16.応報
チリン~チリン~チリン~……ドアベルが鳴る。
ベル音を合図に、本日出勤している杜江つむぎが静かに囁くように声をかける。
「いらっしゃいませ〜《MAKAFUSHIGI》へようこそ〜」
「こんにちは、杜江さん。囁やいてどうしました?」
千壽一礼は棚を整理していたつむぎに遠慮がちに声をかけた。
つむぎが目線でカウンターを指した。
「店長、頼むよ〜」
「いや、そう言われましても……」
「俺って常連じゃ〜ん。頼むよ〜〜。後生だよ〜〜」
「え〜っと。私がどうこうできる問題ではなくてですね……」
まるで生産性がなく、進歩もなく、噛み合わない話をいい大人がただダラダラと垂れ流し、淀んだ空気が店内中に漂っていた。
「店長が困ってるなぁ」
「ええ、あのやり取りをかれこれ1時間近くやってますので……」
「それはすごいなぁ。で…あの客は何を頼んでいるのですか?」
「…実は」つむぎが答えようとした瞬間、
バンッ!
カウンターを両手で激しく叩きながら、男性客は店長に詰め寄った。
「何でだよ…バンッ! 何で入手不可なんだよ …バンッ!バンッ! 今までは大丈夫だったのに、何で今回は駄目なんだよ…バンッ!バンッ!バンッ!」
「さすがにこれはひどいな……俺が止めてこようか?」
千壽がカウンターに向かおうとするのを、つむぎは首を横に振り制しした。
「大丈夫ですよ。そろそろ終わらせますので……」
『護符を生み出した主の責務として、最期のけじめを付けにいきますか』
つむぎは千壽にここを動かないように言い、自分はゆっくりとカウンターに近づいた。
つむぎがカウンターに意識を向けると、店長が男性客に対して、今日何度目かの説明を始めていた。
「もう一度説明しますが、この張り紙のここ…【注:仕入れ担当(探索者)の矜持を優先、気分次第で入荷不可の商品もあり】と書いてある通り、今回の依頼は探索者の判断により入手不可能商品となります。もしどうしてもご所望でしたら、他を当たってください」
「ふざけるな! 何が探索者の矜持だ。この護符がないと…俺は…呪われて……」
つむぎは男性客の様子を見ながらさらに近づいた。
『わずかに残っていた理性が失われている。あれだともう人間と呼べないな・・・』
自分が気に食わない相手に【護符】を使って呪いを放っていた男性客は、【呪い返し】を受けていた。
『護符の使用方法について説明を受けたはずだけど。まあ、ああゆう輩は他人の話に耳を傾けるわけがないから理解できないか・・・』
【呪い】は術を受け取る相手がいてはじめて行使される呪術であり、相手の【守護】が強固だったり、理の外側にいる鈍感な人間などには呪術は掛らない。目標を見失った【呪い】はブーメランのように放った人間に戻ってくる。しかも戻ってきた呪いの効力は倍加している。因果応報。
『それとも店長が説明し忘れたかな? それもあり得るか・・・』
男性客はいよいよ正気を失くし、よだれを垂らしながら大声で喚きだした。
つむぎは素早く男性客の背後に回り込み、柏手を強く打った。
――パンッ――
柏手と同時に男性客は白目をむき、身体が重力に負けて床に転がった。
「店長、直ぐに外に放り出してください」
「……はい」
店長は無表情のまま、つむぎの指示に従い男性客の両足を持ち上げ、ズルズルと引きずって店の外に放り出した。
『後処理は傀儡に任せましょう』
チリン~チリン~チリン~……ドアベルが鳴る。
目の前で繰り広げられた一連の流れに千壽の思考が停止した。
店に居るのはつむぎと無表情の店長と思考停止の千壽だけになり、店内は水を打ったように静かになった。
―パンッ―
つむぎが柏手を打つと、店長と千壽の顔に赤みが差し、瞳に力が戻ってきた。
「「……はあ〜」」
二人は大きく息を吐き目を瞬かせた。
「杜江さん、いま一瞬の間の記憶が飛んだ感じがしたのですが……」
千壽は自分の違和感に戸惑っていた。
「そうですね。ほんの一瞬の間ですので、生きていく上では子細なことです。忘れたことを忘れてください」
「……そうですね。子細なことで自分に無関係であれば、気にかける必要はないですね。ハハハ…ハハハ……」
千壽はつむぎが関係する出来事に対して、『深く追求しないのが長生きの秘訣』だと魂が叫ぶのを聞いた気がした。
千壽は、はたと気付いてしまった。自分が《MAKAFUSHIGI》に来た理由を忘れていた…と。
『これは大切だから忘れたら駄目なやつでしょう』
千壽は内なる自分に駄目出しをして、一人苦笑した。
「杜江さん、今日はお願いしてた商品を取りに来たんです」
「はい。届いていますよ。少しお待ちくださいね」
商品を取りにつむぎは店の奥へと入っていった。
「そうだ、店長の存在も忘れてた」
「やだなぁ千壽さんは。心の声が口から出てますよ。……って、あれ? さっきのお客さんは帰ったのかなぁ・・・うんうん・・・あれ?なんの用事だったかなぁ?まぁいいか・・・うんうん」
店長は何事もなかったように予約票の整理を始めた。




