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本日は解呪日和  作者: 朱潮 一初
新古書店街

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20/51

20.心穏

 喫茶室《縁紡ぎ》からの帰り道、永乃(えいの) 凛生彩(りいあ)の足取りは軽かった。


 人や物の怪(もののけ)の類に邪魔をされないで、ゆっくり時間を過ごすことができたのは久しぶりだった。

 数刻前の自分が予想もしていなかった出会いに凛生彩は感謝していた。

 今日の自分に起きた出来事を振り返りながら、いつもよりも気持ちが軽く家に向かって歩いていくことにも抵抗がなくなっていた。



 ◁◁◁



 凛生彩は他者からの悪意にさらされる毎日に疲れ果てて、気分転換にお気に入りの街、古書店街に仕事帰りに立ち寄っていた。何軒か古書店を覗いてみたが、凛生彩の感性に引っ掛かる本に出会えずに、家路にも足が向かずに当てもなくぼんやり歩いていた。


 凛生彩が気付いたときには【喫茶室《縁紡ぎ》】の看板が掲げてある白いビルの前に立っていた。どこにでもあるビルのように見えるが、独特な佇まいで『人が建てたものではないな』と見た瞬間に思った。


『あぁ……やられた……化かされたか? 引きずり込まれたか? 』と一瞬思ったが今更感もあり、足掻いてもこの領域から出るのは不可能だと早々に諦めた。


 凛生彩は日常生活に支障が出るほど霊感が強かった。特に物の怪の類や人の【悪意】に強い反応を示した。そのせいで【悪意】には抗うよりも諦めたほうが悪影響が少なく済むと、過去の経験から学んでいた。


 この一帯に張られた結界の類は意図的に張られたもので、結界を張った主の許可なく出ることはできないだろう凛生彩とは思った。


 今日は特に心身ともに疲れていたので『どうせなら休んでいこう』と半ば()()になり店のドアを開けた。


 《縁紡ぎ》のドアを開けるとドアベルが “コロ~ン コロ~ン コロ~ン” と鳴って、不思議と歓迎されている感じがした。


『このドアベルは喫茶室の結界だなぁ。お邪魔します…』

 凛生彩は視えない主に心の中で挨拶をしながら店内に入っていった。


「「いらっしゃいませ。喫茶室《縁紡ぎ》へようこそ」」


 彼女たちは女性の人型の姿をしているが人ではない……が、一応丁寧に挨拶をしてくれた。

『彼女たちは何の類いだろ?』

 今まで凛生彩が遭遇してきたどの物の怪とも少し様子が違っていた。


「すいません。一人ですが大丈夫でしょうか?」

 彼女たちの正体に気付かない振りをして声を掛けてみた。


「ええ、お好きなお席へどうぞ。今メニューをお持ちします」


 『……どこにでもある喫茶店と変わらないようだな』と凛生彩は思った。


 お冷やを運んできてくれた彼女とメニューを待ってきてくれた彼女の話が聞こえてきたが、発声とは違う音だった。

 鼓膜を揺らし籠るように響く音は、おそらく念話だろう……彼女たちを横目で確認したら、やはり口は動いていなかった。


『この娘は誰のご縁かしら・・・』

『ここに辿り着いたのだからきっと誰かとご縁があるのでしょう』

『そうね。おもてなしをいたしましょう』

『ええ、おもてなしをいたしましょう』


 二人の話を聞いていてわかったのは、ここに辿り着くのは【ご縁】があるからということ。

『私は何に導かれて、ここに辿り着いたのだろうか?……』


 凛生彩は考えても仕方ないと自分に言い聞かせて、メニュー表に目を移した。

「クリームソーダをお願いします」

「クリームソーダですね。少々お待ちください」

 注文を受けた彼女と入れ替わりに、もう一人の彼女がクリームソーダを運んできた。

「お待ちどおさまです。クリームソーダです」

「早い……」

 凛生彩は自分の口から思わず言葉が出てしまったことに驚いた。この状況下で気を抜いている証拠だった。

「……ふふふ」

 にこりと笑った彼女の色は【無垢】だった。


『あんなに無垢な色の物の怪もいるんだなぁ……』


 思えば、店内に入ってから緊張感が薄れて、気持ちにざわつきがなくなっていた。まるで静かな水面のように心が凪いでいた。


『……少し休ませてもらおう』

 そう思った凛生彩は、クリームソーダを飲みながらゆっくりと時が過ぎるのを味わった。


 凛生彩は幼いときから人や物の怪の悪意が色で視え、そのことを何気なく親に言ったら気味悪がられた。それ以降は他人には言わないように気をつけていた。

 人の形をとらない類も当たり前のように視えていた。あれらが自分以外には視えていないと分かったときには、頭の中を整理をするまでに時間がかかった。当たり前と疑いもしていなかった日常を、全て否認された感じになり、しばらく混乱が続いた。

 それからは警戒心が一層強まり、毎日が緊張の連続だった。


 それが今、目の前に物の怪の類がいるのに全く警戒していない自分がいた。

【悪意】を感じなければこんなに楽なのかと凛生彩は初めて知った。


 凛生彩はクリームソーダを飲み終わり、これ以上ここに居たら居心地が良すぎて帰りたくなくなる気がして、自分に喝を入れて席を立った。


 何でこんなに居心地が良いのか凛生彩なりに考えてみた。

 同じ空間に居るはずの彼女たちは見守る感じはあったが、積極的に話かけてこなかった。気にする様子もなく【無関心】がかえってよかったのだろう。


「また来ても良いでしょうか?」

 凛生彩の本心だった。

 理から外れた空間なのは分かっていたが、この心地よさを手放したくなかった。


「ええ、ご縁が繋がればいつでもいらしてください」

「お待ちしていますよ」


『やっぱり彼女たちの無垢は離し難い』と凛生彩は思った。


「私の名前は永乃(えいの) 凛生彩(りいあ)です」

 凛生彩は名乗りをした。

 名を明かすのは信頼の証になるのを凛生彩は知っていた。


「私は琴です」

「私は桜です」


「……えっ……名乗りを上げてもいいのですか?」

「大丈夫ですよ。主様から一任されていますので、自分の意思で名乗りました。名乗りたかったのです。こちらだけ把握しているのは不公平でしょう」

 桜と名乗る物の怪が答えた。


『何て真っ直ぐな答えだろう』

 凛生彩は感動した。


「琴さん、桜さん。名乗りをありがとうございます。これから【ご縁】が繋がりますように。では、また《縁紡ぎ》に頑張って辿り着きます!……失礼します!」


  コロ~ン コロ~ン コロ~ン・・・ドアベルの音が凛生彩を見送る『またおいで』



 今日というこの日は【悪意】を寄せ付けないように生きてきた凛生彩が、初めて【ご縁】を自分から願った記念日になった。












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