずに視ていた灯魄は、
「貴女は何も変わっていない・・・よかった。瞳に濁りがなくて」
――賢いこの娘ならこの言葉で理解するだろう。
「やはり以前にもお会いしていますよね。……嬉しい。瞳を視て声を聞いたとき、初めてお会いした感じではなく、魂が“昔馴染”だって……再びお会いできたことに感謝いたします」
凛生彩は丁寧に礼を執った。
「覚えていましたか・・・」
「……はっきりではありませんが、幼い時から何か大切な、自分の欠けた一片を探しているような……そんな感じがしていました」
「そうでしたか・・・貴女は変わらず貴女のままでした」
満足気に灯魄は僅かに口角を上げた。
何の脈略もなく会話の流れがないまま、唐突に灯魄は言葉を掛けた。
「よく頑張りました・・・えいな」
「……はい!頑張りました!」
……そう……私は頑張った……本当に頑張った……。
一番言って欲しいと願い続けてきた言葉を贈られた瞬間、喜びで心が満ち満ちて、全ての労苦が浄化され消えてなくなるのを凛生彩は感じていた。
「もう、思い残すことがないくらい幸せです」……『いつ死んでもいい』と思えるくらい凛生彩は幸せだった。
「死んでもいいとは・・・それは駄目ですよ」
「……へっ?……『死んでも』って口にでていましたか?」
「いいえ・・・ふふふ・・・ようやく自分の人生を自分で決められるのです。まだ冥府には連れていきませんよ」
灯魄は凛生彩の元魂迎行者で、魂の悠久の旅を導き続けてきた古からの結び付きがあった。
「これから、解呪を始めましょう」
「……はい。よろしくお願いします」
「凛生彩の魂は“言霊”により【呪縛】されています。【解呪】しましょう。呪縛をし掛けた者が誰だかわかっていますね。今回も自分でできそうですか?」
「……今回もできるかはわかりませんがやってみます。もし迷ったときはお導きください」
「わかりました。凛生彩が迷ったときは導きましょう。安心して話しを始めてください」
「……はい」
凛生彩は【呪縛】の元凶、祖母の話を始めた。
―――母親の実家は佐渡島にありました。




