18.相愛
「レイ……こっちよ……」
依那は自分の少し後ろを歩いている千壽の方を振り返り右手を伸ばした。
「……えっ」
千壽は一瞬息が止まるような既視感と、依那の右手がバングルをはめている自分の左手をつかみ指を絡めてきたので更に驚いてしまい歩みを止めた。
「レイ?……どうしたの?大丈夫? …はぐれたら《縁紡ぎ》に一緒に行けなくなるわ……さぁ、手を繋ぎましょう……ふふっ」
「……」
千壽は突然依那に手を繋がれたのにも驚いたが、依那の『レイ……こっちよ......』の言葉を聞いた刹那、懐かしさと切ない気持ちが同時に胸を締め付けた。古の記憶にいた、楽しげな声を上げながら笑顔で自分の前を走る金髪の少女と依那の笑顔が重なって視えたような気がした。
千壽は自分の中にいる内なる自分に話しかけた。
『大丈夫だ。今度は絶対にこの手を離さないから。安心して見守ってくれ』
千壽と依那はお揃いのバングルをして、喫茶室《縁紡ぎ》を目指していた。以前に何度か行こうとしたが辿り着けずに諦めた道のりが、今日は千壽と依那を歓迎するように、道が開かれていると千壽は歩きながら感じていた。
「……この辺りを奥に行って、さらに路地の奥に行って……」
なにかの呪文を唱えるようにブツブツと言いながら歩く依那を微笑ましく思いながらも、肌がぴりつくのを我慢しながら千壽はおとなしく手を引かれて歩いていた。『…まるで引率されてる幼稚園児みたいだなぁ』
「レイ、着いたわ。ここよ!」
依那の声に意識を合わせた千壽の目の前には、【 喫茶室《縁紡ぎ》】の看板を掲げた白いビルが建っていた。
「……ここかぁ……」
初めて目にする白いビルに、千壽はいろいろな意味で驚いていた。
不動産関連の仕事も手掛けている千壽は、この一帯の裏の顔も表の顔も全て把握していると自負していた。しかし自分のどの記憶を辿っても、この白いビルだけは情報が皆無だった。
更に記憶をより深く辿りながら、僅かな引っ掛かりを千壽は見つけた。
—— この界隈の七不思議のひとつ ——
【突如目の前に現れた白いビルだけは欲しがってはいけない。そこには冥府の門がある】
同業者たちのよもやま話だと軽く流して聞いていたが、七不思議のひとつをいま我が身をもって体験していることに千壽は愉悦していた。
「そう、ここよ! レイ、入りましょう! きっと琴さんと桜さんが準備万端で待っていてくれるわ……ふふっ」
「……あっ……うん。入ろう」
千壽は依那に声を掛けられて平静を装っていたが、心の中で『冥府の門をくぐる勇者』になったような心持ちでわくわくしていたことを、依那には恥ずかしくて言えなかった。
―― しかし、三人はそれを知っている ――
コロ~ン コロ~ン コロ~ン・・・ドアベルが優しく鳴る。
「ようこそおいでくださいました。依那さん、千壽さん」
「喫茶室《縁紡ぎ》へようこそ」
琴と桜が笑顔で二人を出迎えた。
「琴さん、桜さん。おはようございます」
依那は慣れた様子で二人と挨拶を交わした。
「…はっ...はじめまして。せっ...千壽一礼です」
千壽は緊張で珍しくかんだ。
「「初めて御目通りいたします」」
琴と桜は丁寧に礼を執った。
「桜です」
「あっ…桜さん。いつも依那がお世話になっています」
「・・・ふふふ」
「琴です」
「……あっ…こっ...こっ...」
琴と目があった瞬間、千壽は言葉を詰まらせて、その瞳から大粒の涙が自然と溢れ出ていた。
「…レイ?どうしたの?……泣いて……グスッ…」
千壽の涙をハンカチで優しく拭いながら依那も涙していた。
千壽はポケットからハンカチを取り出すと、優しく依那の涙を拭い、
「ありがとう。落ち着いたから大丈夫だよ」
依那に笑顔を向け、もう一度琴を見た。
「いつも見守っていただきありがとうございます」
千壽はなぜだか、いつも何かの存在に見守られている気がしていた。
琴の目を見た瞬間に悟った。
『この方が自分の守護天使だ』と。
「・・・?・・・ふふふ」
琴は一瞬の間、『は?守護天使?これって灯魄様に叱られるか消滅対象になるかも……それも悪くないか。守護天使役で今日は通そう』
動揺している琴を放置し、
「依那さん、千壽さん。お好きな席にどうぞ」
桜が二人に声をかけた。
「桜さん? 今日は『いつもの席』とは言わないのですか?」
