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本日は解呪日和  作者: 朱潮 一初
新古書店街

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21/51

21.再来

 家に着いた凛生彩は、リビングにいる両親に見つからないように素早く自室に入った。親に見つかると碌なことしか言われない。


 しかし、凛生彩の気配を察した母親が、ノックもせずに凛生彩の部屋のドアを開けて言い放った。

「ただいまくらい言えないの!」

「……ただいま」

「ただいまじゃないわよ……まったく……」

 ドアを乱暴に閉めて廊下をドンドンドンドンと重圧を掛けながら歩き去っていく母親に、凛生彩はため息しか出なかった。


『今日は素敵な出会い(ご縁)があって気分が良かったんだけどなぁ……』

 凛生彩は先ほどまでいた喫茶室《縁紡ぎ》を思い出して、すぐにでも引き返したい気持ちになっていた。


『私が何を言っても気に食わないんだから、何も聞かなければいいのに……結局、文句を言いに追いかけてきただけだな……早く家を出ないと……』

 凛生彩が物心が着いたころから母親はこの調子だったから、諦めることで自分を守るしか術がなかった。


 学校を卒業後、家を出るチャンスはあった……だが認められなかった。

『家業を手伝わないなんて、なんて親不孝な子だろうか……育ててもらった恩を感じないなんて信じられない……なんのために今まで高い学費を払ってきたと思ってるの……』

『お母さんが内定を断っておいたから……ここまで教育(投資)してきて何でよその企業に取られないといけないのよ』……云々。

 その時の凛生彩は抵抗する気力を失っていた。


 実家の家業を手伝っている凛生彩は、家を出るためには外での稼ぎが必要になるとライターやイラストレーターなどの仕事をフリーで請け負っていた。

 凛生彩は家を出て自立することをどこかで諦めたくなかった。何かと理由を付け、親に文句を言われても独りで生きていく道を模索し続けていた。


 しかし、凛生彩が家を出るための難題は親の【執着】だった。


 ある日、フリーランスの打ち合わせを終わらせて帰宅すると、

「あなた宛てに封筒が届いていたわよ。部屋の机の上に置いておいたから……」

「……わかった。ありがとう」


 勝手に私の部屋に入ったことを咎めたりしないのは、言っても無駄だったから……かつては母親に分かってもらいたくて訴えたことが何度かあった。

『何で勝手に私の部屋に入るの?止めてって言ったよね……』

『何言ってるの?親が建てた家に住んでおきながら生意気よ。この家はお母さんがお父さんを支えて、お母さんの苦労があって建てた家なんだから、全部お母さんのものなのよ!』

