17.一対
「千壽さん、お待たせしました。こちらが今回ご注文の品です」
黒いベルベットを張った台座に一対のバングルが乗せられていた。
「ありがとうございます。綺麗なバングルですね。今まで装飾品の類を身に着けてこなかったので、自分も着けるとなると何だか恥ずかしいです。でも、依那の希望なので叶えないとですね」
こめかみを指で掻きながら、目は優しく弧を描いていた。
『依那にお揃いの物が欲しいと言われて、何を選んだら良いかわからないから相談に乗って欲しい』とつむぎが相談を受けたのが一ヶ月前の話。
『杜江さんに全部任せる!』と丸投げされて今日に至る。
千壽は前世のラファエレイの記憶を思い出してから、今世では後悔しないよう自分の気持ちに正直に生きるために、恋愛の特訓の真っ最中だった。そもそも恋愛初心者だった千壽には、なかなか難儀なことも多いらしく、『仕事のほうが楽』とボヤきながらも、依那との生活を楽しんでいた。
千壽が《MAKAFUSHIGI》に来るたびに、依那がこのところ自分を『レイさん』と呼ぶようになり、恥ずかしいけど愛称呼びは親密さが増したようで嬉しい……依那が可愛くて仕方ない……依那は料理が上手で何でも美味しい……依那の……依那が……。
『最近、依那に勧められた異世界の小説で、竜人の“番”の話があって…番を見つけたら必ず分かるという感覚と、執拗なまでに庇護欲が湧く感じとか自分に当てはまることが多くて、今では“恋愛バイブル”として愛読しているんですよ……お恥ずかしい』……等など。
毎度、甘々の胸焼けしそうな惚気話に『琴と桜なら喜んでこの惚気話に何時間でも付き合うんだろうな』と思いながら、つむぎは少々うんざりしていた。
「では、商品の説明をしてもいいでしょうか」
「はい。お願いします」
「今回お二人にご用意したのは、地金は金。デザインは【オリーブの葉を咥えた鳩】を選びました。作成は千壽さんと依那さんの知己の方々にお願いしましたので、品質と効果は折り紙付きです」
「……私と依那の知己の方々ですか?」
「はい。信頼できる方々ですのでご安心ください」
千壽は銀製の髪飾りの時も確か自分の知己の人が《MAKAFUSHIGI》に卸したと言ってたはずだよなと思い出した。点と点が結ばれる感覚、もしかしたらと思い付いた名前があった。
「…あの…間違っているかもしれませんが、もしかしてその知己の方々というのは、喫茶室《縁紡ぎ》の琴さんと桜さんでしょうか」
「ええ、その両名です」
「そうですか……依那からは大変お世話になっている『守護天使様』と話には聞いています。杜江さんは琴さんと桜さんのお知り合いでしたか……何だか納得です」
「二人が『天使』かどうかは……まぁ一旦脇に置いといて、千壽さんと依那さんのために今回の作成を依頼したら、とても喜んでいまして、大層気合いを入れていましたよ」
自分が錬金術を行使しても問題はないのだが、琴と桜の次の一歩のためにも、また誰かのお役に立てる【喜び】や、誰かに認めてもらう【承認】を持つきっかけになればと考えて、つむぎは琴と桜にこのバングルを任せた。
「では、話を続けます。デザインの【オーリブの葉】は 〈 平和と祝福 〉 、【鳩】は 〈 未来に繋がる新たな希望 〉を意味します。お二人の新たな門出の祝福と新しい未来への希望を持ち続けて欲しいと、琴さんと桜さんが願いを込めて錬成したバングルになります。地金に金を選んだのは『エンナリーゼの髪色と言えば千壽さんにはわかるだろう』と琴さんからの伝言です」
「……ん?…ハハハッ……本当に皆さんは不思議な方々です。しかし全く違和感なく自分の心がすんなり受け入れているので……そういうことなのでしょう……ハハハッ」
「もしお時間がある時で結構ですので、そのバングルを身に付けてお二人で《縁紡ぎ》に行ってみてください。琴さんと桜さんはお二人が身につけているのを確認したいと思うので……製作者として気になるでしょうから……」
「それは願ってもないことです。実は依那にいつも《縁紡ぎ》の話は聞いているんです。火傷の薬も頂戴して今ではすっかり治りましたので。自分も友人達も依那が気にするかと思って火傷のことは触れずにいたので本当に感謝しているんです」
「そうですか、それは何よりです」
「ただ……何度か《縁紡ぎ》に行こうとしたのですが、なかなか辿り着けなくて……キツネに化かされているような感じで。依那だけなら行けるようなのですが、自分が一緒だと無理みたいなんです。依那には『ご縁が繋がればレイさんもきっと行けるよ!』と言われていたので、そういうものなのかと思って今日までいました」
「そうなのですね。そのバングルが《縁紡ぎ》への道案内をしてくれるでしょう。是非《縁紡ぎ》に行って、琴さんと桜さんにお二人の【幸せ】を見せつけてきてください」
千壽はバングルを受け取ると、
「いつも杜江さんには何かとお世話になってばかりで、今の私の幸せは杜江さんのお陰です。ありがとう。少しおかしな言い方ですがお裾分けです」
背筋を真っ直ぐに伸ばし、
「杜江さんに【幸せ】が訪れますように!」
深々と礼を執り、顔を上げた瞬間の千壽の笑顔をつむぎはきっと忘れないだろう。
チリン~チリン~チリン~……ドアベルが鳴る。
『ヒト属に【幸】を祈られたのは初めてだ……悪くない』
これが千壽の姿を目にする最期であることを……灯魄は予覚した。