依那はいつもと違う桜の対応に戸惑った。
「ええ、これからはお二人の時は二人で相談して決めると良いですよ」
桜は優しく微笑んだ。
「……そうですね、そうします。ねぇ、レイはどの席に座りたい?」
「俺は依那のおすすめの席を知りたいかな」
「……それなら」と依那は千壽の手を取り、いつもの席に案内して向かい合わせに座った。『向かいの席にレイが居るのは新鮮だわ!』
桜はメニュー表を二人の間に置いて、
「ご注文が決まりましたら声をかけてくださいね」
「……えっ…はい! 相談して決めるのですね!」
依那の適応力の高さに、桜は満足気だった。
「レイは何にする?」
「依那のおすすめは何?」
二人の甘い雰囲気に、琴と桜は自分達がまだ名を知らない感情に浸っていた。
「カフェラテを……」
依那が言い終わる前に、琴は二人のテーブルに湯気が立つコーヒーカップをそっと置いた。
「依那さんは少しミルク多めで、千壽さんは砂糖なしです。どうぞ」
依那に驚く様子はなく、いつもの流れに安堵していた。
「琴さんありがとうございます」
『これが依那に聞いていた、くノ一の技かぁ』
心の中で呟く千壽は、この不思議な展開を素直に受け入れて楽しみはじめていた。
カフェラテを仲睦まじく飲む二人の姿は美しかった。
この時、琴と桜は【美】を持った。
「お二人に御礼を……」
依那は左腕を持ち上げて琴と桜にバングルを見せた。
「杜江つむぎさんから聞きました。お二人が作成してくれたと。素敵なバングルをありがとうございます」
千壽は深々と頭を下げ、感謝の気持を表した。
桜は依那と目を合わせて頷いた。
「銀製の髪飾りと金のバングルがよくお似合いです。幸せになってください」
この言葉だけで依那には桜の気持ちがしっかりと伝わった。
琴は千壽を見た。
「これから未来に向かって二人で手を取り合って歩んでください。決して一人で先走らないようにしてくださいね」
琴は続く言葉をささやき声で、千壽にだけ聞こえるように耳に運んだ。
「地金の金色はほんの遊び心です。依那さんにラファエレイの記憶を思い出したことを伝えても大丈夫ですよ。これからは伝えることを怖がらないで・・・」
千壽は言葉を発することなく、何度も強く笑顔で頷いた。
優しさで店内が包まれ、窓から射し込む陽の光が暖かく降り注いできた頃合い、
「我が主様からこちらをお二人にお渡しするようにとお預かりしています・・・千壽さん、こちらをどうぞ」
琴が千壽にそれを手渡した。
「……えっ…ありがとうございます」
千壽は戸惑いながら受け取り、手に収めたそれを見た。
「依那さん、こちらをどうぞ」
桜が依那にそれを手渡した。
「あっ…ありがとうございます」
依那は両手のひらでそれを受け取りじっと眺めた。
「これは栞?でしょうか?」
「はい。栞です。本を読む時にお使いください。では、その栞について少々ご説明します」
桜は琴に目配せをした。
「その栞の名は【碧いフェニックス】。効果は【フェニックス】が〈解放・再生・変容〉と〈目覚〉。そちらの碧い材は【竜の鱗】となります。効果は〈守り〉と〈鎮魂〉。主様の“力”に耐え得る材がそちらの鱗のみでしたのでやむを得ず今回は用いたと聞いています。また、それを使用したことは他言無用で・・・もしもそのことを他言した場合は『逆鱗に触れることになる』とのことですのでくれぐれもご注意ください」
自然と空いてしまった口を閉じることすら忘れた千壽は、『竜?の・鱗?・他言したら逆鱗……?』、自分の常識から逸脱した情報が多すぎて、すぐさま思考の停止ボタンを押した。
「すごーい!ねぇ…レイ聞いた⁈ 竜の鱗ですって!お守りとして最強よねぇ!」
依那は興奮冷めやらぬ様子で瞳を輝かせて栞を見ていた。
「…ん? うん。そうだね。凄い一品だね……ハハハッ……」
「ねぇ……見て見て……栞を陽光にかざして光が反射すると、フェニックスが羽ばたくの! フェニックスが羽ばたくと、碧い光がキラキラと舞ってとても神秘的で美しいわ!」
「……えっ……フェニックスが羽ばたく??」
陽光に当てた栞をひらひらと遊ばせている依那の無邪気さに、千壽は『常識排除命令』を自分の脳内に伝達した。
二人のやり取りを見守っていた琴と桜は、先ほどから胸の辺りに生まれた温かな感情【幸】を初めて持った。