 ある意味、母の脅威を再認識した会話だった。この会話以降は、母親に期待するのを止めた。


 凛生彩は部屋に戻り、机の上に置かれた封筒を見た。

『……また開封されてる』これも当たり前だと母親は悪びれることはないだろう。

 封筒は仕事先から送られてきた資料だった。凛生彩は封筒を持ったままリビングにいた母親に声をかけた。

「封筒が開封されてたけど……」

「あっ、それね。あなたには無理だろうから断っておいたわ。あなたが先方に迷惑を掛ける前でよかったわ……感謝してね!」


 凛生彩は一瞬の間、血の気がサッと引きその反動で一気に頭に血がのぼった。

 刹那、「いい加減にして!私はあなたの所有物じゃない!」


 部屋に戻りカバンを乱暴に掴むと、そのままの勢いで家を飛び出した。

「何をあんなに怒っているのかしら……バカな子ね」

「……直ぐに帰ってくるさ」

 父親と会話する声が玄関を出る凛生彩の耳にかすかに届いた。



 ▷▷▷



 家を飛び出した後、凛生彩はどこをどう歩いてきたのか覚えていなかった。しかし、『《縁紡ぎ》に行きたい』と願い続けていたのだけは覚えていた。


 凛生彩を覆う空気が変わった。


 凛生彩はその空気をしっかりと捕えた……『これで《縁紡ぎ》に辿り着ける』と確信を持った。

 『このまま歩き続ければ導いてくれるはず……私はただ従えばいい……考えるな……従え……考えるな……従え……』


 どれくらい歩いただろう。突然目の前に【喫茶室《縁紡ぎ》】の看板を掲げた白いビルが現れ、それを見た凛生彩の瞳からは涙が溢れでた。

『お導きをありがとうございます』

 凛生彩は胸の前で両手のひらを合わせ、心のなかでまだ視ぬ主に向かって感謝をのべた。



 コロ~ン コロ~ン コロ~ン・・・ドアベルの音が『よく来たね』と鳴り響く。


「……すいません……開いてますか?」

 《縁紡ぎ》に辿り着きたい一心で何も考えずに、勢いでここまで来てしまった凛生彩だったか、冷静になってみると時刻は22時を回っていた。


「喫茶室《縁紡ぎ》へようこそ」

「いらっしゃいませ。永乃さん」

 琴と桜が恭しく凛生彩をお迎えした。


「琴さん、桜さん。遅くにすいません。閉店時間まであとどれくらいありますか?」

 少しの時間でもいいから凛生彩はここにいたかった。


「永乃さんが居たいだけ居たらいいですよ」

「好きなだけ居ていいですよ」


 二人の返答に凛生彩の瞳から涙が再び溢れ出して止まらなくなった。

「……ごべんなざい……おぶだりはぁ…グズっ…やざじぃ……」


 琴は凛生彩の涙をハンカチで拭いながら、椅子を引いて凛生彩に座るように促した。凛生彩が席に座ると、

「ホットミルクです。温まるのでゆっくり飲んでくださいね」

 桜がテーブルにカップを置いた。


 涙でグズグズの凛生彩は、頭をうんうんと縦に振り謝意を表した。

 甘いホットミルクを飲み少し落ち着いた頃、

「琴さん、桜さん。突然来て、見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

 凛生彩は深々と頭を下げた。


「大丈夫ですよ。この《縁紡ぎ》はご縁が繋がった方の居場所です」

「ご縁が繋がった方はいつでも来ていいのですよ。私たちはこれから作業がありますが、永乃さんは私たちを気にせずに、ゆっくりしていってください」

 二人は凛生彩に優しく微笑み、隣のテーブル席に座りそれぞれに何やら手作業を始めた。


 凛生彩は家を出た時に握りしめてきたカバンの中を確認した。

『財布と今日打ち合わせした仕事の資料と……スマホは?充電器に挿したままだ……』

 カバンから仕事の資料を取り出し、メモを書き込みながら時間を過ごした。

 凛生彩はスマホが手元になくても焦らなかった。親からの連絡を気にしなくていいから、独りになりたい時は意図的にスマホを持ち出さない時もあった。


『はぁ……静かでいい……』

 ふとテーブルの横に立て掛けてあったメニュー表が気になって手に取って見てみた。


 【カウンセリング承ります・・・万家 一左】


 『……あれ? 前回見たメニュー表には書いてなかったような……』

 凛生彩は手作業を終わらせていた桜に声をかけた。

「桜さん、すいません。お聞きしたいことがあるのですが……このカウンセリングというのはこちらでおこなっているんですか?」

「はい。万家(よろずや) 一左(いっさ)先生がおこなっています」

「……そうなのですね…『一左先生か…』」

 そのままこの話が展開されることはなかった。


「……明日仕事があるので今日は帰ります。これ以上ここに居たら帰れなくなりそうなので……本当にありがとうございました」

 凛生彩は快く迎えてくれたこの空間も二人のことも好きになっていた。


「「夜道、お気をつけて」」

「はい!」


 凛生彩は大きく深呼吸をしてドアのノブに手をかけ、勢いをつけて外へ出た。


 コロ~ン コロ~ン コロ~ン・・・ドアベルの音が鳴る。


『いつでもここで待ってるよ』





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